第2話 闘い

 俺の右腕が一回り大きくなり、どんどんと黒く染まっていく。そして、その色が指先までに到達すると、爪先は鋭利な刃物のように鋭く尖る。

 この『能力』の見た目はあまり好きではない。まるで、俺が悪役みたいではないか。

「え?」

 目の前の女が素っ頓狂な声を出し、歩みを止めた。

「も、もしかして、せ、せ、正義者・・・?」

 汗がだらだらと噴き出て、目も泳ぎまくっている。

 別に正しい答えを教えてやる必要もないだろう。こいつはここで俺に殺されるのだから。

 女は少しの間思案する表情を浮かべていたが、ふと元の表情に戻り、また歩み始めた。

「まさかこんな偶然あるなんて…まあ、でもやることは変わらない。少し厄介になるだけ…」

 刹那、女が消えた。いや、正確にはとぷんとまるで水の中に入っていくように地面の中に消えてしまった。

 その時点で女の能力の察しはついた。しかし、だからと言って相手の行動が手に取るようにわかるわけではない。

 がしっと左の足首が掴まれる。

 ――くそ、音がまるでしない。

「なんとなく私の能力分かったかな。まあ、分かったところですぐ君は死ぬんだけどさ」

 地面から女の顔と手がにょきっと生えている。その周りは水面のように微かに揺れていた。

 くそが。

 俺は自分の右手の手のひらをその顔めがけて振り下ろした。

 しかし。

「ふふふふふふ」

 それは空振りに終わった。女が避けたわけではない。俺の手は女の顔をすり抜けたのである。

「私が物体をすり抜けられるだけじゃないんだよ。こっちに向かってくる物体もすり抜けさせることができるんだよ、これが」

 女は俺の腕が自分の顔に突っ込んでいることを意にも解さぬまま、左足首を握る力を強くしていく。

「そしてここからが私の能力の見せ所…」

 とぷん、と女の指が俺の左足首の中に入っていく。そして女の手がすっぽりと俺の足首の中に納まってしまった。

「ここでこの手の部分だけ能力を解除したらどうなるかな?」

「ま、まさか!」

 まずい、足を速く抜かなければ…。

「遅い!」

 厭な音がした。女の能力は俺の足首の中で解除されたらしい。物体が同時に重なりあって存在することはできない。そして、内部にはいっていた彼女の手は俺の左足を――破壊した。

「ぐおおおおおおおおおおおおおお」

 俺はバランスを崩し、地面に転がった。ちぎられた左足がぽつんと取り残されている。

 途轍もない痛みと熱さが左足の断面を襲う。生暖かい血がどばどば地面にあふれた。

 人間とはかけ離れた強度があると雖も、人体を破壊されれば人並に痛みを感じる。

 俺は仰向けになりながらも、手探りで彼女の顔に手を差し込む。

「だから無駄なんだって、それ」

 女は薄ら笑いを浮かべて、まるで弄ぶかのように俺の手を顔面に受け入れたままにしていた。

 俺は手を顔面のちょうど中心のあたりでぴたりとそこで止めた。

「お前余裕そうだな…」

「あんたよりは余裕だと思うよ」

「なあ、俺の能力が何なのか気にならないか」

「別に…もうすぐあんた死ぬし」

「俺、お前と似たようなことができるんだ」

「は?」

 刹那、彼女の顔は破裂したように真っ二つになった。俺が手を差し入れたところから上の部分が後ろの方にずるりと落ちる。地面にべちゃりと落ちた顔の上部分についた二つの眼球は状況を理解できないような顔で俺のことを眺めていた。

 おそらく彼女は足の裏面だけ能力を解除し、地面の中に立っていたのだろう。しかし、彼女が死んだことから能力が解除されて、おそらく身体は地中に取り残されている。なんと滑稽なことか。地面から生えた首は身体と分断され、首の断面図が地面から生えているというグロティスクな光景がかろうじて見えた。

 辺り一面が血の海になった。

 俺は茜色になった天を仰ぎながら、深呼吸をした。

 土の冷たさが背中に張り付いていた。

「いてえ…」

 頭の中の声に呼びかける。1000ポイントで願いを一つ叶えてくれるのとは別に、こいつにはもう一つ機能がある。

 50ポイントで身体を治してくれるという滅茶苦茶便利な機能が。

 しかし、これは怪我の度合いにもよるが、平均30分ほどかかるので戦闘中はあまり使うことができない。

「8ポイントになっちまった」

『悪行ポイントが10ポイント加算されました』

「…ありがとよ」

 俺は皮肉交じりに空にそんな言葉を吐き出した。

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悪者の悪者による悪者のための物語 @matoi360

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