〝二之舞イーノの失恋艦隊〟

鳩鳥九

第1話



『二之舞イーノの失恋艦隊』



 オレの名前は太郎、どこにでもいる山梨県の高校二年生だ。

可もなく不可もなく、地味で無知で世間知らずの身長165㎝だ。

今日は放課後体育館倉庫裏で二之舞さんに呼び出された。

下駄箱に手紙を添えられていた。

友達に相談したら、これは100%告白だそうだ。俗にいう例のヤツだという。

カラフルなビーズのプリントのされた500円くらいで売ってそうな折り紙に、

万年筆で書かれたお手製の文字で、場所の指定を受けた。


断ろうと思っている。交際を、


 理由は無いけど、彼女とはまだ一度も喋ったことは無い。

なんとなくそういう目線で彼女を見ることができない。

オレはどうやらあんまりそういう欲が高い人間というわけでもなく、

凄く丁寧に、丁重にお断りするんだろうなと思いながら足を進める。


「こ、こんにちは……」

「どうも……」


 小さな頭に、ペタリとほほに張り付くようなセミロングの黒髪と、

柔らかそうなほっぺたが特徴的な二之舞さんは、隣のクラスの他人である。

同級生であり、今まで一度も同じグループに属したことが無い。

正直、可愛いけど、オレはそういうの苦手だし、

お互いが傷つけ合うことになるかもしれないのが嫌だから、

テキトーにその場を凌ごうと思ってるし、

友達からお願いしますと言われたら、

友達くらいならいっかとか思いそうだ。


「お、お手紙読んでくれた? 」

「うん……」


 この学校は放課後になると案外早く戸締りをし始めるので、

回りくどく口説いてくるのはやめておいた方がいいし、

オレもこんなこざっぱりとした性格だから、

テンポよく済ませてくれるとありがたいので、

一応様々なシチュエーションを覚悟しておきながら、

二之舞さんの言葉に身を任せつつ様子を見る。


「あ、あの……もしよかったら!

 私とお付き合いしてくれませんか!?

 1学期の頃から太郎くんのこと見てました! 」

「ごめんな。オレ、そういうことが苦手なんだ」


これで大丈夫なはずだ。穏便に済めばいいけど……


「そこをなんとか! お願い!

 私、なんでもするから! 毎日お弁当も作るし、

 帰り道だって一緒に帰るし、テスト対策も一緒にしたいし! 」

「それは二之舞さんがやりたいことじゃないか……

 毎日お弁当って……申し訳ないけど、そんなに重たい愛情だったんなら、

 オレなんかじゃ受け止めきれないし、二之舞さんを困らせちゃうし」


 なるほど、結構本気でオレのコトを想ってたんだな……

悪いことだとは思うけど、重かったら重かったで、オレなんかじゃ良くないし、

彼女はオレとは無関係のところで幸せになって欲しいな。


※※※


「じゃあできるだけ距離取るから!

 そんな口も利かないし! 定期的に連絡もしないし!

 無意味に手を繋いだり、意味の無いスキンシップなんかしないから!

 だからお願い! 私と付き合ってよ! 」


ん? なんか調整してきたな……


「ちょ、ちょっとちょっと待ってくれよ。

 そ、それは付き合ってるっていえるのか?

 オレに合せようとしてくれるのは嬉しいけど、

 それじゃあ交際してるなんて言わないだろ。だからそれは無理だ」


 彼女は胸に手を当てて訴えるように、重そうにすっごく軽いことを言い出した。

この10分そこそこで通算3回も失恋しておいて、

まだオレに喰らいつくらしい。それは見上げた根性だな。


「じゃあ、交際してくれるなんて言わなくていいから!

 形だけでいいからこの契約書にサインしてくれるだけでいいから!

