第3話 誰もが孤独を誤解している
県立辻ヶ丘高校二年B組では、季節外れの転校生が来るという情報が流れ、朝からクラス全体がそわそわしていた。
ヒマリは人が苦手だ。
とくに初対面となると怯えてしまう。繊細すぎる性格で中学の頃に精神科の病院に入院したほどだ。
窓際の席からは、どんよりとした梅雨空が見える。
地上に落ちてきそうな濃いグレイの雲を見つめていたヒマリは、いつ雨が降り出すのかと不安を感じた。
雨が不安なのか、転校生が不安なのか。そこは定かではなく、普通に優柔不断な自分が嫌いだと思った。
「ねぇ、ヒマリ、どう思う? この時期に転校生って不思議じゃない? 訳あり、男? 女?」
隣りに来た仲間のナギが口もとをすぼめる。
「臨時教員のクロブチ配置に次ぐ衝撃だわ。でしょ、ヒマリ」
二日前、変わり映えしない静かな高校生活に激変がおきた。
衝撃度は三。ヒマリ調べで中間ランク。ちなみに、マックスは五である。
担任教師が急な病気で入院し、臨時に教員が配属された。
教員の名前は
ウエストが細く
まるで、スパイ映画から抜け出してきたエージェントのような姿で、エージェントというあだ名も少数意見としてあった。
「それ、長いだろ」という学級委員長の
「目がね。光に弱くて、これはオシャレじゃないのよ。誤解しないでね」と、彼女は口もとに笑みを浮かべながらサングラスの釈明をした。
「ああ、もう一つ、誤解のないよう付け加えれば、このセクシースーツはオシャレよ、当然!」
腰をくねらせたクロブチに、教室はワッと湧いた。
真面目な教師の多い進学校では珍しいタイプだ。初対面から、皆の心を鷲づかみにした。
そのクロブチの上に、さらに転校生が来ると言う。
穏やかで平和な学校に嵐がやってきたかのようだ。
転校生への期待が上がったところに、お調子者の野崎が情報をたずさえて教室の扉をガラッと開けた。
彼は大声で叫んだ。
「おい、おい、おい。転校生な、男だぞ」
「ちぇ、男かぁ」
「へえ、どんな子?」
「さあな、職員室でクロブチと話していた。顔はよく見えんかったけど、背が高かった。一ノ瀬くらいかもな」
男子はがっかりしたが、俄然、女子はいろめき立つ。
とくに一ノ瀬くらいという言葉はパワーワード。学級委員長の彼はクラスカースト最上位の男子だ。
高校二年生ですでに身長は百八十センチほどあり、精悍な顔つきをし、なにより周辺じゃ有名な病院を経営する資産家の息子ってことで、モテポイントが高い。
「顔は? 顔は見たの」
「だから、見えなかってばよ。クロブチんとこにいたから、見てこいよ」
クラスの喧騒をよそに、窓際席で校庭を見ていたヒマリは、その小さな口もとから、ふっとため息を漏らした。
細身で小柄なヒマリは少し病弱に見える可憐な少女だ。隠れ男子ファンも多いが、一ノ瀬頼友と幼馴染みであり、彼に遠慮して誰も声をかけない。
ヒマリは何事につけ不意打ちが苦手な性格だった。
今、教室でバズっている占いに近いエセ心理学的によれば、ヒマリには何かの前世のトラウマがあって、人との関係を恐れているらしい。
そう言われれば、そうかとも思う。
生まれてからずっと人と喧嘩したことがない。
口の悪い友人のミコトは、「あんたは、きっと生まれたときに、『傲慢』とか『負けず嫌い』とか、世間を乗り切る必須性格もろもろを、母親の腹に残してしまったのよ」と笑った。
口から唾を飛ばして喧嘩する同級生や、誰かの意地の悪い言葉に接すると、息をするのも辛く呼吸が苦しくなった。
学校に通うということは社会生活への助走だ。狭い空間で強制的に他人と接することを強いられ、摩擦が生じる。
それが怖かった。
自分に向けられた悪意だけでなく、関係のない他人への攻撃も怖くて仕方がない。
ヒマリはそんな臆病な自分を、三人の仲間が受け入れてくれたことに感謝している。
優等生でそそっかしい
ひとりっ子で、ちょっと甘えん坊の
帰国子女で気の強い
それぞれを名前で呼び、綽名をつけない。
アオイ、ナギ、ミコト、ヒマリとお互いを呼び捨てにし、クラス内を主戦場とした目に見えない戦いに、四人は鉄壁の壁を作り、そして、守った。
今朝も、窓際でため息をつくヒマリの横で、残りの三人が転校生について噂していたとき、クラスの嫌われ者。さらに、その自覚を見事に欠いた坂部由香里が声をかけてきた。
「どういう男子だろうね。あんたたち知っている?」
他者という侵入者にとても敏感な四人。
とくに相手が坂部由香里となると問題だ。彼女はクラスで浮いた存在だ。いじめられている訳ではないが、嫌われていた。
(あんた、わたしほど可愛くないわよね)と、男たらし自慢の魅力的なミコトに言い。
(こんなことも知らないの)と、学年順位最下層が、二位のアオイに喧嘩をうった。
本人はまったく悪気はないというが。
自分はいつも正しく、ついでに誰よりも可愛いと勘違いしている子で、高校生にもなって、面と向かってそれを相手に言ってしまう。
だから、坂部由香里という異物は対応しにくい。
しばらく、沈黙がつづいた。
「ふ〜〜ん、そういうこと」
「悪い?」
攻撃型のミコトがニヤっとして、軽くいなす。残りの三人は背後を守る。
「別に」
「そう、別によね」
由香里は肩をすくめて去った。
(つづく)
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