第8話
「嫌がらせよ」
「そう」
彼女が買ってくれた珈琲のプルトップを開ける。お酒を一気飲みして火照って冷えた身体には温かい珈琲が染み渡る。
それ以上に、彼女の言葉が染み渡る。知らないうちに、私は嫌われていたらしい。
「ち、が、う、か、ら」
「なにがかしら」
「はぁ……本当にあの子の言う通り」
「あの子?」
「貴女の大学時代のバイトの後輩くん」
「どうして彼を知っているの?」
私の数少ない友人である。バイトをお互い辞めたあとも交流を続けてくれる彼は優しくて、やっぱりちょっと冷たい。
「色々調べてあたしにたどり着いてくれたの。……それより、聞きたいんだけど、どうしてずっと連絡くれなかったの」
「連絡?」
「連絡先渡したじゃん! あたしがアメリカに行く前に! 貴女があの時はまだ携帯持ってなかったから先にあたしのだけ渡したじゃん!」
「ああ」
確かに渡してもらった。
彼女の電話番号とメールアドレスが書かれた紙。あれは。
「ポケットに入れたまま洗濯してしまったの」
「……嘘でしょ」
「本当よ」
「で、でも周りに聞けばいいじゃん!」
「教えてくれるような友達は居ないわ」
「聞いたの!?」
「誰の連絡先も知らないもの」
「うぐあぁああ!」
「どうかしたかしら」
「ぐぅ……! 全然連絡来ないからてっきり振られたとばっかり思ってたあたしの数年間……!」
「振られた?」
「あたしが!」
「誰に?」
「貴女に!」
「ええ……っ」
「あたしが言いたいわ!!」
彼女がどうして怒っているのか分からないけれど、怒っているのだから私が悪いのだろう。謝れば許してくれるだろうか。でも、理由も分からずに謝ることは失礼に失礼を重ねる行為ではないか。
「違うの、そういうことを言いたかったわけじゃなくて!」
「そう」
「指輪は、嫌がらせなんだけど……。それは、貴女が怒ってくれるかなって、嫉妬してくれるんじゃないかって思ったからで」
「そう」
「そしたら、怒るどころか居なくなってるし」
「そう」
「みんなは相変わらず貴女が美人すぎて近寄りがたいとかで全然どこに行ったか見てないって言うし」
「そう」
「聞いてる?」
「返事してるじゃない」
「……」
「……」
「はぁ……」
「どうかしたかしら」
「貴女ってさ、トロいとか言われる?」
「親によく言われるわ」
「あぁ…………」
がっかりさせてしまっただろうか。
でも、きっと彼女は私がトロいことなんかずっと昔から知っていたから、いまさらがっかりなんかしないはず。ああ、いや。思っていた以上にトロいと呆れてしまったのだろうか。
「聞いていい?」
「ええ」
「どうして帰ったの?」
どうして。
どうして。
それは。
「貴女が指輪をしているのを見て、なんだかなーって……思ったから」
「それさ、嫉妬って言うんだよ」
「嫉妬?」
「あたしのことが好きってこと」
ああ。
それなら。
私でもすぐに答えられる。
「ええ、好きよ」
「あたしも、好き」
そう言って笑う貴女の顔が、なんだかとても……。
愛おしかったから。
トロい私と特別な貴女 @chauchau
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