 そちら側のメリットは全部考慮するし、

 しんどかったならこっちで譲歩するしから! 」


 ハート型の恐らくはさっきのラブレターと同じ種類の紙でできた契約書が出てきた。

彼女の通学用のカバンから無理やり出てきた。

高めの折り紙にわざわざネットから契約書のフォーマットをダウンロードして、

それ専用のプリンターで印刷したのだろうか、

なんだか手が込んできたな。感心さえ覚える。


「え、ええ……なにこれ、凄い……でもさ、でも二之舞さん……

 メリットとか譲歩とか、そういうんじゃないと思うんだよねオレ、

 恋愛ってさ、計画的に需要と供給の折り合いをつけるものじゃなくってさ、

 お互いの心がドキドキした瞬間のことを指すんじゃないかな……

 だからごめん。そこまでキミがする理由はわかんないんだよ……」


 一日に4回も同じ女子にあの手この手で告白されたという経験は、

人生の中でもそうそうないような経験だから、オレがおっさんになった時に、

得意げに語ってしまうのかもしれないけど、

でも、契約書だなんてものを持ち出されたら、

変な話だけど、断らざるを得ない。すると……

なんと、二之舞さんがその場で頽れて、泣きだしてしまったのだ。


「うぅ……ごめんなさい……

 でも……ここまで太郎さんのことに拘ってしまうのは……

 理由があるんです……」

「り、理由だって……? 」


 しまった。女の子を泣かせてしまうだなんて、オレはなんてことを……

後悔をしながらも、そこまでの理由があるのかとオレは彼女の話を聞く。


「私が幼稚園の年中さんの時にね……

 お母さんが膵臓の病気で、倒れちゃったの……

 そしたら私の近くにいた小さな男の子がね……

 大丈夫だよって言ってね……タクシーを電話で呼んでくれたの……

 その時の男の子にね……一目ぼれだったんだ……

 それがキミだよ……太郎くん……

 私はキミに……沢山の勇気を貰ったんだよ! 」


※※※


 ウソつきやがったーーーーーーーーーーーーーーーー!!

幼稚園の時オレ山梨県にいねえええええええええええええええ!!

え、人違いだよ??? 二之舞さんマジで!?

なんかむっちゃいいセリフだけどオレそこいなかったからさ!

オレその時2年間チェコで、羊飼いの叔父のところに居たんだよ!

だから日本にいなかったんだよ!! 違うじゃんマジか、

今時太郎なんて名前の人がオレ以外でいたのかよびっくりしたわ!

むっちゃいいムードだったのに別人と勘違いさせちゃってたの逆に罪悪感凄いんだけど!? え、え、え、こんなことってある!?


「ごめんな。それ、多分人違いだわ。

 オレ、幼稚園の時は山梨県いなかったし……

 病院で倒れた女性に会った記憶も無いし……

 チェコで羊飼いの叔父と一緒に毎日ラッパ拭いてたんだ。

 ぷひょぉ~~~ってね。

 だからごめん。二之舞さんとはお付き合いはできないんだ」


 あんなにも綺麗な涙を流させるのは心苦しいが、

やっぱりそういうことなら最初から二之舞さんとオレは交際できる運命ではなかったということなのだろう。

恋愛というものは、長い人生の中のたった一つのパーツでしかないんだなぁ……

なんて、チェコの羊飼いのおじさんも言ってたなぁ……

また一緒にラッパ拭きたいな……ぷひょぉ~~~


「ふんっ……ここまでは〝及第点〟……じゃな」

「え? 」


 あれ? 急に二之舞さんが涙を引っ込めて戦国武将みたいな喋り口になったぞ?

この人こんなにも低い声出せたっけ? 及第点って何?


「流石に二之舞家の将来〝婿〟と言ったところか……

 5回も〝嘘の告白〟をしてしまってすまんかったのぉ太郎!

 これも全て二之舞家と太郎の親父殿との代々の約束だったんじゃ、

 もうお主に……否、旦那様に断る権利なんて無いんじゃ

 儂と結婚せよ。太郎」


※※※


 どうやら二之舞家は代々山梨県随一の名家で、

オレが生まれる前からオレの親父との、正確には先祖代々の盟約があったそうな、

時代錯誤であるという指摘に、豪傑のような二之舞さんが扇を取り出して、

困っとるんじゃと笑いながら答える。

さっきから凄い豹変っぷりだな。

なるほど契約書も涙も、全部仕込みで、こっちが本命ってことか……


「どうじゃ? 儂と結婚せんか? 」

「いや、申し訳ないけどオレ、一人称が〝儂〟の女性とは絶対結婚しないって、

 小学生の頃から決めてたんだ」


 二之舞さんが扇をポロリと落した。扇にはごっつい感じの家紋が入っていた。

なるほど、二之舞家の家紋は、〝一富士二鷹三茄子四ペンギン〟なんだな。

ペンギンを入れる辺り、革新的な名家なのだろう……なのかな?


「なんでじゃ……なんで……

 先祖の盟約ぞ!? 儂とうぬはもう逆らえぬ運命の赤い糸で繋がっておるのだぞ?

 儂はうぬのことをこんなにも好いておるというのに!? 」

「ごめん……オレ、親父と山梨の名家の歴史とかよくわかんないけど……

 二人称が〝うぬ〟の女性とは交際しないって決めてたんだ! 」


あ、あと三人称複数形が、〝民草〟の女性ともキスしないって決めてる。


「なんでじゃ! なぜじゃ! どーして!

