第3話 私だけのお姫様


 ルスフェン殿下視点です

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ヴォヌレ王国国王の第3王子として誕生した私は、幼い頃から少し学び手本を見れば、人並み以上に出来た。


『さすが殿下でございます!もう覚えてしまわれるなんて!』

『素晴らしい!教える事はもうありません!』


 みんなが聞き慣れた言葉を言う。だが、私に喜びの感情はなかった。充実感のない退屈な日々が続いていた。


 ある日城を脱け出し、フラフラと街を見て回っていた。脱け出した事に理由はない。強いて言うなら脱け出せる隙があったから抜け出した、だ。


『うぇ~~ん!おとーさん、おかーさん、どこなの…?』


 そして偶然、迷子になっていたエルテに出会った。最初、エルテは泣いていたが、話を聞いていると段々と笑顔になり、母親と再会した。


『ありがとう!おにーちゃん!』


 と、母親に手を引かれながら私に向かって言ったエルテのあの笑顔が私の心を掴み、魅了した。


 その後、私は城に戻り普通に王子として日々を過ごした。


 だが、その裏で私はエルテの捜索を始めた。


 あの笑顔が忘れられなかった。もう一度でいい。もう一度だけでも見たかった。

 手がかりは、エルテと言う名前と明るい茶髪に青い瞳。服装や聴いた話から身分が平民である事、母親の姿それだけだった。

 それでも捜すことに決めた。

 けれどエルテは一年経っても、二年経っても、三年、四年、五年経っても見つからなかった。


 段々と、会いたいという思いから逃げないでほしいという想いに変わっていった。


 捜索がしやすくなるように、第6騎士団の団長になった。


 個人的な手駒と騎士団で得た情報を使って十年後、やっっと見付けた時には嬉しかった。喜んだ。それと同時に2度と私の前から姿を消さないよう、閉じ込めておかなくては。そう思った。


 直ぐ様、エルテの住んでいるルメルパ村に行った。村長に挨拶をして、早々にエルテに会いに村を歩く。


 久しぶりに見たエルテは美しかった。


 長くサラサラで明るめの茶髪を後ろで結び、瞳の青は何処までも広がる青空のように綺麗だった。その瞳に今、自分が写っている。はぁ、顔も愛らしい。美少女、と言うのが正しいだろうか。ああ、手に入れたい。


「エルテ・オブディア。ヴォヌレ王国第3王子であるルスフェン・ロネ・ヴォヌレと婚約をして、ゆくゆくは私の妻になってくれないか」


 そんな美しいエルテだったので、いやそうじゃなくても、ゆっくり、じっくりと仲を深めるなんて考えはなかった。ゆっくりとしている間にまた逃げられたら私は耐えられない。


 だからすぐ告白した。


 告白すれば、嫌でも意識するだろう。村の人の手伝いをして馴染めば、親近感も感じるだろう。その上短い滞在期間にした事で帰る日には寂しさを感じるはずだ。

 そしたら、その感情は『恋』なのだと勘違いさせればいい。


 それでも無理だったら・・・偶然、事故にあって、私がずっとずっと世話をするだけだ。私以外の男は勿論、誰にも会わせない。


 ルメルパ村の手伝いは大いに役立った。村人は私に対して好感を抱いている。悪感情を抱いてエルテにネガティブな話をしてもらっては困る。エルテは私の良い話だけを聞いていればいい。


 エルテの作ったサンドイッチを食べれたし、お願いして名前で呼んでもらえた。

 夜明け前から手伝ったのは疲れた。だが、エルテと一緒に手伝いが出来たのは良かった。それに朝日に照らされたエルテは息が止まるかと思った程に美しかった。


 その後2日はエルテとあまり会えなかった。村近くの森に入り、滞在最終日の宴で使う用のハーブやキノコを採ってきているようだ。

 私の護衛は全員男だ。護衛に付けた者がエルテに恋を抱いてしまうと思うと不安で、エルテの護衛に付けたくないが、森にいくということで仕方なく、秘密裏に監視を付けたから安全だ。それに村の入り口で「おかえり」と帰ってくる頃合いを狙って私が出迎え、歩きながら話をした。有意義な時間だった。


