第5話 路地裏





 村の事、家族の事、そして第3王子ルスフェン殿下の事、色々考えていたら目が冴えてしまい、あまり眠れなかった。


 だが、のんびりしていられないので、欠伸を噛み殺しながら残っていたウサギ肉を挟んだパンと、昨日の余りのスープを食べて街に向かい出発した。






「ハァハァ、見えた」


 そうして出発して数日の夕方に目的の街に着いた。


 昔、魔物の進行から街を守る為に造られた大きく頑丈な石壁。簡単な荷物検査を終え、私はその石壁の内側にある街に入る。


「らっしゃいらっしゃい~!今日はアーリンが安いよ!」


 街の名はオスタン。オスタン子爵が治める領地1番の活気がある街だ。ルメルパ村もオスタン子爵領の中にある。

 人が集まり活気のある街だが、街の外の森の浅い場所は村周辺に出るのと同じくらいの魔物がわんさか、森深くにはそれよりも強い魔物が出るらしい。


「依頼の討伐終わったし、一杯飲みに行かね?」

「いいぜ!どこの酒場にする?」


 それでも街が活気に溢れているのは、近くを通り過ぎた者達・・・冒険者がいるお陰だろう。

 剣技や魔術で魔物を倒し、それを売って稼ぐ。荒々しい者が多いが冒険者がもたらす利益は大きい。それは周囲の安全と魔物の素材だ。それらをもたらす彼らは魔物の脅威がある街では歓迎されている。


 実際、街の通りには背中に槍を背負っている者、派手なオレンジ色の鎧を着けている者、他にも沢山の冒険者が買い物をしている。


 そういった者達を眺めて歩いていると、冒険者ギルドの建物が目に入った。


 頑丈そうな、三階建ての建物。少し立ち止まって見ると、中には入らず通り過ぎた。


 この街で、冒険者登録はしない。

 オスタンはルメルパ村に近いので、第3王子の追っ手が来る可能性も高い、と思う。追っ手を差し向けたかは分からないが、何かしらの手は打ってくるだろう。今、このオスタンで冒険者登録をして痕跡を残すのは得策ではない。


 もう少し先、ここよりももっと人の出入りが激しいルフメーヌという街がある。冒険者登録をするのならそこの方が良いだろう。


「はい。嬢ちゃん。代金だ」

「ありがとう」


 街の通りを歩き、時には人に訊いて、ウサギ肉を買い取ってもらえるお店を探した。何人か訊いて教えてくれる数の多かったお店に行き、解体した状態で持っていったウサギ肉を買い取ってもらった。やはり数の多いウサギ肉だったからなのか、町で売ったよりも少し安かった。


「最近、物騒よね…」

「ええ、そうね。何人もの女の子が怪我したって…」


 そのお店をあとにして、ウサギ肉を売ったお金で一通り食料を買う。塩は買おうかと思ったが、かさ張るので干し肉を塩代わりにすると決め、多めに買った。


「後は宿か、どうしようかな。宿で眠るか、街から出て野宿するか」


 食料の補充が出来たので宿をどうするか考える。安心安全、ベッドで眠れる宿か。お金の節約に野宿か。ただ、野宿となるとこの先の森には危険な魔物がいる。森の中で眠るのは神経を削るだろう。


「う~ん。やっぱり宿の方がいいかな」


 それに比べて宿代がイタいが安全な宿の方がずっといいだろう。さっき、嫌な噂話が聞こえたし。あとベッドで寝たい。そう考えを纏めた私は宿屋通りの場所を干し肉屋の人に訊き、向かった。


「・・・」

「・・・・・」


 宿屋通りに着き、どこに泊まろうかと宿屋の雰囲気を見て回る。


 ───ガシャガシャ


 宿屋通りに着く少し前から鎧を着た者が少し離れた場所を歩いている。何度か街の人に話し掛けられているところを盗み聞きするに、ここオスタンの兵士なのだろう。

 オスタンの兵士の見回りなら別に気にする必要はない。

 だが・・・・・。


 ────ガシャガシャ!



 少し歩く速度を上げると、兵士の歩く速度も上がる。


 ──ガシャ、ガシャ。


 歩く速度を下げると、兵士の歩く速度も下がる。


 何回か離れようとしたのに、すぐに追い付いて私が見える位置を保って歩いている。話し掛けもせず、ただ私の後ろをマークして歩く兵士…気にするな、というのは無理だ。


 目的は何なのか。街の人が話していた事件についてか。それとも、第3王子絡みか。

 前者だったら申し訳ないが、一応離れた方がいいかもしれない。


「あら、兵士さん!見回りご苦労様です。お疲れでしょう?お飲み物でも少しいかがですか?」

「え、ああ、すいません。また後に……」


 兵士が街の人に話し掛けられて、目線を話し掛けた人の方に向けた。


「.........っ!」


 その一瞬に私は近くの物陰に隠れる。


「…ええ、ではまた今度……」

「おいっ!いないぞ!」

「はっ!?いつの間に!」


 兵士は隠れた瞬間を見れなかったようで、気づかれている様子はなく、兵士が近くを通り過ぎた。


「ハァ、上手くいってよかった…」


 兵士が通り過ぎてから充分に時間をおいて安堵の息を吐く。上手くいった事はとてもライブ喜ばしいが、兵士が見えなくなった私を必死に捜しているということは、やはり第3王子絡みで私を付けていたのだろう。