 ゆるさない……ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない! 結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚してマレッジマレッジマレッジマレッジマレッジマレッジマレッジマレッジマレッジマレッジマレッジマレッジ!!! どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 」


※※※


彼女の髪の毛が逆立ち、美化委員会が一生懸命手入れしていた植木鉢が彼女の剣幕で転倒する。

二之舞さんは羅刹のような形相で包丁を取り出してこちらに向かってくる。

この人絶対役者の才能ある。用意も周到だし、手数も多いし……

バリエーション多彩だし、見てて飽きないし……

オレはたまたまチェコの叔父に護身術を習っていたので、

彼女の包丁をするりとナイフ術の応用で捌き、見事に背負って地面に伏せさせる。

華奢な体躯が仇になったようだ。


「と、とにかく落ち着いてよ二之舞さん!

 包丁を持ち歩くなんてダメだよ! そんな物騒だよ。

 暴力はダメだ! 暴力をしてしまうような人間とはオレ……

 だからごめん! 先生には言わないからさ……」


 何もかもを吐き出してしまって、二之舞さんの綺麗な顔がやつれていく。

貞子を連想させるというか、彼女は大きな感情を吐き出してしまったのだろうか、これも恐らく、二之舞家の呪縛なのだろう。

そう、これは皮肉なのだ。この世界の縮図なのだ……

(あ、別に縮図っていっても世界地図のことじゃないからね! 勘違いしないでよね!)

兎にも角にも、これでこの件は一見落着……って、あれ???


バキバキバキッ!!


 二之舞さんの骨格が変わっていく。

身長がそんなにも大きい人ではなかったはずだ。

よく見たらバストサイズも一気に豊満になっていく。

蛹から蝶に代わるかのように、やつれていた頬も見る見るうちに回復していく……

手品のような、それは魔法のような……


「こ、これはなんなんですか!? いったい……」

「驚かせて済まなかったな!! これは変装の一種なんだ」

「へ、変装!? 」


 小柄なイメージとは一転し、その変装によって二之舞さんは、

一回り年上のグラマラスでスレンダーなお姉さんへと姿形を変えた。


「誤解を招くような表現をして悪かったね。

 私は来月の文化祭で、劇をすることになっていたんだよ」

「に、二之舞さんって演劇部の出身だったの! 」

「そう、これは靴底や手袋にフロンガスを仕込むことで、

 一瞬で身長をいじれる特殊な道具でね……プロの手品師が良く使ってるんだ。

 ふふふ、秘密にしておいてくれよ。

 ちなみにこの胸は本物だぞ? 〝さらし〟で一時的に潰して、

 背中の刃物で任意のタイミングで緩める機構を付けているのだ」

「あ、はい……」


 二之舞さんは来月の文化祭に向けて、演劇部での練習を必死に行っていた。

そのために伸長や骨格が変化したと思わせるような道具も持っていて、

その練習の一貫として、ボクを練習相手に選んだという。


「ってことは、ボクへの好意は……」

「あぁ、誤解させて悪かったな」


 契約書も嘘の涙も、突然のヤンデレ化も二之舞家の豪傑の時期婚約者も、

全ては文化祭の為の練習だったんだ。


「二之舞家のくだりは本当だぞ? 許嫁はウソだけどな。

 私が、将来大きな責任を持つ人間になることは確定している」


 もう何が本当で何が嘘なのかわからないけど、

山梨県を盛り上げる為に頑張って下さーーーーーい!!


「ともかく良かったです。二之舞さんの好意が嘘なら誰も傷つかずに済みます」

「ふふふ、太郎、お前は優しいヤツだな」



「でもな。太郎……」



「へ? 」



「お前……一目ぼれって、信じるか? 」


※※※


「ちょ……」



 オレは二之舞さんに押し倒された。

二之舞さんの大きなその……胸がオレに遠慮なく押し付けられている。

そういえばさっき、さらしを緩める機構がどうとか言ってたな……

ってことは今この人……ブラを付けてない??



「私はな太郎、7回もの告白を全て、あんなに優しく断る人間を初めて見たのだ」



でしょうね。



「なんて優しいヤツなんだろうと、

 騙している間に思慕の念が芽生えてしまった。

 ふふふ、格好の悪い話だな。演劇部の次期部長であるこの私が……

 どうだろうか、太郎……今までの7回の告白は全て、

 仕方のない嘘だった……それは謝罪させてもらう。

 本当に申し訳ないと思っている……だが、この思いは本物だ!

 どうか私の気持ちを……受け取ってはもらえないだろうか!?

