第62話 閑話 先輩と友人
四人から「告白」を受けてから一週間が経とうとしていた。彼女たちの気持ちには応えが出せず、時間だけが過ぎていく。
この頃、そんな彼女たちとも顔を合わせる機会も減り、安堵感と不安感を強く抱く。
名取海と天堂尚弥の戦いで『探索者育成学校』の会場――『武道館』は半壊し、戦いの余波で建物自体も壊れた箇所が多く、建物復旧工事が余儀なくされた。
幸いなのが、生徒、教員の大半が未だに検査入院として病院にいるため、問題なく校舎の復旧作業は開始され、復旧の見込みは一ヶ月後。それまでは退院しても家で安静となっている。
それは名取家に顔を出した名取空や桐崎亜沙も例外に漏れず、あのあと直ぐに病院へと戻り、今は静かに安静にしている。
「――なんでだろう。足を向けていた」
名取海は復旧作業がされている『探索者育成学校』へと赴いていた。
病院から一日で退院した海はその足で黒椿家に出向き――“自分の正体は【裏】のリーダーであり、『探索者育成学校』を救うために黒椿家に近づいた”と、黒椿シアとその両親。教会の子供達を交えた空間で少し嘘を交えた本当の事実を話した。それは口外しない約束で。
少しは怒られると思っていたが、予想に反しみんな納得してくれて、黒椿家の夫婦には“いつでも遊びに来ていい。「黒椿海」も「一ノ瀬涼」も「名取海」も自分たちの息子”だと快く受け入れてもらい、教会の子供たちも了承。
実家の「名取家」も同じく、“帰りたくなったらいつでも帰ってきなさい”と言われ、黒椿家に来るまで住んでいたアパートをまた借りられて今はそこに一人で過ごしている。
神崎冥と星見依瑠、音瀬由仁が見た海と変わって住んでいた男性は槇吏司の回し者で、あの男性も【虚】の一員だと聞いた時は驚いた。
そして今、暇になった名取海は導かれるように『探索者育成学校』に足を向けていた。
「…お昼だからか、工事はしてないみたい」
工事の慌ただしい騒音が聞こえないことに休憩中だと感じた。中に入ろうもの入る勇気が出ず来た道を戻ろうと踵を返す。
「――や。後輩君」
「上代先輩」
聞き馴染みのある声がした方角に顔を向けると…そこには赤色のパーカーを着込む私服姿の先輩。上代蒼の姿があった。それはいつの日かの屋上の出会いを再現するかのように。
「やあやあ、君が【虚】のリーダーだとは思わんだったよ〜私も事実は話さなかったから同類だけど…あの時、私の攻撃を余裕で避けたのは当然だったってことだねぇ〜約束通り、天堂尚弥を殴り飛ばすし…コレは私、後輩君の愛玩奴隷メイドにされるピンチかも!?」
薄ピンク色に頰を染めた彼女は自分の体を抱く。そんな彼女の薄いまな板を見て鼻で笑う。
「はっ。寝言は寝て言ってくださいよ。それに僕には「巨乳」の専属メイドが居るので、残念ながら「
やれやれと首を振る。
「誰のナニが「貧乳」だ!」
こめかみに青筋を立てた激おこの先輩は以前と同じく赤い刃を容赦なく数発、飛ばす。
「よっと、いや。口で「貧乳」だとは言ってないんですが…」
それを華麗に避ける。
「…口でってことは内心では思ってるじゃないか。華麗で繊細な女性に対して失礼じゃないのかな、クソ生意気な後輩君!!」
右手に赤い片手剣を生成し、切り掛かる。
「いやいや、華麗で繊細な女性はあなたのように猪突猛進に襲いかかってこないですね。それに、僕は「巨乳」より「貧乳」好きです」
首に迫る刃を避け、瞬時に上代の背後に移動すると耳元でそんなことをつぶやく。
「ふぇっ!?」
その言葉に動揺し、持っていた赤い片手剣を取りこぼし、それは血潮となって消える。
「人によって好みは別れると思いますけど…衣服を洗う時とかに役に立って――」
