第5章

第1話 ヒマリとジニと元警察官僚と




 友情はパッチワークに似ているとヒマリは思う。選んだ布を間違えると、そこに不調和が生じて全体のバランスが崩れていく。


 仲間との関係は、ちょうど具合よくできた、ほどほどのパッチワークだ。


 優等生でしっかり者のアオイ、男嫌いで甘えん坊のナギ、帰国子女で言いたい放題のミコト、いつも聞き役で皆の接着剤のようなヒマリ。

 共通することは、マンガやアニメが好きという一点で、彼女たちは、『アニメ漫画サークル』同好会に属している。




 授業が終わった放課後、四人は部室に向かった。

『アニメ漫画サークル』は同好会だが、一応、部室を与えられている。実質メンバーは四人で幽霊部員が数人いた。

 以前は歴史ある『小説』クラブだったらしい。

 廃部になりそうなところを四人が入部、サークルとして引き継いだのだ。


 四人の城にジニは自然に加わっていた。


 ジニは狭い部室の奥にある机にすわり、壁にもたれながら黙って話を聞いている。その姿に、彼女たちの誰も内心では慣れていない。

 聞きたいことが山ほどあるが、声はかけづらい。

 一歳年上は、この年代にとって大きな違いだ。まして、ジニのような目立つイケメンは声さえもかけにくい。

 

「ねぇ」と、アオイが核心から外れた話題を取り上げる。

「なんかさ。坂部由香里がクラスにいないことが多くない」

「坂部さん? ああ、そういえば。このところクロブチと仲いいわよ」


 そう答えたミコトも、坂部のことを話しながら、実際は別のことに意識を取られていた。みな、ジニを気にしながら、彼の存在を無視して会話を続ける。


 ジニは静かにヒマリを観察している。その目が時に悲しいほど優しくなるのを、ヒマリ以外の三人が気づいた。


「クロブチと? なんか怖いね。ないことないこと言ってそう」

「そこ、『あることないこと』って言うのよ、ミコト」

「アオイィ〜。いくらわたしが日本語が苦手でも、そんくらいわかってるわよ。わたしたちとあの子の間に『あること』がないから、ないことないこと、なのよ」

「たしかに……。ね、ヒマリ」


 三人はぼうっとしているヒマリの注意を引こうとする。


「ヒマリ、聞いてる?」

「え? あの、パッチワークのこと?」


 失敗したと彼女は思った。


「パッチワーク? また、はじめたの?」

「ヒマリがそんな手芸みたいなことしてたの?」

「うまいのよ、この子。集中するとそればかりになるから」

「パッチワークってなんだ?」


 壁にもたれて黙っていたジニが聞いた。


「パッチワークを知らないの?」と、すかさずミコトが聞くと、待ってましたとばかりに、アオイが続けた。

「小さな布を重ねて、じゃなかった。ええい、メンド。スマホでググればいいんよ。パッチワークって」


 校庭からはサッカー部員たちの声が聞こえてくる。

 いつもの放課後で、夕暮れが迫っていた。

 下校時間の午後四時半に近い。しばらくして、キ〜ンコ〜ンカ〜ンコーンと下校を告げるチャイム音が聞こえた。


「もう、そんな時間ね」

「帰ろか」


 誰ともなく声をかけあう。普段通りにしようと思うが、ヒマリは緊張して、体が硬くなるのを感じた。

 ジニは転校した初日から、部室の外でヒマリを待っていた。


「ヒマリ、一緒に帰ろう」と、彼は照れもせずに言った。

「わああ、付き合うを通り越して、もう夫婦ね」

「わたしたちは邪魔だわ」

「いや、構わないけど、……そうかな」

「ムカツク」


 初日は驚いたが、それが、二日、三日と続くと習慣になった。

 いつの間にか気ままな時間に部室を訪れ、室内ですわって待つようになった。


「クラスでも隣りにすわって。いったいどういう関係」

「関係なんてないから」


 ヒマリが即座に否定すると、ジニは肩をすくめて、「そのうちに思い出す」と言った。


「なに、いったい何があるの。隠してないで白状しなさいよ」


 ミコトが追及したが、ジニは何も言わない。


「バカね、ミコト。聞くまでもないじゃん」

「え、なによ、それ、ナギ」

「電車通学だろ? 駅まで送る」と、ジニが途中で遮ることもよくあった。


 ヒマリは断ろうと思ったが、彼の目を見るとできなくなる。その目があまりに、せつなそうだからだ。


「あなたはモテるでしょ。どうして、ヒマリに構うの?」と、ミコトが追及した。

「そうしたいからだよ」

「そういう言い方って、心臓に悪いって知っている? 自覚のないイケメンって、ほんと災害だと思う」


 彼は困ったような表情を浮かべる。

 そういうジニは、ちょっとかわいくて、たぶんどんな女でも抵抗できないだろう。だから、四人は彼を許容するしかなかった。


 校門から坂道を歩いて十五分くらいに駅がある。ジニは自転車を引きながらついてくる。


 普段のアオイなら、「しつこいわよね」と追い払いそうだが、相手がジニでは調子が狂うようだ。

 ミコトは歓迎し、ナギは何も言わなかった。

 ヒマリはただ困惑した。

 なぜ、知り合いのように振る舞うのか理解できない。こんな目立つイケメンなら、必ず記憶に残るはずだ。


 駅に到着すると、ジニは自転車にまたがって帰る。

 今日は、「じゃあな」と言ったあと、しばらく、黙っていた。

「じゃあ」

「なあ、ヒマリ。これだけは思い出してくれ。君は以前、僕を好きだった」


 ──な、なんてことを。みんなが聞いているのに。




(つづく)

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