 (一人称も直したし)」



 確かに二之舞さんは、とっても積極的で胸が大きいし、しっかりしてるし、

演劇の腕が凄すぎて骨格を変化させるくらいの逸材で、

その気持ちもホンモノなのだろうけど……

要するに、全て最初に戻った。フリダシに戻ったってことじゃないか?

それに今この人、〝一人称直しましたアピール〟してきたでしょ?



「ごめん。オレ、二之舞さんが思ってるほど……凄い人なんかじゃないよ……

 オレと二之舞さんじゃ、住んでる世界が違い過ぎる……釣り合わないよ……

 だからごめん……二之舞さん……友達からでいいなら……」



「そう言うと思ってさっきの包丁に空気感染型の媚薬を仕込んでおきましたーーーー!!」



はぁああああああああああああ!?



※※※




「ふっはっはっは! 太郎が告白を8回連続で断る可能性が72%もあったのでな。

 9回目の為に事前に最新鋭の媚薬を仕込んでおいたのだ。

 空気感染型なので私も当然、興奮しているぞ! 」



知らねぇよ。そんなバカな。



「おい太郎、太郎くんや!

 この世界には性欲から始まるラブロマンスというものもあるのだ!

 手紙でもダメ、押しても引いてもダメ!

 契約書でも泣き落としでも婚約でもヤンデレでもダメ!

 一目ぼれでもダメとあれば、もうこれはリピドーしかあるまい! 」



うわーホントだ、今までの全部ちゃんと〝少女漫画あるある〟を一から順番に試してたんだ……すげーーー!

これ全部断ったオレもすげーーーー!

次はどんなギミックが飛び出すのかな?

もはやワクワクの類だぜ……って、アレ??? あ、ヤバイ……

興奮してきた。ヤバイ……



「……くっ……身体が熱い……」

「ふはははは、そうだろ? 可愛い太郎くん……

 本当は私が受けの方が良かったんだけども仕方がない……

 今日ばっかりは、私といいコトしよ。エロ同人みたいな!! 」



 二之舞さんは勢いよくオレのズボンとパンツを脱がす。

これでもう一貫の終わりかと、そう思ったその時だった!



「な……無い……太郎お前……女の子だったのかーーー! 」

「くぅ……そ、そうだよ……悪いかよ……」



※※※



 オレは実は女の子だったのだ。

自分は幼少期の頃から凄まじい男装への憧れがあった。

でも、そんな性癖は許されるものではなかった。

オレは泣いた。自分が少数派であることを悔いた。

でも、それを救ってくれたのが……

チェコの羊飼いの叔父だった。

彼のラッパを聞くと、自分のマイノリティーがどうでもよくなっていったのだ。

叔父はオレに優しい言葉をかけてくれたのだ。

〝ヘイ、タロー、男装、シテモイイヤンケ〟

その言葉をきっかけにオレは男装をするようになった。



「今まで騙していてごめんな……オレは女の子だから……

 女の子同士で付き合うなんて……できないんだ……」

「そんな……」



(っていうか身体の火照りどうにかしてよ。ムラムラするんだけど)

(あ、ごめん。あと40分待ってたら自動的に引いてくから……)

(まったく、とんでもないことするなぁ二之舞さんは……)

(私もムラムラしてるから、〝おあいこ〟ね)

(喧嘩両成敗みたいにすんな、全部お前のせいだわ)


 二之舞さんが怪訝な表情を見せる。

それはどこか切なそうな顔だった。



「でもそっか……、キミも特殊な人間だったんだね」

「え? ……キミ〝も〟ってどういう……」




※※※



 その時だった。大地が唐突に揺れ始めたのだ。地震かと思った。

けどそれは違った。縦揺れとも横揺れとも取れない、まるで別の次元軸を丸ごと揺らして干渉波を与えているかのような……四次元的な振動だった。



「始まってしまったのね……〝崩壊の儀〟が……」



 山梨県の上空。宇宙に超巨大な〝艦隊〟が現れる。

まるでスターウォーズの映画の如く、あまりにも大きすぎて、

その形状がうっすら空の青さを通り越して伺えてしまうほどだった。



「太郎〝ちゃん〟……私ね。未来からタイムリープしてきたんだよ……」

「タ……タイムリープだって!? 二之舞さんあなた一体……」



 次々と建物が崩壊していく。地震の直接的な揺れではなかった。

振動とは別に石やコンクリで出来た建造物が、バラバラに上から砕かれていくのが分かった。このままでは山梨県が危ない!



