第4話 逃亡初日




「...うまくいって良かった」


 私が今いる場所は、ルメルパ村から北にしばらく行った森の中。


 ある作戦を決行した私は無事、ルスフェン王子殿下から逃げだせた。

 その作戦はどんなものだったのか。それは私がルスフェン王子殿下の本性を知った日に遡る。



 ◆◆◆



 ルスフェン王子殿下の本性を知った日、私は夜ご飯を食べて早々に自分の部屋にいきベッドに寝っころがった。もしかしたら、監視がいるかもしれないと一応布団を被って。


(お母さんや親友、村の誰かに相談する?話したらその人に被害が及ぶかも。

 ルスフェン王子殿下に私が聞いた発言について直接訊く?訊いた結果あの本性を目の前で露にされたら絶対拒否しちゃう。

 お姉ちゃんの家に匿ってもらう?お姉ちゃんに迷惑が掛かり過ぎる)


 考える事はただ一つ、聞いてしまったルスフェン王子殿下の本性を踏まえてこれからどうするか、だ。だが、あれもこれも上手くいく未来が想像できない。


(悪い噂を流す?ルメルパ村は小さいから噂の発信源なんてすぐ特定される。

 いっそのこと暗殺しちゃう?常に周囲に騎士がいるから万が一ルスフェン王子殿下を暗殺できても騎士に捕まる)


 物騒な考えも浮かびながら、それでもどうにか出来そうな考えが思い付かない。


(それとも…逃げる?どうやって?隙を突いた程度では逃げ切れない。村の誰かが協力したらその人が危険な目に遭うかも。下手に逃げたら…私は、2度と逃げられなくなる。・・・でも、1人ですべての作戦を考えて実行すれば、そしてそれが成功すれば、村の誰にも迷惑を掛けないし、私の願いも叶えられる。私はルスフェン王子殿下の想いは叶えられない。私が無理、耐えられない。よし、逃げよう、ルスフェン王子殿下から)


 ただ、1つギリギリ出来そうだと思ったのが、ルスフェン王子殿下から逃げる。だった。


 ……いや、私だって分かっている。


 誰も不幸にしたくないのなら、私は黙ってルスフェン王子殿下に着いていくべきなんだろう。私の考えは最適解じゃない。誰かが不幸になるかもしれない。それでも、私はルスフェン王子殿下の元に行きたくない。怖いし、震えが止まらない。


 だから、逃げよう。どうにかできない相手なら、私が動けばいいのだから。


 そうしてその日は眠るその一瞬前まで、あーでもこーでもないと、作戦を考え続けた。


 ◆◆


 そして翌日



 どうやって逃げるか考えた結果、必要な植物があり、森で山菜や薬草の採取に行こうとしていた村人に付いて行き、山菜採取をしている。


「えーと、これと、あ!あそこにも!」


 着いて行かせてもらえるのだからと、採取予定の物を教えてもらっていたので、見付け次第採っていく。それと一緒に、私が採りたいと思っている植物も採る。


「ぁ、……よしっ」


 今みたいに、キョロキョロして近くにいる村人にバレないように採ったのがそうだ。


 サケヤバー草と言って、単体では効果が無いが、もう1つのサァヨエハーブと合わせると酒の回りが早くなる効果を発揮する。ちなみにサァヨエハーブは既に採取済みだ。これを合わせれば、ちょっとお酒に強い程度の者なら簡単に酔っぱらってしまう。


「あと、1つ」


 他にリラックス効果のあるリーラク草と言うハーブも使おうと考えているが、これはお父さんが栽培しているからそれを貰えばいい。


「【魔力探知】…大丈夫」


 ちょくちょく魔力で周囲を探り、魔物が近くにいない事を確認しつつ探す。


「見つからないな~」


 スリーピンドク・マッシュと言う名前のキノコを。


 スリーピンドク・マッシュは、生えている時の見た目は普通の茶色いキノコなのだが、採って2時間程経つと変色して薄紫とピンクのキノコになる。という珍しい特性を持ったキノコだ。毒キノコで食べると3~5時間程で眠気がきて、眠ってしまう。

 名前が広まっていてもおかしくないキノコだが、欠点がある。それが見つからない。ということだ。見つからなさすぎて『50年の眠り姫』の異名があるくらいに。


 結局、その日は見つからず、目的の薬草と宴に使う山菜や薬草。途中で出てきたウサギでいっぱいになった荷物を持って帰った。


 だが、諦めきれない私は次の日に再チャレンジした。


「無い、無いなぁ」


 前日見つからなかったので違う場所に行って探したが、やっぱり見つからない。


 それと再チャレンジなんてしているが、実は必要なかったりする。組み合わせれば酔っぱらうサケヤバー草とサァヨエハーブを確保したのだ。あれがあれば、作戦はほぼ成功すると言えるだろう。

