悪者の悪者による悪者のための物語
@matoi360
第1話 始まり
まず、母親からではなくその子供から殺す。
我が子を失った母親の顔というのは何にも代えがたいものである。
言うなれば、それが俺の‘‘殺しのポリシー‘‘だ。これはほんの一例でしかないが、俺がこの物語において『悪役』であることを示す十分な例になっているはずである。
ガキを殺すときはその華奢な手をもぎ取ることが多い。別に痛めつけることで、快感を得られるわけではないが、つまらないわけでもない。いや、母親の顔がさらに歪むという意味では快楽ではあるか。
ガキの腕はそこら辺の木の棒を折るのと同じくらい簡単だ。ボキ、というよりパキという音がする。
※
――しかし、退屈だ。
群衆に紛れてパレードを見ながら、そんなこと思う。
先頭を歩くマネージャーの女は凛々しさと柔らかさの両方を併せ持った顔で、『田辺高校 正義会』と印字されたプラカードを高らかに掲げている。
その後ろを五人の男女がまるでヒーローのように胸を張って歩いている。
いや、まるで、ではない。彼らは正真正銘のヒーローである。
こんな大きな公道を堂々と歩けるのはこの度、彼らが悪を倒したヒーローだからであり、こんなにも群衆から歓声を浴びているのはやはり彼らがヒーローであるからに違いない。
『この度、田辺高校正義会は第一級悪者(あくしゃ)であった河合正仁を倒しました! 皆さん大きな拍手を!』
群衆が馬鹿みたいにそのアナウンスに従う。まるで従順な犬のようだ。
くだらない。
これは俺が悪役であるからそう思うのではない。もともと、こういう行事が好きではないのである。
俺はたまには見てみるかと群衆の中に入り込んだ数時間前の自分を恨んだ。今では群衆は俺が入場した時よりも多く、そして複雑になってしまって、出る隙間がない。
結局、クソみたいなパレードはそこから30分続いた。
※
悪者――本とかに出てくればそのまま『わるもの』と読むが、世界に存在する悪役を呼ぶときには『あくしゃ』と読むのが正解である。それと対に存在しているが、『正義者』である。これはそのまま『せいぎしゃ』と読む。
要は、光があれば影があるということである。この世界には『正義会』と『悪者』が常に対立している。正義会が、政府が認可を下した団体につけられる組織名であるのに対し、後者は正式に徒党を組んでいないため、特定の組織などは存在しない。
こいつらは互いに互いを忌み嫌っているが、両者に共通することと言えば普通の人間ではないということであろう。
どういうことかと言うと、悪者も正義者も人並外れた身体能力、強度を持っている。そして最も特筆すべきは、一人につき一つ特別な『能力』があることであろう。
まあ、それらを利用して悪いことをしようとする者もいれば、そいつらにお仕置きをしようとする者もいるというだけの話だ。
いや――確かに大部分はそのような構造なのだろうが、悪者の方には少し説明を付け加えなければならない。
ただし、これを聞いて悪にも悪なりの正義があるとかいうしょうもないことを言うのはやめてもらいたい。
※
パレードの帰り、俺は何気なく路地裏にいた女の腹を殴った。女はおえっと間抜けな声を出して、腹を抱えて地面に蹲った。そして、たぶん死んだ。
『悪行ポイントが1加算されました』
頭の中で声が鳴り響く。ずっと前から俺に付きまとっている煩わしい声である。
そう、これが、悪役が悪役であるための大きな一つの理由なのである。
簡単に言おう。このポイントが1000に達すると悪役は一つだけ願いを叶えてもらうことができるのである。ただしこの願いというのはあちらから三つ提示されるものであり、自由に考えることはできない。よく見るのは、『ひとりいきかえす』『あくしゃからかいほうされる』『のうりょくをかえる』である。しかし、人を一人殺してもせいぜい1ポイントか2ポイントにしかならないから、結構貯めるのは大変である。大量殺人をしようものなら、正義会に目をつけられるし、最悪の場合討伐されてしまう。死んだら何も意味がない。
現在、俺は58ポイント溜まっている。このペースでは次に願いを叶えるのがいつになるのか分からない。
そこで俺は閃いた。
それ俺の幼馴染――中山五月を殺すことである。
※
「…話って、なに?」
そう放つ女の顔は少し赤らんでいた。そのまるでアニメか漫画のようなセリフに俺は体中に虫唾が走るような思いであった。
放課後、校舎裏――まあこのようなセッティングをした俺にも非はあるだろう。
俺の表の顔は何の変哲もない男子高校生である。いや、今はそんなことどうでもいい。目の前のことに集中するのだ。
「あのさ、俺たちって幼馴染じゃん…」
「そうだね…」
不味い。シミュレーションは完璧であったはずなのに、うまく口が回らない。俺にも人間味というものがあったのか。
五月の顔がどんどん赤くなっていく。それと呼応するように俺の顔が赤くなっていくのが自分で分かった。
あほらしい。早く殺させてくれ。
そう、俺の思いついた案とは『完全にこちらにほれているであろう幼馴染を幸せの絶頂で殺す』ことである。
ここまでの状況に持ってくるのに大変な苦労があった。
まず、幼馴染だからと言ってアニメや漫画のように成り行きに任せて恋仲になるわけではない。確かに他の人よりアドヴァンテージがあるのは間違いないが、こちらもそれ相応の努力をしなければならないのである。
これまでどんな振る舞いをしてきたかなど細かいことは説明しないが、まあ大変だったとだけ言っておこう。
「だからさ…」
さあ言え。言うんだ。
「――付き合わね?」
その言葉を放った刹那、女の顔がぱあと明るくなった。口をぱくぱくとさせているが、言葉になっていない。顔もものすごく紅潮している。
少し可愛いかもしれない。
長年の仲なのだ。情がまったくないわけではない。しかし、それは俺が悪行をしたいという気持ちに比べてれば劣っているというだけの話である。
「わ、私でよければ…ぜふぃ」
「え?」
生暖かいものが身体に降りかかる。
状況が読み込めない。幼馴染の胸のあたりから赤く血にそまった手が突き出ている。
五月が自分の胸から突き出た手を見つめたのち、信じられないという顔で俺を見た。
いや、信じられないのは俺である。
その手が引き抜かれ、幼馴染は地面に崩れた。ぴくりとも動かない。
幼馴染の後ろから姿を現したのは知らない女だった。しかし、この学校の生徒らしく、今ではぼろ雑巾のようになった俺の幼馴染と同じ制服を着ている。
「やりい! 20ポイント!」
「え? どゆこと?」
状況はある程度呑み込めたが、自然とその言葉口から出ていた。
「ん? ああ、ごめんね。彼氏…あー、もう元彼氏か…彼女死んじゃったもんね」
女は地面に転がった五月をバカにしたような目で一瞥してからきゃははと笑った。
「は?」
というか、こいつ今20ポイントって言ったか? ということはつまり――。
「まあ、あんまポイントは高くならないだろうけど、今すぐ君も同じところに連れてってあげるからさ、勘弁してよ、メンゴメンゴ」
待て待て待て待て――俺は横取りされたのか?
女が不適な笑みを浮かべながら、幼馴染を踏んづけてこちらに向かってくる。
どうやら会話している暇はないようだ。
「ざっけんな!」
そう言うと、彼女は嬉しそうに笑った。
「そう! 私の期待した通りの展開だ! これでもしかしたら君のポイントも高くなるかも! 復讐に燃える元彼氏!」
どうやら彼女は俺を幼馴染を殺された哀れな男と思っているらしい。いや、そういう意味では間違ってはいないのだが。
俺は自身の能力を発動させた。
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