第2話 迷走する殺人事件
放課後、ジニは坂部由香里に声をかけられた。
「ちょっと話がしたいんだけど」と言った態度は切羽詰まった様子だった。
ヒマリのことで、くしゃくしゃした気分だったジニは、「おう」とだけ答えた。
「あの、屋上でもいい? 誰もいないとこで話したいんだけど」
そばかすが多く色黒の肌で、髪を真ん中にわけた由香里は微妙に綺麗だ。その微妙さを勘違いすることが多いと、アオイが皮肉に評した言葉を思い出す。
「ついて来て」と言うと、ジニの袖をつかみ、強引に廊下を走った。
通りかかった生徒たちが好奇の目で見ている。二年生の教室は二階にある。
階段を駆け上がり、由香里は屋上に至る階段の踊り場までジニを引っ張ると、そこで立ち止まった。立ち止まったがそのまま下を向いている。
ジニは頭をかきながら待った。何か迷っているのがわかるが、その理由が推測できない。
転校以来、とつぜん手紙を渡されたり、帰り道で告白されたりすることはある。
彼が少年院帰りだという噂があっても、それが逆にモテ要素になった。危険な男というキーワードは一部の女子には萌えポイントらしい。
だから、またかと軽く思った。
「あの、知ってるかどうか、わからないけど。クロブチ先生のことで、その相談する人がいなくて」
「クロブチ?」
「わたしさ、この際、言っちゃうけど。一ノ瀬頼友のことがずっと好きだったじゃん。あっ、あのさ」
そう告白して、彼女は耳まで赤くした。
「つまり、一ノ瀬の気持ちを知りたいのか?」
「そ、そうじゃない。クロブチが一ノ瀬と親戚だって知っている?」
一ノ瀬家で開かれたパーティ会場でクロブチに会った。
「話してくれ」
「クロブチって、一ノ瀬にとって叔母にあたるの」
「叔母? しかし、先生はクラス担任だ。それはまずいんじゃないか? 誰に聞いた」
「クロブチから聞いたんだよ。クロブチは一ノ瀬の母親と姉妹だって。でも、公には知られていないって。そりゃそうよね。祖父が不倫してできた子なんて公にできない」
パーティにいた品のよい年配の女性。あの女が一ノ瀬の母親で、その彼女とクロブチが姉妹だと言ったのか。ジニが聞いた話とは違う。
誕生パーティで、クロブチはジニに自分の母親は一ノ瀬の母だと言った。相手によって言うことが違っている。しかし、血縁関係だとは言いたいのだろう。
「そのことは、一ノ瀬も知っているのか?」
「知らないって、聞いた」
「誰から?」
「一ノ瀬本人に聞いた。クロブチに前に会ったことがあるかって聞くと、担任として赴任してきた時にはじめて会ったんだって。あの屋敷にも住んでなくて」
「よく知っているな」
「喰いついた? やっぱね。ね、屋上で話さない」
「屋上? ドアに鍵がかかっていて入れないだろう」
由香里はニヤリと笑った。そっと手のひらを開くと、鍵を握っている。
「どこで手に入れたんだ」
いつもの上から目線的な表情を浮かべた由香里は、すぐその態度を引っ込めた。
「わたしさ、ある日ね、たまたまクロブチと一ノ瀬の母親がいっしょにいるの見たんよ。なんか異様だったからさ。お姉さんに対してだけど。なんか変だった。まるで家来みたいな態度しててさ。あのクロブチがだよ」
それから、とっておきの秘密を漏らすかのように、目を細めた。
「うちらのクラス、前の担任は野村先生っていう男の先生じゃん……。病気で担任ができなくなったというけど、ほんとは違う。前から野村先生に、いろいろ相談してたから、だから、家に見舞いに行ったら入院したって。誰かに殴られて骨を折られたとかで、かなり重症で。家族の人がそう言っていた。通り魔にあったと」
クロブチの前任者が殴られて入院した。その事実は知っていたが、そこは黙った。
「姉に対して異様だって、どういうことだ?」
「なんか異様。それ以外に言いようがないんだけど。クロブチと最初は前の先生みたいに仲良くしようって思って、追いかけ回したんだけど。自分の興味があること以外、すっごく冷たくてさ」
「なぜ、僕にそんな話をするんだ」
「あんたのやったことを理解したからよ」
「意味がわからない」
しらばっくれたが手のひらに汗が滲んだ。
まさか、あのパーティで髪をむしるところを見られたんだろうか。彼女は来てなかったはずだ。
「あんたさ、本当は一ノ瀬が好きなんじゃない? ヒマリじゃなくて」
あまりに見当違いな内容で言葉を失った。
「どこをどう誤解すると、その結論になるんだ」
「だって、あんたみたいなイケメンが、あのウジウジ地味女を好きになるわけないじゃん。それにパーティのとき、あんた、ヒマリを奪って自転車に乗せて、わざと一ノ瀬を刺激したじゃない。だから、一ノ瀬だって、あの女を取り戻そうって必死になった」
食ってかかるような態度に、ジニはどうしてよいかわからなかった。
「あのな。説明が必要か?」
「なんの」
「一ノ瀬がヒマリを好きなんだ。そこは理解しているか?」
「あんたこそ、何を言っているの。あの地味な顔のウジウジよ。一ノ瀬が好きな訳ないじゃん」
「僕はヒマリが好きだ」
「ありえない!」
「理解できないだろうが、ヒマリは共感能力が高いんだよ。他人の激しい感情を人一倍強く受け止めてしまう。だから、人を傷つけず、そっと寄り添っているんだ。彼女のそばにいると誰もがほっとするのは、そのためだ。決して他人を脅かさない。それが、一ノ瀬のような男にとって癒しなんだよ」
ヒマリは妖精のように可憐で男を脅かさない。影ではかなり男子に人気なんて、けっして理解できないだろう。
一ノ瀬頼友は表面的には自信たっぷりで弱さなどないように見えるが、実際は劣等感の塊だ。だから、ヒマリを守ることで自尊心を得ているなんて話も由香里は理解できないだろう。
堂々巡りの会話は、まったく平行線で、そもそも由香里は人の話が聞けないと思うと、もう面倒になった。
「悪いが、これ以上、つきあってられない」
そう言って去ったそのすぐ後、坂部由香里は屋上に行き校庭裏に飛び降りた。
(つづく)
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