 でも、もしルスフェン王子殿下や護衛の騎士の誰かが酒にめっちゃ強くてもそのスリーピンドク・マッシュがあれば安心だ。

 無くても大丈夫だが、あった方が懸念事項が解消される。2回目なんて出来る可能性はあるとは言えないのだ。

 見つけられたら逃亡の女神に微笑まれているんだろうなと茂みの中に頭を突っ込みながら思う。逃亡の女神なんているのか知らないが。


「この辺りにもない……って此処は、昨日探した場所だ。…そんなに歩いても見つからなかったんだ」


 頭に葉っぱを付けたまま、フラフラと探し歩いていたら、昨日探した場所まで来てしまった。昨日探したからここにはないだろうと思うが、別の場所に行く元気はもうない。


「……う~ん、やっぱり無い。もう無理かな。日が沈む時間になったし、この辺りもすぐに暗くなってきちゃう」


 取り敢えず近くの茂みに頭を突っ込んだが、やはり見つからず、空が赤くなってきた。仕方がないとは思うが、最後に少し探して帰ろうと目についた木の下の茂みに頭を突っ込んだ。


「え、ある」


 キノコがあった。


 テキトーに、なんとなくで茂みに頭を突っ込んだら探していたキノコがあった。


 驚きながらもそーっと、いるのかどうかすらわからない監視からはわからないように細心の注意を払い、偶然近くに生えていた食用のキノコと一緒に採取して、目的のキノコだけ服のポケットに入れる。


「…ッよし!」


 そして私は小声で小さくガッツポーズをした。


 その後、リーラク草と香りの良いサァヨエハーブを他のハーブと合わせて数種類のハーブティーに。

 香りも味も特に無いサケヤバー草はすり潰して他のハーブと一緒にお肉を焼いて香草焼きに。

 スリーピンドク・マッシュも事前に細かく、それはもう吹けば飛んでいきそうな程のみじん切りにして、キノコ数種類のスープにした。


 それを宴に出して、みんなに飲み食いしてもらった。村人達は酒に酔っているのもあって当然、気づかなかった。


 そしてルスフェン王子殿下と護衛の騎士、執事さんに料理を勧めた。ルスフェン王子殿下がまさかあんなにお酒に強いなんて予想外だったが、キノコスープがあったお陰で無事眠ってくれた。


 外にいた護衛にも、他の人にハーブティーや香草焼き、お酒を運んで行ってもらい、私は全員が眠るのを待った。


 眠ったら急いで家に帰って、準備しておいた、荷物一式入れた大きな巾着袋と焦げ茶色の外套を持って私は村を出た。



 ◆◆◆



 本当に無事に逃げられて良かった。


 ルスフェン王子殿下から逃げるなんて今でもドキドキするし、料理や飲み物の異変に気づかれるんじゃないかと内心ヒヤヒヤした。あのキノコが見つけられなかったら、と思うとゾッとする。逃亡の女神様ありがとう。


 逃げたが、油断はできない。ここからが始まりなのだから。

 私が逃げて、第3王子が追って来たら捕まらないように全力で逃げる。

 追って来なかったら、それはそれでよしだ。


 あの本性を考えると追って来ない可能性があまり想像できない。どうにかして私の居場所を特定しようとするだろう。


 でも、今はそれよりも考えなくてはいけない事がある。


「お金が少ない」


 どこへ行くにも必要になるお金が無ければ、そもそも“第3王子から逃げる”という目的の達成が困難になる。


 だから、お金を稼がなければいけない。


 だが、街で仕事を探して働くのは、逃げる相手がこの国の第3王子である事を考えると危険だ。絶対に見付かる。


 そこで考えたのは、冒険者になる事だ。

 冒険者なら、定住せず、滞在した場所が危なくなったら逃げれば良いだけ。その分、強い魔物と戦う可能性がある等危険もあるが、すぐに逃げられるのは大きい。


 村での生活で魔物の解体方法、食用や有毒植物の見分け方、ナイフと弓の扱い等、冒険者になるには必要そうな知識を大体知っている。

 必要分を稼げれば、無茶な事をするつもりはないし、冒険者になるのは良いんじゃないかと思った。


 ただし、今の服装が普段着のワンピースなので、防御力が無いに等しい事を考えないものとする。


 そう考えて、私は狩りを始めた。

 赤い眼で私を睨み、唸り声を上げ、今まさに飛び掛かろうとしているウサギの狩りを。


「【身体強化】」

「グルァ!」

「ッ【ウォーターボール】」


 飛び掛かってきたウサギを、身体強化で引き上げられた視覚で水魔法を当て、撃ち落とし起き上がる前に近付いて止めを刺す。それがいつもの動きだ。流れ作業のように血を抜いて解体する。丁寧に解体すればこの茶色い毛でも売れるから手は抜かない。自分用の1羽と売る用の数羽を無事狩れた。