 きっと森に行ったのは私の為だろう。そうだと思うと、嬉しくなる。エルテの好感度は順調に稼いでいるようだ。

 そうでなくとも、私がエルテを手に入れるのは決定事項だ。この村の誰にも止めさせはしない。



 ◇◇◇



「えー、第3王子殿下は明日の朝出発してしまいますが、今日は飲んで騒ぎましょう!カンパーイ!」

『「「カンパーイ!!」」』


 今日は私の滞在最終日。


 始まりの音頭を村長に変わってもらい、エルテを待つ。

 エルテは今日、村の者と複数名で宴の手伝いをしていた。料理や飲み物の手伝いから運ぶ係までやるらしい。私以外の奴に食事を運ぶなんて許せない。が、まぁ、村長にそれとなく言ってエルテが他の村人、特に男の相手をする事は無い。


「…ルスフェン王子殿下。どうぞ、の、飲み物です」

「ありがとう、エルテ」

「いえ、何か食べ物もお食べになりますか?」

「う~ん。エルテのオススメはあるかい?」


 村長に誘導されてエルテが来た。私の隣に座らせて、話をする。


「そうですね…この香草焼きが良いと思います。お肉は今日獲れた新鮮なお肉で、ハーブは私が採ってきた香りの良い物なんです」

「へぇ。良いね。それを食べようかな」


 正直食事にこだわりは無いが、エルテのオススメは食べる。エルテが採ってきたハーブなんて食べないワケにはいかない。


「うん、美味しいね。エルテが採ってきたハーブも良い香りだ」

「良かったです。あ、飲み物どうぞ」

「ああ、ありがとう」


 食べると肉汁とハーブの香りが口一杯に広がる。エルテの採ってきたハーブの香りを思いっきり感じる。すると、エルテが飲み物を注いでくれたので飲むとハーブの香りを感じた。


「この飲み物ハーブが使われているね。ハーブティーかな?」

「ッはい。香草焼きのハーブと一緒に採ってきたんです」

「そうなんだ。とっても美味しいよ。もう一杯貰えるかな」

「どうぞ…」


 これもエルテの採ってきたハーブらしい。


 今日は良い日だ。エルテの採ってきたハーブの料理と飲み物をエルテが運んできて、エルテの隣で飲む。これは良い。

 他の村人も食べているのかと思うと苛つくが、これから私が一生独り占めにする。そう思えば今日くらいは許そうと思う。


「スープもいかがですか?今が旬のキノコが採れたんです」

「ありがとう。…ああ、とても美味しいね!」

「ありがとうございます。少しだけですがお手伝いしたんです」


 エルテがオススメしたスープはエルテがキノコを切って煮込む際も手伝っていた。と監視からの報告があった。ので、褒め称える。エルテは少し頭を下げてお礼を言った。頭を下げた影響で照れた表情が観れなくて少し残念だが、これからは何時でも観られるのだ。気にする必要は無い。


 夜は楽しい宴の下、過ぎていった。


 エルテが護衛の騎士や執事にエルテの採ってきたキノコスープを勧めたので、無駄に飲まないようにこっそりと釘を刺しておいたり、酒に酔った村長と村人が絡んできたので適当に注がれる酒を飲み干して全員潰したりした。私はいくら飲んでも酔わない体質なんだが、こういう場では本当に役立つ。