「私は3000年後の未来の〝失恋艦隊〟と呼ばれる宇宙統合情報集積体の一部だったの……

知的生命体の成長を促したり、或いは滅ぼしたりする宇宙的光源エネルギーの集積体だったの。

思春期の知的生命体にとって最も自己のアイデンティティを喪失させる自称こそ、〝失恋〟であると結論を出したの。

だから、私は2020年9月13日に、キミに告白して失恋するために、

この時代の二之舞家の母親の子宮に〝仕込まれた〟ものだったの」


「に、人間ですらなかったのか……」


「えぇ、二之舞家であるということと、演劇部の次期部長であるということは本当よ。

 でもそれ以外は全て嘘……

 骨格を自在に変容させるスキルは私の情報集積体としての技能……

 『繰編万花七式』……通称〝レボレクションコードバクチュアリ〟だった」



 そっか、山梨県の甲府盆地から取れる果物が豊かに育つ土壌は、

最も情報集積体のエネルギー伝達効率が高い物質なんだ……

だから、あんなにも梨とか葡萄が美味しいんだ!!



「私は失恋を経験する度にエネルギーが加速度的に増大する……

 だが〝この時代〟の失恋艦隊は、判断を見誤った。

 これ以上山梨県は成長させる必要が無いと判断した。

 山梨県に在籍する知的生命体を、2020年の今日、滅ぼしてしまった……

 それが〝特異点〟だったのだ。

 私はそれを阻止するために平行世界の未来から派遣された」



※※※



 どんどんと〝崩壊〟が加速していく……

山梨県名物〝ほうとう鍋〟でさえ、簡単に崩れ去っていく。

あれめっちゃ美味しいのに、



「山梨県を今、崩壊させてはいけない……

 そのためには今日、効率よく私を失恋させてくれる人間が必須だった。

 その予感は的中した。太郎くん……キミは私を1日で10回もフッてくれた……

 ありがとう。感謝してる……」



 これはボクの予想にしか過ぎないのだが、

もしかしたら二之舞家は、山梨県で最も偉大な豪傑、

武田信玄公の血縁関係にあるのかもしれない。



「あっ、それは違う」



違った。本人からの訂正が入った。ありがとう。



「私の10回の告白を全て真摯に受け止めてくれた上で、

 全て失恋させてくれる可能性に秘めた人類は、あなただけだった。

 10回の失恋を経験した私なら、命がけでなら、ギリギリで、

 〝この時代〟の失恋艦隊と刺し違えることができる……! 」



二之舞さん……命がけなんだな……



「ありがとう、これで私は、強くなれる……! 山梨県を守れる! 」



 甲府盆地から薄茶色の光が溢れ、二之舞さんの背中に集約していく。

なんだかよくわからないけど一言で表すのなら……ずばり、

〝言葉にできない〟とでも言ったところか?



「最後に、いい? 」

「な、なんだよ……」



 彼女の〝最後の言葉〟だ。心して聞かなくちゃならない。

オレだって情はある。たった数十分だけの関係だったけど、

こんなに沢山の感情が揺れ動いた会話は久しぶりだったのだから、



※※※




「あのね。私ね。失恋するために産まれてきたんだ。

 それがキミで良かったなって、心の底から思うの。

 でもね。でも私だって女の子なんだ(情報集積体だから性別とか無いけど)

 だから一度でもいいから……ちゃんとした恋愛をしてみたいなって思うの

 だから……だからね……」



彼女の背中がズボっと形状を変化させて、ロボットのようなジェット機構が顔を出す。



「もしこの戦いで、私が生きて帰ってこれたら……

 山梨県を守ることができたのなら……

 太郎くん……私とお付き合いしてくれないかな……」



11回目の告白だった。

散乱しながら空中を飛び交う瓦礫の中での彼女の強い言葉は、

この世の物とは思えないほどに頑強でしなやかで、けれど、美しいものだった。



「丁重に断らせていただきます」



丁重に断らせていただいた。



 二之舞さんの失恋回数が11回を突破したので、更にパワーアップして、

一気に成層圏を突破、超高密度のエネルギー光弾を左手に集約させて、

〝失恋艦隊〟を一撃のもとに、粉砕したのであった。



「そんなこん言わんでーでうらの気持ち受け取ってーー! 太郎のアホーー! 」



 いやだって、10回の失恋で互角だって言うから……

こうして、山梨県の平和は守られ、甲府盆地の今後の処遇としては、

平行世界の別の〝失恋艦隊〟の会合の元に委ねられることとなり、

二之舞家はその本懐を遂げ、二之舞さんはまだこの学校に在籍することになった(媚薬も抜けた。良かった)



「ふぅ……」



新学期になっても、オレと二之舞さんの学園生活は続くのだ。



おしまい

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〝二之舞イーノの失恋艦隊〟 鳩鳥九 @hattotorikku

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