第4話 誰もが孤独を誤解している
県立辻ヶ丘高校は、親世代の時代には神奈川県でも有名な進学校だった。『県立辻ヶ丘高校出身』といえば、ある程度のステータスを得られた。
しかし、中学受験が一般化するにつれ、優秀な子は都内や県内の有名私立に流れ、県立高校は相対的にレベルが下がった。
この学校には中学受験を失敗した生徒と、最初からこの学校を目指して入学した生徒が半々にわかれる。
一学年は四クラス。
高校二年になって、四人が再び一緒のクラスになれたのは
新学年のクラス替えで、ヒマリたちは同じクラスに四人の名前を見たときは、全員で飛び上がって喜んだものだ。
「ねぇ、ねぇ、ねぇ、クラス一緒になった。四分の一の確率に勝利した。もうわたしたちは運命共同体よ。きっと高校三年間は同じクラスって決まったわね。これは、たぶん、前世での因縁がある関係なのよ」
「ナギ、普通に計算すると、そこ六十四分の一の確率よ」
「アオイ、なんで六四分の一? 四クラスじゃない。六十四クラスもあるの?」
「ごめん、説明する気もおきないわ、ナギ」
四人の仲間で、一番勉強ができるのは『アオイ』だ。
優等生だけど、おっちょこちょいな所があって、「わたしは変わり者よ」なんて公言する憎めない性格。
唯一、ヒマリと中学生からの付き合いだった。
身長166センチ、体重52キロ。
ショートカットが似合う知的な顔にメガネをかけ、みなが会話しているときでも、本を離さない。
マイルールのこだわりがもっとも強いが、しかし、ツボに入るとまわりの興味にお構いなく話しつづけることがあって、それが少し厄介でもあった。
「よく本を読めるよね」と、話の中心にいたミコトが皮肉を言うのも四人のテッパン。
ミコトはよくアオイにからんだ。
「われを聖徳太子さまとお呼び、ミコト」
「なにそれ」
「同時に十人の話を聞いた聖人よ」
「チ〜〜〜ン」
仲間のムードが悪くなると、笑って空気を穏やかにするのはヒマリの役目だ。彼女は静かにほほ笑んで、アオイに質問する。
聞きたかった訳じゃない。
仲間内に芽生えた
「ねえ、ねえ、何読んでるの」
「マキャヴェリの君主論」
恋バナで騒いでいた残り三人は、触れてはならないものでヤケドしたような顔つきをした。黙らせるには破壊力ハンパない本だ。
「マキャン? キャンデイ? キャンキャン」と、ミコトが茶化す。
「マキャヴェリよ」
「そこ、聞きたくないから。みんながドン引きしてるの助けてあげてんのに」
「君主論を読みながら、ミコトのファーストキスを聞くあなたって、ある意味、天才」と、ナギが話題を変える。
「ほめてくれて、ありがと」
「ほめてないし」
「だから、キスって、どんな感じなの。どんなふうにされたの? どうやって?」
話を本筋に戻すのはヒマリの役目だった。
「マキャベリを知りたい者は集まれ」と、アオイが混ぜ返すのも、よくあることだが。
「それ、いいから、キスに戻るわよ」
話の腰を折られたミコトが強く主張する。
四人の仲間のなかでも気が強く正義感に溢れ、言葉を選ばないのが『ミコト』だ。
身長164センチ、体重61キロ。目鼻立ちが整った、いわゆる派手な顔つき。ちょっと太めで巨乳、色白で身長より大柄に見える。帰国子女だったこともあり自分の意見をまっすぐに伝えてくる。
「だから、日曜日に駅で出会った大学生に声をかけられたの」と、ミコト。
米国帰りで、独特のファッションセンスが日本人離れしているというか。
肌を露出したTシャツとショートパンツという格好が多く。極彩色で派手だから、声をかけて来る男も、おのずと遊び人風で軽い男が多い。
「それで、最初からキスって」
「あら、米国じゃあ。挨拶よ」
「それでも、唇はないでしょ」
「それはないかな」
そこで、みな、きゃーと叫んだ。
「じゃあ、ファーストキス?」
「あんあんあん」
「ミコトなら、だよね」
「わたしを求道者とおよび」
「なんの」
「性の求道者よ」
全員が、ちょっと引き気味になって、アオイが本から顔をあげた。
でも、ミコトはひるまない。
空気と場を読むのが苦手だから、自分がドン引きされても理解していない。特にナギが顔を歪めたのに気づきもしない。
ミコトとは違い、男に潔癖なのが『ナギ』。
身長156センチ、体重49キロ。クセ毛の髪が女らしく、小柄で、ぽにょっとして愛らしい。ちょっと太めなのを神経症的に悩んでもいた。
ナギは、いつも誰かを頼るグループの妹的な存在だった。
実際は自己肯定感は高く、最初にふざけて場をなごますのも、よく笑うのもナギだ。
たぶん、頼ることと場を和ませることの根は同じで、険悪なムードが好きじゃないのだろう。そこは、ヒマリと似ている。ただ、ヒマリの自己肯定感は海の底に至るほど低い。
「キスなんて、不潔。なんか気持ち悪い。男子ってにおうし」と、ナギは本当に嫌そうに、かわいい顔をゆがめる。
「でたあ〜〜、ナギの男不要論」
「不要って言ってるわけじゃないわ。でも汚いでしょ。ママがね、気をつけろって。男はソレしか考えてないって」
「ソレって?」
ナギの顔が真っ赤になる。
「ソレはソレよ。ナギね、結婚したくないかも」
「どうして」
「だって、気持ち悪いじゃない。男って」
「清潔でイケメンだけ募集中、ただし肉体的接触なし、ナギ発!」
「いや、ちがうって」
「じゃあ、イケメンも嫌なの」
「えっとね、汚いものは汚いでしょ」
「それじゃあ、キスもできない」
「まさか」と、ナギは笑う。
「キスっていい方は、あまり好きじゃない」と、優等生らしからぬ態度でアオイが言った。
「じゃあ、なんていうの」
「く・ち・づ・け」
唇をすぼめていう、その言い方にナギがきゃーっと叫び、ヒマリは苦笑した。
ニコニコしながら、穏やかな笑顔をうかべ、ひっそりといるのが『ヒマリ』。
身長159センチ、体重46キロ。
体全体の骨格が細く小顔のためか、身長より小柄に見える。華奢すぎる体型もあるが、誰もが守りたくなるような少女だ。人に嫌な感情を抱かせない性格なのは、逆に言えば傷つくのが怖いガラスメンタルということもある。
グループ内で成績は二番。
優等生のアオイは学年トップを狙い、常に一ノ瀬と成績争いをしている。ヒマリは決して彼女に勝とうとしない。
常に一歩引いてしまうところが成績にもあらわれていた。
ヒマリと幼馴染で、仲の良い
彼とヒマリは付き合っているという噂もあった。
実際、頼友はなにかとヒマリに絡んできた。
「それで、ミコト。その男と最後までいったの」と、ナギが話題を戻す。
ミコトが目をぱちっと広げ、黙った瞬間、全員が色めき立つ。
「え〜、まさか、え? いったの?」
「黙秘」
「ミコトが? うっそぉ」
「てか、キスしてきたから、逃げたのがホント」と、ミコトが日焼けした顔で笑った。
「なあ〜〜んだ」
なんとなく、全員は安心して笑った。なぜ、安心したのか理由はわからないが、ただ安心できた。
(つづく)
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