第9話 催眠連鎖

 つかさは、どうやら最初に催眠が解けたようだ。あたりを見渡すと、催眠にかかっている人はほとんどであったが、まだかかっていない人もいた。つかさは、催眠にかかる瞬間を見ようと思い、じっと後ろを見ていた。今までにテレビなどで人が催眠にかかる瞬間は見てきたつもりだったが、今となって考えると、

「あれが本当に催眠にかかる瞬間なのだろうか?」

 と感じた。

 しかも、あれは、テレビというエンターテイメントによる、完全なるショーではないか、この場は一応のお題目としては。

「実験」

 なのである。

 明らかに主旨が違っている。

 そう思うと、今回ここで行われている催眠実験というのは、テレビで行われているショーのような催眠術と同じものだと言っていいのだろうか?

 テレビでよくある催眠術は、かかった人がまったく意識することなく、普段は嫌いで触ることのできないようなものを平気で触ってしまうというものである。ショートして見ると、皆が同じ術にかかって、洗脳されたかのような状況を作り出してはいるが、

「これはショーなんだ」

 ということで、誰もが何の疑いもなく、催眠術にかかった人が当然のように、苦手なものを触ったり掴んだりしているのを見て、

「ほー」

 と驚きながら、実はまったく疑うことがない状況を作り出していた。

 ということは、本当の目的は、術にかかっている人に催眠を掛けることなのだろうか?

 まわりで見ている人たちに、まったく疑いを持たせずに、当たり前のこととしての状況を作り出すことで、演出に一役買っている気持ちにさせる。それこそが、洗脳と言えるのではないだろうか。

「ショーという形式での演出で、集団催眠に掛ける」

 という目的だとするならば、

「催眠術というものは、一つの道具にすぎず、何も催眠術という形式をとる必要などあるのだろうか?」

 と考えるであろう。

 だが、演出が、催眠術だということが大切なのである。

 催眠術を見ていることで、自分たちが洗脳されているということを誰にも気づかせることはないのだ。

「催眠術にかかっているのは、あくまでも術を掛けられている人だ」

 という意識を植え付けられれば、どんなにそれ以降その人に暗黙の術を掛けたとしても、自分が催眠にかかっているという意識はない。

 それは、犯罪事件などの証拠調べで、

「一度調べた場所で証拠が見つからなければ、そこ以上に安全な場所はない」

 という感覚に似ているかも知れない。

「他の人が掛かっている」

 というのを目の前で見せつけられると、まさか自分が一緒にかかっているわけはないという意識が、その人の盲点となり、洗脳しやすくなるということなのではないだろうか。

 もし、それがテレビのショーで繰り広げられているのだとすれば、これ以上の欺瞞はない。つかさは、

「そんなことは信じられない」

 と思いながらも。ここで催眠術の実験を見ていると、どんどんショーとしての催眠術というものが、怪しい存在に思えてならなくなってきたのだ。

 そんなことを思いながら、今誰かが術にかかりつつあるのを見ていた。

 その人は、身体を腰から一周させるかのように、腰をグラインドさせ、頭を前後に大きく振った。

 ロングヘア―だったこともあって、まるで能を見ているような雰囲気を思い出させ、能のあの踊りも、

「まさか、あれも催眠術の一種では?」

 と思わせられ、何かおかしな気分になっていた。

 あの光景は、以前、宗教団体で見たことがあった。教祖を名乗る人が真剣な顔で、信者を動かしている。その時に感じたのは、

「あんなにも巧みに人を操れるなんて」

 という思いであったが、今考えれば、教祖が自分の力で動かしている人は、目の前にいるその人だけだった。集団催眠のようなものを行うことはなく、一人にしかかけていなかったのだ

 そのことを今思い出してみると、そこに何か含みがありように思えてきた。

 つまり、

「本当は皆を集団で洗脳できるのに、一人だけを対象にしてしか、そのことを見せないということは、自分が洗脳を目的とした宗教団体の教祖ではなく、あくまでも、一人の人を救い、それが皆を救うことになるという暗黙の了解のようなものではないか」