「っ。誰の胸が「洗濯板」だっ!?!?」
その発言を聞いた彼女は動揺も一瞬。背後にいる後輩に怒り心頭で回し蹴り。
「ホットパンツか。ノーパンだと思ったのに…夢がないですね」
蹴りを避けた海は蹴る時に見えた彼女のパーカーの下を見てその現実に項垂れる。
「っ。変態の上、強いとか…最悪」
耳まで真っ赤にした彼女はパーカーを両手で下いっぱいに伸ばして睨みつける。
「で、何か僕に伝言でもあったのでは? 他の目もありますし、なる早でお願いします」
彼女が自分のパーカーをば伸ばしたことで露わにされていた太ももが目立ち、誘われるように視線が向き、その視線を外すことなく聞く。
「見られたら消せばいいだけだよ。あと、視線、バレバレだから」
「チッ。物騒だこと」
舌打ち一つして視線を明後日の方向に逸らす。
「…はぁ。後輩君。私は――『邪教』だよ?」
攻撃の手を止め真実を話す。
「だから?」
その発言を聞いての感想は質素なモノ。
「……」
予想を上回る返答に目を丸くさせる。そんな彼女の顔をおかしく思いつつ口を開く。
「いやまあ。『邪教』だと聞いただけで敵対なんてしませんね。そこに「敵意」や「悪意」があれば別ですが…先輩にはそんなものはない」
そもそも知ってる。黒椿さん…シア姉の話を聞いた瞬間すぐ彼女…上代先輩の顔が浮かんだ。やっぱりという気持ちが大きい。
「天堂尚弥のように自己中心的に周りを巻き込むようなどうしようもない“クズ”とかだったら…そもそも、女性に手なんてあげないです」
天堂尚弥という男の思想を思い出し、もう終わったことだと忘れようと首を振る。
「…君は、そういう人だったね」
何を言っても変える気はないのだと諦めたのか天を仰ぎ、苦笑気味に微笑む。
(そうだ。そうだったね。君は…緊張していた自分が恥ずかしくなるほどに…)
「助けて欲しい時は、声かけてくださいよ。先輩の相談なら――少しは、検討してあげます」
「っ」
“欲しい言葉”を貰った彼女は目を見開き、次第に寂しそうな、苦しそうな顔に変わる。
「じゃあ、用事がないなら僕は…」
その顔を見て無理矢理言葉を伏せ、言いたいことは伝え終わったので背を向ける。
「名取君!」
「!」
背中越しに聞き覚えのない呼び方で呼ばれた。それに反応してつい足を止める。
「あのね、あの…君の、待ち人が…待ってるよ。“教室”…こう言えば、わかるよね」
他に口にしたいことをグッと堪え、彼に伝えようと思っていた本題を話した。
「…ありがとうございます。蒼先輩」
「……」
振り向くことなく、彼女の名前をわざとらしく下の名前で呼ぶと校舎に足を向ける。
「…べーっ!」
彼女…上代蒼は放心状態から戻るともう既に遠くなる生意気な後輩の背中に向けて舌を出してあっかんべー。その頰は少し、赤い。
∮
女先輩と別れて工事が中断された校舎を歩いた。向かう場所は決まっている。
「……」
奇跡的に被害がなかったとある教室の前にきて、一度深呼吸。扉を開ける。
「やぁ――「英雄」」
彼は始めからこの場に来ることがわかっていたのか、戸惑うこともなく似た瓶底眼鏡をかけた顔。優しそうな声音で迎える。
「…三鷹君」
窓側の席に腰を下ろし、人の良さそうな笑みを向ける少年の名前を呼ぶ。
その姿を見て、無事だったことに安堵し、目で確かめられて、安心した。
「その呼び方は、やめてくれ」
ため息を吐きつつ彼の元へ向かう。
「これはすまない。ただ…一ノ瀬君。名取君。黒椿君…どう呼べばいいか…」
「好きな呼び方で構わないよ」
「…じゃ、一ノ瀬君だ。僕にはその呼び方がしっくりくる」
彼は朗らかに笑う。