「...ルスフェン殿下、スープのおかわりはいかがでしょう?」

「ああ、貰うよ」

「……どうぞ」

「ありがとう。…それと、もう暫くしたら脱け出さないか。返事は貰えなくてもいい。最後に話をしたいんだ」

「…はい」


 無事にエルテを誘い、まだ潰れていない村人を潰す作業に入る。流石に酔いが回ってきたが、エルテとの時間を村人に邪魔される訳にはいかない。


 だが、私がエルテとの約束を果たす事はできなかった。



 ◇◇◇



「………うぅん。...ッハ!?」


 意識が浮上した瞬間エルテとの約束を思い出し、飛び起きる。窓から漏れる光で、既に朝になっている事を知る。


 室内では誰も彼も眠っている。警戒心の強い騎士達ですらぐっすりだ。だが、何処を見てもエルテがいない。室内を歩き、外を見たがそこにもいなかった。


 ヒシヒシと嫌な予感がした。


「おい!起きろ!クエス!」

「んあ?で、殿下?」

「エルテが見当たらない!捜すぞ!」

「えっ、本当ですか!?」


 エルテがいなくなったのでは、と村人を叩き起こし、村中をくまなく捜したが見つからず、家にも帰っていなかった。

 ただ、エルテの部屋から荷物を入れる袋と外套が無くなっていた。


「何処に行ったんだエルテ。私から逃げるのか?逃がすとでも?逃がさない、私のものだ、全部全部!」

「…あの殿下。彼女のご両親が見せたい物があるとお越しです」

「追い返せ、今、無駄な時間は割けない」

「いえ、それが…彼女に関する事のようで」


 村にはいなかったので、村の西と東にある出入り口に人を置き、歩き慣れている村人と騎士の数名で森に捜索に行った。

 その最中、報告を待つ私の下にエルテの両親がやって来た。最初は追い返そうと思ったが、クエスの言葉で思い直し通した。


「通していただきありがとうございます。王子殿下」

「いやいい。それで、見せたい物とは?」

「これです。私の育てた薬草を乾燥させている小屋に隠してあったんです」

「手紙ですか、読んでも?」

「はい。どうぞ」


 人がほとんど入らないであろう小屋に態々隠した、その必要があったのかと違和感を感じるが取り敢えずエルテの手紙を読む。


『村の人へ

 突然いなくなってごめんなさい。心配を掛けたと思います。でも、このまま村にいたらみんなを巻き込むと思ったので出ていきました。

 お父さん、お母さん。暫く出掛けます。お姉ちゃんに宜しく伝えて下さい。

 王子殿下にごめんなさい。とお伝え下さい』


 短く、簡素な内容の手紙だった。伝えたい事を必要最低限の言葉で表現したような、そんな印象を持った。


「殿下!報告です!村の森で不審人物を目撃しました!」


 エルテが何をこの手紙に託したのか考えていると、森の捜索をしていた騎士が飛び込んできた。


「なんだと!?状況は?」

「取り逃がしましたが、現在追跡中。現場の者の報告によると『暗殺者の可能性あり』だそうです!」


 騎士の報告を聞く。どうやら、ルメルパ村を囲う森の南西に不審人物を発見。身のこなしから暗殺者の可能性が高く、逃げに徹され見失った。との事だった。


「…そうか。成る程な」

「殿下?何か分かったのですか?」


 クエスはまだ分かっていないようだが、私はその報告で全てが繋がった。


「ああ、分かったさ、全てな。…エルテは自分から村を出ていったんだ」

「何故でしょうか?」

「自分の命の危険、それと村の危険を察知したからだろう」

「危険と言うと、先程の報告にあった暗殺者に狙われていたと?」

「恐らくはそうなのだろう。騎士の報告によると不審人物は暗殺者の可能性があるようだ。暗殺者が所属しているのは『闇ギルド』と呼ばれる組織だ。組織に依頼すればなんでもしてくれる。殺しすらな」


 闇ギルドは厄介な組織だ。拠点はコロコロと変わり、金さえあれば国王の暗殺すらやってのける。

 そしてその悪名は、平民にすら届いている。今、エルテの母親の顔が真っ青になったように。


「そんな!それじゃあエルテは……」

「それはまだわかりません。ただ、エルテは身の危険を感じ、逃げた。それは確かです。村に迷惑を掛けない為に」

「ッ!そんな、エルテ……」

「大丈夫です。我々が全力を尽くして見付けますよ」

「お願いします。王子殿下」


 エルテの父親と握手を交わし、騎士に連れられてエルテの両親は帰って行った。




 気心の知れたクエスだけになった室内で私は口角を上げる。


「殿下、すべてを言わなくて良かったので?」

「言う必要を感じなかっただけだ。あんなに真っ青になってしまっては、な」

「そうですか」


 エルテの両親にした話に嘘は無い。

 ただ、闇ギルドらしき暗殺者が見付かってすぐ逃げたということは、殺しの依頼を受けたのではなく、偵察又は監視の依頼を受けた可能性が高い。そう言わなかっただけだ。


 それと、見付かったら村に連れてくる約束もしなかった。だってそうだろう?これはピンチではあるが、同時にチャンスでもある。

 今回、闇ギルドにエルテの偵察を依頼した者がその先の暗殺を依頼して、私が見つける前に殺されたらアウトではある。ただ、その前に保護出来れば、村には「エルテは見つかっていない」と言い、「また村に迷惑を掛けたくはないだろう?」そう言ってエルテを丸め込めば、私がエルテを独り占めできる!


「クエス、ルメルパ村周囲の町に通達してくれ」

「はっ。内容はいかがいたしましょう」

「そうだな……」


 まだ近くにいる可能性があるので騎士達は森の捜索を続け、それと同時に周囲の町に第3王子ルスフェン・ロネ・ヴォヌレの名前で通達を出した。


 エルテを調べようとする不届き者を抹殺し、私を頼ろうとせず私の側から離れたエルテを保護して永遠に屋敷に閉じ込めよう。


 私の、私だけの可愛いお姫様。

 私から離れられるなんて2度と思うなよ。





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