「どこに行ったんだ?」

「宿に入ったのかもな。訊いてみよう」

「ああ!」


 それならこの街は安全ではない。宿は諦めて、早く外に出て野宿にするしかない。


「…門は兵士が常駐しているし、別の場所を探そう」


 兵士が宿から出てくる前に、物陰から出て近くの路地に入った。



 そして・・・


「…どこだここ?」


 今、私はどこにいるのだろう?現在地の見当もつかない。


 落ち着け私、始めて入った街の路地で危ない雰囲気の人を避けて曲がっただけだ。道順は覚えている。最初が2つの曲がり角を通り過ぎて左、2つ目がすぐに右、3つ目が4つの曲がり角を通り過ぎて右。よし、覚えている。元々いた通りに戻れ…戻ったらダメなんだった。離れる為に路地に入ったんだった。


 落ち着けたが、道順を覚えていても意味がなかった事に気がついただけだった。


「はぁ...」


 途方にくれて辺りを見回すが、汚れた布や、割れたビン、食べかす、色々と道に散乱しているだけで、どうにかする手立ては見つからない。


「じょーちゃん」

「ッ!?ガハッ!」


 歩いていたらどこかしらの場所に出るでしょ、と再び歩き出した私の後ろから突如声が聞こえ、振り向こうとした。が男の姿が見えた瞬間に蹴られ、私は避けることも、防御も間に合わず地面に転がった。


「ゲホッ、ゲホッ」

「最近は物騒だぜ?若い女の暴行事件が起きていてよぉ」

「そうだぜ!こんな場所にいちゃあダメだぜぇ」


 蹴られた腹部を抑えながら顔を上げると、そこにはニタニタと気味の悪い笑みを浮かべた男達が立っていた。


「昨日もちょっと先の路地で女が暴行にあった。短い茶髪の女だった」

「一昨日も路地裏で焦げ茶の髪の女が殴られ、ナイフで刺された。朝には息絶えていた」

「他にも沢山、若い女が暴行にあった。いいサンドバッグだった」


 4人の男達は私を見下ろしながら、口々に愉しげに話す。その話の被害者の誰もが、若い、茶髪の、女、なのが気持ち悪い。

 もしかしなくても最近起きてる事件の関係者だろうか。そうじゃなくても破落戸ごろつきに変わりはないけど。


「…だからよぉ。じょーちゃんもこんな人気の無い路地にいない方が良いぜ。・・・俺たちみたいなヤバい奴らに目を付けられちまうからよぉ!」


 頬に傷痕のあるリーダーらしき男がそう言うと、話していた男達が近づいて来る。


「今日はどうする?」

「何でもいいだろ、愉しければ!」

「いい奴もいたもんだよな!仕事とは思えないぜ!」


 吐き気のする会話をしながら、ナイフをチラつかせ歩みよる男達は、わざとジリジリと迫る。


「・・・ケホッ」

「じょーちゃんが悪いんだぜ?こんな場所に1人でいるから」

「そうだなぁ!」

「恨むならこんな場所に来た自分を恨めよ!」


 3人の男たちが後一歩の距離まで来ると、1人が未だに咳き込むエルテの目の前にしゃがみ、他の2人は近くに立つ。リーダーらしき頬に傷痕のある男は同じ位置で立ったままだ。


「じゃあ、ストレス発散の始まりだ...あ?」


 しゃがんだ男が気味の悪い笑みで気味の悪い言葉を言って、拳を振り上げたのが見えて、咄嗟にナイフを抜いて男に向かって振る。よく見ていなかったが、斬るのには成功したようで男は振り上げた拳を下ろさず、自分の顔にあてた。


「?おい、どうした?早くしねーと俺たちが先に…「痛い」あ?」


 近くに立っていた男の1人が不信な動きをした男に明るく、だが警戒心を滲ませながら訪ねる。


「痛い、いたい、イタイ!見えない。わからない。暗い、イタイ、目が!!」


 だが、男から返ってきた返答は絶叫に近く痛みに満ちた声だった。


 ラッキー、なのかはわからないが、偶然男の目を斬りつけていたようだ。なるほど、良いことを知った。


「はぁ?目がって、ゴミでも入った。の、か…」

「おい、どうした?何があったんだ?」


 その声を聞き、近くで立っていた男の1人が顔を覗き、言葉を失った。遠くから見ていた頬に傷痕のある男はその異変に声を掛ける。


「そ、それが、あいつの、目が、あ、ああぁ!!」


 覗いた男は報告をしようとしたのか、頬に傷痕のある男を見た。が、目の前でそんな隙を見せられて黙っているほど、私は優しくない。痛む体に鞭を打ち、覗いた男の足を刺す。


「アァァァ!!」


 ナイフを抜く前に少し捻るのを忘れずにしてから、反撃をしようとナイフを振り上げた覗いた男の眼前まで近付き、右目に深く突き刺す。


「貴様!」


 叫び、崩れ落ちた覗いた男を見て、3人集最後の1人になった男はそれでもエルテよりも男たち側の優位を疑わず、エルテに向かってナイフを突き出す。


「ぎぃ、あぁぁ!!」


 突き出されたナイフを避けた。が避けきれず、腕が斬られてしまったが今は気にせず、がら空きになった3人集最後の男に近付き、【身体強化】でナイフを持っている右腕の腕力を上げて目を斬り裂く。