 と思うと、

「何て、あざとくて、姑息なんだ」

 と思った。

 確かに、宗教団体というのは、微妙でデリケートである。全員を自分たちの考えと最終的に一致させなければ、目的は達成できない。だから、途中で、余計な先入観を信者に与えるわけにはいかない。最後の最後で団結しなければいけない時に、術が切れてしまうと、元も子もないからであった。

 そのためには、全員が一つの方向を向くまでは、騙したり透かしたりして、皆におかしな疑念を抱かせないようにしなければいけない。だから、催眠術や奇術を使って、信者に対して脅しを掛けたり、彼らの希望になってみたりしなければいけないわけで、その間に洗脳がバレてしまうわけにはいかなかった。

「アメのムチ」

 といかにうまく使うかが彼らの存命に関わってくるのである。

 最終的には、いざという時に、皆が皆催眠に掛かり、その催眠が解けることのないようにしなければいけない。そのためには、何度も実験が必要であり、集会などはその実験に対しての、

「ちょうどいい名目」

 になることであろう。

 だが、最近の宗教団体は、かつての、テロ組織のような団体のせいで、なかなか活動が許されなくなっている。

(断っておくが、作者が考える宗教団体は、限りなく怪しいものではあるが、目的はかつてのテロ集団のような、国家壊滅を目指すものではない。世の中をいい方向に導くためという目的のために、それぞれに様々な方法を持って活動している団体のことだと思っていただきたい)

 しかし、今の世の中は、皆勝手な発想を元に、それぞれで行動していて、統制が取れていないことで、危機に対しても対応できず、または、団結しないと立ち向かえない相手には、実に非力であった。

 それを訝しく思っている団体が、たくさん生まれるというのも必然的なことで、生まれてこないような世の中では、それこそすでに終わっていると言ってもいいかも知れない。

 つかさは。そこまで考えているわけではなかったが、この日の、

「カタルシス効果実験」

 のイベントに参加して、何か目からうろこが落ちたような感覚を覚えたのである。

 確かにカタルシス効果のように、たまったストレスを声を出して発散するというのは、興味のあることであるし、素晴らしいことだとも思うのだが、今回のお題目とはかけ離れたような実験で何が分かるというのかを考えてみると、考えさせられることが多いような気がするのだった。

 宗教団体や、集団催眠。さらには洗脳というテロ組織のようなワードが列記されているが、その部分を切り離して考えようとするための発想が、浄化としての、

「カタルシス効果」

 と言えるのではないだろうか。

 先ほどから身体を回していた人が急に意識を失った科のようにうな垂れてしまうと、今度は隣りの人が同じように身体を大きく降り始めた。

 ということは、さっきの人はうな垂れた瞬間に、催眠術にかかったということでいいのだろう。

 意識がその時あるのかないのか、そもそも自分が身体を動かしたという意識がないのだから。最初から意識がなかったのだろう。

「ひょっとすると、忘れてしまったのかも知れない」

 そう思うと、この催眠と、睡眠とがやはりどこかで結び付いているように思えてならないのだ。

 催眠が最後まで回ってくる頃には、すでに最初のこ炉にかかっていた人が次第に意識を取り戻してくる。しかし。ほとんどの人は何が起こったのか、頭が回っていないようで、ボーっとしている。

「弥生ちゃん。大丈夫?」

 と言って、少し大げさになるほど身体を揺らすと、彼女の方も大げさにビクッと反応し、つかさの方を凝視した。

「えっ、どうしたのかしら?」

 と、弥生には何が起こったのか分からないようだった。

「催眠術にかかっていたのよ」

 とつかさに言われて、

「つかさちゃんが、起こしてくれたの?」

「うん」

「この催眠術は誰かが起こさないと意識が戻らないようになっているのかしら?」

 と弥生が言ったが、それはまるで二段階設計になっているロケットのような気がした。

「そうかも知れないわね」

「じゃあ、つかさちゃんも誰かに起こされたのよね?」

 と言われて、つかさはハッとした。

 誰かに起こされたという意識がなかったからだ。

 弥生のように、つかさに起こされたのだとすれば、弥生も誰かに起こされたとすれば、その人はどこに行ったというのだろう? 隣には誰もいなかったし、最初に自分に術を掛けた壇上の女の子も、まだ眠っているように頭を垂れていた。

 では、彼女に術を掛けようとした紳士であろうか?

