第10話 大団円

「じゃあ、一体どういうことになるんですか?」

 と山崎刑事は呟いた。

「あくまでも私の推理が許されるとすればですが、犯人は所長の清武氏ではないかと思うんです。何か弱みを握られてしまった。例えば使い込みがバレたとか、誰かの発明を盗んで自分のものにしたとかですね。でも、証拠がなければ、誰も信用してくれないレベルですよね。それだけ清武氏は、世間的にも信用が絶大ですから、よほどの証拠がなければ、それは夢としてしか思われないことでしょうね。だから、その証拠をもし掴んだとすれば、それはかなり強力なものであるはずなんです。それを清武が気付いたとすれば、それは十分に殺人の動機になると思うんです。それを掴むとすれば、当然、助手であり秘書である波多野千晶でしょう。しかも彼女の兄は波多野副所長。となると、清武氏の焦りは尋常ではなかったでしょうね。それが動機になって、次第に計画が盛り上がっていったということでしょう」

 というと、誰も反論はなかった。

 犯人が誰かということは皆にも分かっていたが、犯人はある意味単純であり、それに比べれば、犯罪計画はこれでもかというべき何重にもなっているため、犯人がこの人だと思っても、

「本当は違うのではないか?」

 と思わせるような、そんなトリックもあるような気がしていた。

「考えすぎカモ知れないが」

 と言いながら、辰巳刑事が話した。

「一体何を握っていたのか分からないんだけど、ひょっとすると清武氏は、、わざと彼女を引きこんだのかも知れないと思うんですよ」

 と辰巳刑事が続けた。

「それはどういう意味ですか?」

「彼女にも犯罪の片棒を担がせるというか、聞き分担とでもいうのか、そういう心理が清武氏の中にあって、それが犯罪の根底にあったとすれば、この犯罪は今までにない展開を見せる最初の犯罪のようなものではないかと思いましたね」

 と辰巳刑事がいうと、

「昔のはそういう犯罪もあったような気がするよ。今ではおとんど見なくなったけどね。どちらかというとそういう犯罪が主流だったのかも知れないけど、今は誰も思いつかないような感じになって、時代の流れがそこにあるんだろうな」

 と、しみじみと捜査主任は言った。

「まずは、この妄想を少しでも確実なものにするためには、波多野副所長の所在がハッキリとしないといけないでしょうね。もし、そこで彼が死体で見つかったとすれば、私のこの妄想が現実味を帯びてくるんじゃないかと思います」

 と辰巳刑事は言った。

「それにしても、君はどうしてその発想に行き着いたんだい?」

 と訊かれた辰巳刑事は、

「まず最初に感じたのは、あの部屋がオートロックのようになっていることで、普通は考えたんでしょうが、ふと密室という言葉が頭をよぎったんです。それは本当に偶然でした。でもそこから、犯行現場が別だったんではないかと思ったんですが、本来なら矛盾した発想ですよね。そのまるで辻褄合わせに似た発想が、共犯者を想像させた。となると、現場で殺されている二人の関係がどういう関係なのかと考えると、どうも、不倫かも知れないと思った。だけど、不倫のようなことで、共犯者がるということに違和感を抱いたんです」

 と一旦声を止めたが、すぐに話を始めた。

「その後、二人が別れたと聞いて、犯人が付き合っていたことは知っていても、別れたことを知らなかったのだとすると、二人は近しい関係にあり、立場的にはそこまで深入りしていないように思えたんです。そこで感じたのが、秘書、助手という関係でした。だから、必然的に清武氏に目が一旦ですよ。そうなると、清武氏を犯人だとして決めつけた感覚で考えていくと、カモフラージュした内容が氷解していく気がしたんです。それは、同じ人間が考えることなので、レベルという意味で考えていくと、犯人がどうのというよりも、謎が先に解けてくるんです。謎というのは繋がる時はどんどん繋がるもので、問題は最後のピースが嵌るかどうかなんですよね。それがある程度まで嵌ってくると、それは想像ではなく事実に近くなってくる。そして、事実が重なってくると、真実になってくるんだと思うんですよ」

 と辰巳刑事は話した。

 捜査本部での話は、それ以上進展はなかった。

 確かに辰巳刑事の話には信憑性はあるし、ピースが残り少なくなってきても、余ったり足りなくなったりするピースはなく、すべてがピタリと嵌る感じだった。

 それを一番感じたのは他ならぬ辰巳刑事であり、彼自身、自分の推理に自信を持っていた。

 つまり残りの捜査は、

「決まっている真実を、後はいかにして証明するかという証拠を探すだけ」

 になっていたのだ。

 そのうちに、清武が自首してきたという話を訊いた辰巳刑事は、他の人が意外に思っているにも関わらず、平然としていた。

「あなたなら、自首してくると思いましたよ」

 というと、

「どうしてそう思われたんですか?」

 と思ったよりも穏やかな表情で清武がいうと、

「あの白い液体。あれは、あなたの研究成果なんですよね? あなたとしては、早く特許を取りたい。それは、あなたが前科がつくよりも重大なことであるということなんでしょう。そのためには早く自分の立場をハッキリさせて、刑に服して、会社でこの特許を得ることを承認してもらいたい。それがあなたの目的なんじゃないですか?」

 と辰巳刑事は言った。

「何でもお見通しというわけですね。でも、あなたには私の本当の動機までは分からないでしょうね」

 と言い始めた。

「というと?」

「分かるはずはないんですよ。私にとっても、何が動機だったのか、分かっていませんからね。もしあなたが探し当てた動機が一番しっくりきたとしても、それを認める人はいないことになる。そういう意味では私の勝ちなんですよ」

 と言って、微笑んでいた。

――この男、すべてを勝ち負けで判断する男なのかも知れない――

 と、辰巳刑事はそう思うと、自分が感じていた犯人像が崩れていくような気がしてきた。

 辰巳は、清武という男に勝ち負けの概念はないと思っていたが、それは大きな間違いで、勝ち負けという概念をいかに自分に結び付けるか。それが、この犯人の動機ではないところの目的だったのだろう。

 自分の発想したことが当たったことになるのだが。どこかしっくりこない気持ちになっている辰巳刑事は、

「この男、最終的に勝ち負けが目的だと言ったが。それは勧善懲悪に特化した考えを持っているこの俺に対しての挑戦なのだろうか?」

 と、今まで自分の前に現れたことのない新種の犯人という気がして仕方がない。

 やはりこの事件の本当の問題は、

「動機と犯行の目的の違い」

 というところだったのではないだろうか?


                (  完  )

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動機と目的 森本 晃次 @kakku

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