「目を斬っていやがったのか」


 その場面を見て、やっと何が起こったのかわかった、頬に傷痕のある男は苦笑いをする。動きは初心者のそれなのに、やった事は猟奇的な奴としか思えないものだった。


「ゴホッ、ねぇ」

「な、なんだ」

「この仕事を依頼したのは誰?」


 そんな暫定ヤバイ奴に話し掛けられて、頬に傷痕のある男はたじろいだ。何のつもりで話し掛けたのか、これから自分はどうなるのかまったく読めなくなった。


「…さぁ、知らないなぁ。俺達はただ言われただけだ『茶髪の若い女を襲え、1人襲えば金をやる』ってなぁ」

「依頼・・・そう」


 だが、その動揺を見せないように、質問に答える。この中で、1番場数を踏んでいるのは自分だという自負があった。例え3人の目を斬ったのだとしても、戦いに関して自分よりも下だと、確信していた。


「3人を倒して気分がいいだろう。だが、お前と俺と実力の差は歴然だ。とっとと諦めることだな」

「私は……」


 頬に傷のある男は懐からナイフを出し、光に反射させながら言った。


「私は、諦めたりなんてしない」


 その言葉に一瞬下を向き、考える素振りをしたエルテだったが、すぐに顔を上げて答えた。


「そうか...死ね!」


 諦める可能性は低いと感じていた男は、特に反応を示さず、駆け出すとナイフを突き出し、エルテを刺そうとする。


 男は、互いにナイフを持っている今、目を斬り裂くエルテに近づき過ぎず、倒すのがいいと感じていた。


「【ライト】!!」

「なぁ!?」


 ナイフがエルテに届く直前、男の目の前で閃光が起こった。


 その魔法は光。強烈に敵の目を焼く閃光。それは男の視界を白く塗り潰す。


「ァァァ!!目がァァ!!」


 男は失念していた。エルテが魔法を使う可能性を、蹴っても男達が近づいても使わなかったのを見て、使える程魔力がないのだと思ってしまっていた。


 光魔法によって苦しみ、叫び声を上げる男を置いてエルテはその場から去った。



 ◇◇◇



「ケホッ、ケホッ、【ヒール】...」


 結局今日も私は1人森で野営をする事になった。


 男達から逃げた私は、兵士に捕まったらヤバい事が確定したと思って、兵士を避けて、隠れながら歩き回って街の覆う壁の下に空間がある場所を見つけ、そこを使って街を出た。


 真っ暗な中、火起こしをしてあの男達の仲間か、兵士が来てしまうと困るので、火を使わず乾燥野菜は水で戻し、干し肉とパンを食べる。


「…しばらくして眠れなかったら、回復ポーションを飲もう」


 光魔法程度では癒しきれず、蹴られた腹部がまだ痛み、眠ろうと外套にくるまった体勢になってから、一向に眠気がこない。しばらく待ってダメだったらクソ苦いポーションを飲むと決めて、星空を見上げる。


 今日も晴れているが、街に近いからか村で見た時よりも星が少ない。お姉ちゃんの言ってた言葉通りだなぁ、と思いながら、それでも考えてしまうのはさっきの出来事だ。


 逃げる事は私の意識で決めた。

 だが、例え狂気的だったとしても第3王子が私に好意を抱いているのなら、捕らえるまではしても本気で殺しに来る事はないと考えていた。


 それは、甘ったるい考えだった。


 私がこの街に着くまでの数日で、兵士に街中を捜させた上に、破落戸に依頼もしていた。私にそんなに執着される原因なんて無いはずなのに。


『お前と俺の実力の差は歴然だ。とっとと諦めることだな』


 破落戸の男に言われた言葉には同意しかない。


 確かに私が諦めた方が楽だ。


 でも、あの日感じた恐怖を忘れない限り、私は第3王子から逃げる。絶対に捕まりも、殺されもしない。


「よしっ、髪切ろう」


 そう考えた私は髪を切ることにした。


 1つ目は、騎士や破落戸の男に私の容姿がバレてしまった為。髪を切る以外に姿を変える方法が思い付かなかった。

 2つ目は、私の覚悟の証として。


「絶対に逃げきる」


 その思いを込めて、髪の毛を切る。バサッと地面に落ちた髪と短くなった髪を見て、私は身を引き締めた。





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