 いや、紳士もすでに壇上にはおらず、どこかに姿をくらませている。

「どこに行ったのかしら?」

 とつかさがいうと、

「誰のこと?」

 と弥生が聞いてくる。

「ほら、今壇上にいる女の子に術を掛けた紳士がいたじゃない。あの人がどこにもいなくなったのよ」

 とつかさがいうと、弥生は怪訝な表情になり、

「紳士? それは誰のこと?」

 というではないか。

「何言っているのよ。壇上の女の子に術を掛けた人がいたじゃない」

 と言って、壇上を指差すが、今度はそこにさっきまでいたはずの女の子の姿が消えていた。

「あれ? あの娘もいなくなっちゃった」

 というと、

「何言ってるのよ。さっきから……。壇上には誰もいなかったわよ。最初からね。だから私は今の自分の状況が分かっていないのよ。今のあなたの言い方を聞いていれば、なんか私は催眠術にでもかかったというの?」

 と弥生は言った。

「ええ、そうよ。壇上に一人の女の子が現れて、その後上がってきた紳士に催眠術を掛けられたの。そして、彼女の催眠術がまわりに蔓延する形で、私から、あなた。そして、この会場の人たちみんなに、均等に順序よく催眠にかかっていったの。私は一番最初に催眠から覚めたんだけど、徐々に皆が覚めていくのが分かったんだけど、皆はすぐに目を覚まさない。半分目が覚めた状態でとまっていたの。あなたには私が声をかけて。その催眠を解いたんだけど、皆はまだ催眠に掛かったまま、誰が解くというのかしら? 私はてっきり、壇上お紳士が催眠を解く術を心得ていて、一気にみんなの催眠を覚まし、そこで大握手が巻き起こるという演出だと思っていたのよ」

 と、つかさが説明した。

 それを聞いても、弥生はまだ納得がいかない雰囲気だった。

「一体、どういうことなの?」

 と弥生は訊ねたが、これ以上の説明は難しい。

 なぜなら、壇上に説明しようにも、誰もいなくなったのであるから、つかさも、

――ひょっとして。自分が夢を見ていたんじゃないか?

 と感じたが、考えてみれば、皆が集団催眠に掛かったのは間違いのない事実である。

 それをいかに説明するかが難しく、何かこのまま意識がまたしても薄れていくのではないかと思えてきた。

「この状態が夢の途中で、目が覚めた時にどこにいるというのだろうか?」

 と考えたつかさだった。

「ねえ、弥生。弥生は今、自分が催眠術にかかっていたという意識はある?」

 といきなりつかさから聞かれて、あっけに取られていた。

 まだ意識がハッキリしないからというのもあるのだが、意識を摂り脅したのが、つかさから身体を揺すられてという、半分強引なやり方によるものだっただけに、意識が曖昧なのも無理のないことだった。

 しかも、その強引な相手から間髪入れずの質問に、

「少し失礼なんじゃない?」

 と言いたかったが、曖昧な意識のために、まともに声も出てこないのであった。

 弥生にしてみれば、こんなに気持ちの悪い目覚めは、久しぶりだった気がした。

「本当にどうしたのよ。頭がガンガンして吐き気がするくらいだわ」

 と、本当に気持ち悪そうな弥生を見ていると、自分までもが催してきそうだった。

「ごめんなさい。そういえば、私も何か気持ち悪い気がしてきた」

 弥生を起こすまでは、そこまで気持ちが悪いわけではなかったのに、一体どうしたことなのだろう?

 吐き気を催しただけではなく、この頭痛は、覚えがあった気がした。

――そうだ。片頭痛だわ――

 たまに起きることがあったのだが。睡眠が中途半端であったり、頭以外の場所が最初からおかしかったりすると第二段階で襲ってくる頭痛は、頭が割れそうな、そして吐き気を誘うものになってしまう。

 つかさが片頭痛を起こす時は、確かに今までもその時というよりも、しばらく経って起こるものだった。そういう意味で、まわりの人たちと同じ種類の頭痛なのか、それとも違う種類なのか分からないが、もし同じだったら。自分だけが違う症状なのだということを証明しているのだろう。

 つかさの気分の悪さは、いよいよ深まってきた頃、弥生の方は収まってきているようだった。

「大丈夫?」

 と言われて、どうにもいかなくなって、意識が朦朧としてくると、弥生が自分を揺すっているのを感じた。

 しかし、感覚がマヒしてしまっていて。少々のことでは感じないようになっていたのである。

――どうすればいいのかしら?