「君も同じだと思う。彼女が僕に言ったんだ。“教室で待てば君と会える”…と。疑う訳ではないけど…君と会えるなら、嘘でも、冗談でもよかった。現にこうして会えた」
用意しておいた椅子に海が腰をかけたことを横目で確認した三鷹は告げる。
「あぁ、本当に」
再開のセッテングをしたお節介な先輩女子に感謝し、互いに窓の外を見る。
「…申し訳ないことをした」
「何が?」
彼の言葉に検討が付かず首を傾げた。
「…許可なく、君と天堂尚弥の会話を校舎に流したのは僕だ。そのせいで君は…」
顔に影を指す彼は言いづらそうに語る。
「あぁー、別にいいよ。どのみちバレると思っていたし、君のお陰で僕の妹も助かった。周りへの対応もスムーズに進んだ。謝罪をされるどころか、感謝したいほど。三鷹君。ありがとう。でも、もうあんな…無茶はしないでくれ」
気にした様子もなく、逆に心配をしてくる友人の気遣いが嬉しくて笑みを漏らす。
「…検討しよう」
二人は他愛無いそんな会話を交わす。
「三鷹君はこれから?」
気になっていた質問をした。
「僕は、ここを出ようと思っている」
「……」
「あぁ、別にこの学校が嫌いになったからとかではない…多少はその気持ちはあるけど…僕にもやりたいことが見つかってね」
「へー、聞いても?」
「…佐島さんに誘われた…そう言えば、伝わるかな?」
「ゲッ。マジ?」
心底信じられないといった顔をする海の顔を横目で見た彼はクスクスと笑いつつ頷く。
「大真面目さ。【虚】に誘われた…といっても僕は戦力にならない。それは自分でもわかっている。だから、情報面だったり、機械面だったりと役に立てることをするよ。君の役に立てる可能性だってあるんだ。頑張るつもりさ」
「ぼ、僕は、もう【黒炎】も使えないし…」
明後日の方角を見ては誤魔化すように出来もしない口笛を吹いて話題を逸らす。
「そう言うことにしておこう」
「……」
彼の満面な笑みを見て、勝てないと悟った。
その発言を聞いて頭に浮かんだ。
それは自分が【虚】のリーダーではなくて《探索者:ホロウ》本人だとバレたと。
「そんなことより、酷いじゃないか!」
「え、えぇ?」
今後の立ち回りを考えていたところ、隣にいた彼から強い口調で詰め寄られる。
「一ノ瀬君。君、イケメンじゃないかっ!!」
「い、いや、僕なんて…」
「じゃあこれはなんだね?」
彼が見せてきたのは依瑠や由仁という見目麗しい女性陣に囲まれるけしからん光景。そこには気を失う名取海(眼鏡なし)の姿。
「そ、それは…」
「これを見てもまだ自分はイケメンじゃないとシラを切るなら、戦争だ。僕たちフツメンによる戦争の勃発は避けられないと思うんだね」
「で、でも、自分を、そんな…」
証拠を突きつけられてオロオロする名取海を見た三鷹誠は…。
「あはははっ!」
突然、おかしそうに笑い出す。
「ぷっ」
そんな彼に触発されたように海も笑う。
(…やっぱり。そのままでいいんだ。そんな君だからこそ、助けたいと、支えたいと沢山の人が君のそばに集まる。それは僕も同じさ。一ノ瀬君。僕は今、すごく楽しいよ…)
君と「友」になれて、本当に、よかった。
「――今後とも宜しく、親友」
「! あぁ、こちらこそ、親友!」
何気なく彼が差し出した拳に、海も釣られて笑顔で拳を合わせ、二人、笑い合う。
彼らは互いを認め合い、本当の友となる。
【完結しました】黒炎の従者 最強に至れし元厨二病患者は、過酷な運命(勘違い)に巻き込まれる(自業自得) 加糖のぶ @1219Dwe9
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