 ウサギを袋に入れ、ふっくらとした袋を背負う。

 中には村で作られた干し野菜と干し肉。それと水筒。さっき採った薬草とウサギが入っている。

 薬草とウサギは持っている袋に別々に入れた。薬草の匂いが移ればウサギ肉の買い取り価格は下がるし、逆も同じ。

 なので、分けて入れられるように大小様々な袋を持ってきている。


 今から行く町は、冒険者登録ができる冒険者ギルドがないので、町に着いたら薬草とウサギを売り、パンと塩、それと下級の回復ポーションと下級の魔力回復ポーション、野営に使う小さめの鍋を買うつもりだ。


 そして町は村から見て西にある。私は第3王子が惑わされてくれたりしないかなーと、北に進んでから町に向かっているので、速く歩かなければいけない。


 私は気合いを入れて森の中を進んだ。



 ◇◇◇



 町に着いた私は、買い取り所でウサギを買い取ってもらい、薬屋に寄って薬草を売り、下級回復ポーションと下級魔力回復ポーションを1つずつ購入した。


 そのお金と元々持っていたお金でパンを買う。保存食用の硬いパンをまとめ買いしてちょっと安くしてもらった。鍋は中古屋で頑丈だが小さい鍋と軽いが脆い鍋と迷い、頑丈だが小さい鍋を購入した。


 買いたい物を買い終わったら、町を出てしばらく歩いて、道を外れて森に入る。

 これは、もしルスフェン王子殿下の追っ手が来たとしても、木々が邪魔で見つかりにくいんじゃないか、と思ったからだ。





 日が暮れる前に冒険者や旅人が使っていた野営地点に着いたので、その近くで今日は野営する。


「・・・ハァ」


 夜になる前に、買ったばかりの鍋を早速使いスープを作る。


 素材は、干し肉少々、乾燥野菜適量、ウサギ肉適量、水適量、以上。それを鍋にドバッと入れて火が通るまで待ったら完成だ。

 ポイントは干し肉。塩を持っていないので代わりに塩味の干し肉を入れた。

 町で買おうと考えていたのに、すっかり忘れてしまっていた。でも仕方ない、鍋に意識の半分を持ってかれていたんだから。


「いただきます...」


 と、そうこうしている内にスープがいい感じになったので食べる。味はまあまあ。新鮮なウサギ肉からいい味が出てる。それと野菜の僅かな甘味も感じる。干し肉の塩味が効いたのかな。


 でも、今日1日で相当歩き続けたのになんだか食欲が湧かなかった。どうしてだろうかと夜空に広がる星を見る。


 そういえばお姉ちゃんが、大きな街は夜も明るいから星空が村よりも見えないって、手紙で書いてたな。その手紙を読んだお母さんが『そうなのよね。村に初めて来た日は星空の美しさに驚いたわぁ』って懐かしそうに言って、お父さんが『確かに、驚いていたな。キレイキレイ!って目を輝かせてた』そう言って慈しむようにお母さんを見つめていたっけ。


「会いたいなぁ」


 他にも思い出していたら、口からポロリと零れ出ていた。


 無意識に言った言葉に驚きながらも、何故食欲が湧かなかったのかわかった。私は今、1人で森の中にいる。いつも町に行く時は1人ではなく、誰かと一緒だった。1人で村の外に出掛けるなんて無かった。


 だからだろうか、今1人なのが凄く寂しい。お母さんの笑い声が、お父さんの優しい声が聞こえないのが辛い。


 空を見上げると、空を覆う雲の切れ間から星が輝いていた。滲んだ視界でもわかる美しさを見て、思い出す。


『いい?自分の人生なのだから、自分が1番輝ける場所に行くのよ。望まない場所に行ってしまいそうになったら、自分の全てを使ってでも抗うの。大丈夫。お母さんとお父さんだけでも、必ず貴女たちの味方になるから。その時は遠慮なく頼りなさい』


 それは、何時も寝る前にお母さんが何度も言っていた言葉。お姉ちゃんと一緒に、聞かされた言葉。

 お母さんの言葉を思い出しただけで、不思議と心が奮い立つ。


 寂しさは消えない。辛くて帰りたい。


 けれど、私は決めたから。いつか絶対に帰るから。どうにかしてみせるから。


「...私は抗うよ」


 私の逃亡生活初日はこうして終わった。






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 一章分、1日1話、16時投稿の予定です。



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