 と思いながら、まわりはただ、揺するだけで、次第に意識が遠のいていくのを感じた。

「救急車、救急車を呼んで」

 と、叫んでいるのが聞こえてきたが、すでにそれも聞こえなくなっていた。

 つかさは、完全に意識がなくなってしまい。会場は、パニックに包まれていた。数十分もすれば救急車が到着し、弥生と、会場の責任者の一人が救急病院についてくることになったようだが、搬送されてもまだつかさの意識が戻ることもなく。時間だけが過ぎていったのだ。

 会場の主催者は、事情だけを聴かれて学校に戻ったが。弥生はずっとついていてくれた。つかさが目を覚ましたのは、夜になってからのことで、

「一応、脈拍も血圧も正常だし、検査の結果では悪いところはないようなので、大丈夫だと思います」

 と先生から言われたが、さすがにつかさを一人にはできないということで、弥生も一緒に就きそうことにした。

 すると、午後九時くらいになって、

「高橋さんの意識が戻られました」

 と、看護婦さんが教えてくれたこともあって、疲れからか、半分眠りかけていた弥生はすぐに正気を取り戻し。

「今すぐ行きます」

 と言って、つかさが寝ているところにやってきた。

 集中治療室から、個室に移されていたので、人工呼吸器もしていなかったが、腕には点滴の針が刺さっていて、痛々しかった。

 しかし、表情はすっかり顔色に精気が戻っていて、ニッコリと笑っている姿が見えたので、弥生も安心してしまった。

 腕の点滴に目をやって、一瞬、顔を背けそうになった弥生だったが、今から思えば、最初はつかさよりも自分の方の体調が悪かったのだ。そんな悪かった体調がいつ治ったのか分からないほど、驚かされたつかさの急変。あれからずっと目覚めるのを待っている時は、まるでアリ地獄に入り込んでしまったような錯覚にとらわれていたが、今ではすっかり意識を取り戻し、ニッコリ笑っている。

「つかさ、大丈夫?」

 と弥生がいつものように声をかけると、

「つかさって誰?」

 という思いもよらない返事が返ってきた。

「えっ? あなたのことじゃない?」

 と弥生は言った。

 弥生も最初はつかさが記憶喪失だなどと思っていなかったようだ。記憶喪失なるものは分かっていたが、まさかこんな身近に損な人が現れようとは思ってもみなかったのではないだろうか。

 採取、弥生は、

「これって、催眠術にかかったから、私を欺いているのかしら?」

 と思った。

 なぜなら、催眠術にかかっているかどうかなど、その人にしか分からない。かかっているふりをするなら、いくらでもできるからである。

 だが、つかさが催眠術にかかっているふりをするとすれば、その理由はなんであろう? 理由という意味から考えると、ふりは考えられない気がした。

 会場責任者とは、医者に状況を訊かれた時、

「精神分析の実験のため、催眠術を掛けました」

 と説明した。

 弥生はそれを聞いて。頷いていたが。そのあとの会場責任者の言葉を聞いて、怪訝な表情になった。

「催眠は集団催眠です」

 というではないか。

 それを聞いて医者自体は表情を変えなかったが、

「何か危険な催眠だったんですか? 何か副作用でも起こるような」

「いいえ、そんなことはありません」

 と説明したが、弥生には納得がいかなかった。

「集団催眠って、なんて恐ろしい」

 と言ったが、それを聞いて会場責任者は、

「何がそんなに恐ろしいんですか?」

 と聞き返した。

「集団催眠ということは、そこにいる人を無差別に催眠に掛けるということですよね? ということは催眠に掛かりやすい人で、その催眠で例えば副作用を起こしてしまいそうな人がいるのだとすれば、そこまであなたたちは考えたことがあるんですか? 例えばですが、記憶を失ったり、かかってしまった催眠から、覚めることがないとかですね」

 と言われた責任者が、

「彼女にそんなところがあったんですか?」

 と答えたことに対して、弥生は怒りをぶちまけた。

「そんなのは知らないけど、そういう人がいるかも知れないと考えて、やらなかったんですか? 実験というのは、そういう危険なあらゆる状況を考えないとやっちゃいけないんじゃないですか? これは完全に人体実験じゃないですか? 私はそれを怒っているんですよ」

 と言って、会長に詰め寄った。

「まあまあ、お二人とも」

 と言って、医者が険悪なムードを止めた、

 さすがにここが病院であることもあって、完全に興奮していた二人は、引き離してくれた医者を見て、我に返り、少し落ち着いた。

 医者は続けた。

「とりあえず、彼女の方は大丈夫です。記憶がすべて消えるということはありませ、一部欠落しているようですが、次第に戻ってきます。一度寝て起きたら、自分のこともしっかり分かっているし、いや、分かりすぎるくらい分かっているかも知れませんね」

 と言う意味深なことを医者は言った。

 そして、安心した弥生は、つかさのところに戻っていったが、医者はそこで代表者を呼び止めて、別室で話をしたようだ。弥生には、もうそんなことは関係なかった。つかさのところに戻るだけだった。

 あとから分かったことだが、医者は、実験を今の段階では絶対にやらないように話したようだ。今日はうまくいったが、先ほどの弥生の指摘が的を得ているようで、集団催眠の恐ろしさをしっかり認識していなかった団体に注意を促した。

「一歩間違えれば、冗談では済まされませんよ。これは団体の方でも肝に銘じてください」

 という内容だった。

 弥生はつかさのところに戻ると、つかさは眠りについていた。それを見ていた弥生が眠くなったようで、すやすや眠っているつかさを見ながら、うといとして、そのまま眠ってしまったようだ。

 どれくらいの時間が経ったのだろうか? つかさは目が覚めていた。

 今の状況をすぐには把握できなかったが、ゆっくりとまわりを見ていると、ベッドの掛布団の上に覆いかぶさるようにして眠っている弥生がいるのを見た。

 あまり気持ちよさそうに眠っているのを見ると、声を掛けられない気分になり、ゆっくりと弥生を見下ろして、ニッコリとした。その寝顔はどこか幸せそうに思えたからだった。

 つかさの目覚めは、何か中途半端な気がしていた。

「どうして、私はここに寝ているのだろう?」

 意識の中で催眠術にかかったという意識はあったが、その催眠術がどのようなものだったのかという思いは忘れてしまっているかのようだった。

「そうなのよね。あの催眠術って。確か『カタルシス効果の実験』と言っていたのに、誰もストレスを解消するような大きな声を挙げたわけではない。不思議な実験だったわ。でも、その実験を見ていた私がどうしてここにいるのかしら?」

 と思うと、急に頭痛がしてきた。

 すべてが思い出せないわけではないけど、何か肝心なことを忘れてしまっているような気がした。それを思い出そうとすると頭痛がしてくるのだ。きっと記憶喪失の人が記憶を取り戻そうとする時が、こんな感じではないかと思った。今までに記憶を失ったことがないので何とも言えないが、あくまでも意識の中で考えたことであった。

 ただ、ハッキリと今頭の中で感じていることというのは、

「あの研究会には絶対に入会してはいけないんだ」

 ということであった。

 なぜそう感じたのかは、今のあぼろげな頭と貧弱な意識の中では理解できないことに違いない。隣で寝ている弥生を見ながら、そう感じたのだ。

 隣で寝ている弥生は気持ちよさそうに寝ているが、実際には、そんな穏やかではないように思えたのはなぜだったのだろうか。

 弥生の顔をゆっくりと覗き込んでいると、

「うーん」

 と言うのが早いか、ゆっくりと身体を起こしている弥生が、

「どうしたのかしら?」

 とゆっくりまわりを見渡していた。

 それがついさっきの自分の姿に見えていたつかさは、弥生を見て、不思議な気がした。

「大丈夫? 弥生」

 と聞くと、弥生はうつろな目をして、

「えっ? 弥生って誰?」

 と答えた。

 さっきの自分の返答と同じだということに気づかないつかさは。弥生の表情を見ながら、身体が固まってしまっているのを感じるだけであった……。


                (  完  )

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

催眠副作用 森本 晃次 @kakku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