第61話 和解
病院の個室から“海が居なくなった”と騒ぎになっていることなどつゆ知らず、槇が使った【転移】で一瞬にして現場まで到着した二人。
「――目的地って、僕の、家?」
目の前の見覚えがありすぎる
「左様で御座います。主人様に今から会っていただくお方は…部屋にお待ちしております」
「……」
だから「主人様」なのか。「ナース」とか「探索極棟監査支部長」みたいに他の顔を持っているなら…「名取家のメイド」という肩書きを持っていてもなんら不思議ではない。
「…【転移】について、聞いても?」
家の中に赴く前に質問を投げる。
「はい。まず、私は【転移】というスキルを持ち合わせていません。先程少し話した通り【光】と【メイド】というスキルを所持します。【光】はその名の通り光関連のスキルを扱えます」
話を途中で区切ると再現するように右手に光の玉を生成してすぐに消す。
「そして…問題の【メイド】ですね。こちらのスキルが少しばかり曲者でして、簡単に説明すると“スキルの模倣”ができます。模倣といっても想像するような万能なものではありません。使うには縛りがあります。それは――「目で見たものを一日一度使える」と、いった内容です」
「…なるほど。“目で見た【転移】”を使えた訳だ。使いようによっては…」
「私もそう思いましたが、器用貧乏でした」
残念そうに肩を落とす。
でも「一度見る」なら僕の【黒炎】も…。
「残念ながら、主人様の【黒炎】――【焔〈黒〉】は扱えません。他にも使える、使えないスキルは多々あります。まだその関係性はわかっていませんが…『固有』又は『希少』なスキルが使えない傾向にあるのだと推測します」
「そんな上手い話はないと…」
「はい。他には「主人と認めた者の半減の「格」を有する」とか「主人と認めた者と思考回路同調」などとありますが、些細なものですね。では、早速お屋敷の中に参りましょう」
早口で捲し立て早足に進もうとする彼女の肩をむんずと掴む。
「…槇さんや?」
「……」
決して目を合わせず、そっぽを向く彼女の崩さない態度を見て理解した。
こ、このメイド…「主人様」「主人様」って連呼するなぁと思っていたら…僕を、僕の許可なく自分のスキルの「主人」に組み込みやがったな。本人の口から実際聞いた訳じゃないけど、わかるよ。絶対、そうに違いない。
「ご慈悲を。主人様…海様に逆らうことなど天変地異が起ころうと御座いませんので…」
土下座をする勢いで頭を下げる(海に肩を掴まれているため物理的に土下座ができない)。
それにこの思考を読んだような回答…。
「そこは気にしていない。たださぁ、僕のプライバシーは?…【虚】を初めとして「ナース」やら「探索極棟の役員」やら僕と関わるモノが多い気がする。まさかとは、思うけど…」
「…はいそうです。何を隠そう私は海様の観察者兼ストーカーですが、ナニか?」
真顔でそんなことを宣う。
「……」
ひ、開き直りやがったぞこの駄メイド。
驚きとか、何もかも通り越して恐怖を抱き、あることを思い出す。
…まてよ。アパートを追い出される前、僕に接触してきたのは始めから僕のことを《探索者:ホロウ》だと知った上であって…家に招こうと電話番号を教えたのは私利私欲…。
そんなことを考えて、憐れむ目を向けた。
「はぁはぁはぁ。主人様。もっとその冷め切った瞳をこの駄メイドにくださいましっ!」
ダメだこの人。早くなんとかしないと。
「…もういいよ。ほら、早く案内して」
「はひぃ!」
適当にあしらうと肩を揺らして赤らめた頰を隠すことなく、恍惚とした表情で案内開始。
さっきと性格変わってるじゃないか…二面性というより…二重人格なんじゃなかろうか。
始め会った「温厚誠実」。
メイドの「冷静沈着」。
そして今目の前にいる「変態不審者」。
その三つ?の性格から彼女の本性がわからなくなった。
・
・
・
名取家のリビングに通されて。
「あー、えっと…」
リビングに赴いてその光景を目で見てどう反応をしたらいいか目を泳がせてしまう。
それも当然。海を出迎えたのは両親や妹、幼馴染の――後頭部なのだから。要は土下座。
「旦那様方。海様がお困りですよ」
「完璧美人メイド」として冷静沈着な振る舞いをする槇を他所に両親たちは頭を上げる。
各自、ソファーに座って仕切り直し。
扉を背に海が座り、その側に槇が立つ。
海と向き合うように両親。
少し離れた位置に妹と幼馴染。
初めに口を開いたのは海とよく似た黒髪で端正な顔立ちの男性…海の実父。
「…久しぶりだね、海」
「…おう」
それが約三年ぶりの父と子の会話だった。
ダメだ。両親と会うと心の奥底では思っていても想像通りにはいかないもんだ。
「…元気そうな姿を見れば余計な会話は要らないかな。海。見捨ててしまい、申し訳ない」
真剣な面持ちで海の目を真っ直ぐと見た父――
「許すさ。というよりも…槇さんからおおまかな話は聞いた。父さんと母さんは天堂尚弥に「洗脳」はされたもの槇さんに助けてもらい「洗脳」されたフリをしていたんだろ? 僕を見捨てたのだって巻き込まないため、だろ?」
リビングに通される前に少しばかし話は聞いていた。状況を知っていた槇が自分の「両親」を救ってくれたことに。ただ、天堂尚弥とどうしても関わりが多くなってしまう「妹」や「幼馴染」は無理に救うと返って事態の悪化を招く恐れがあったので救えなかったと。
「…その通りだね。流石、飲み込みが早い我が息子と言うべきか…」
息子の物分かりの良さに苦笑しつつ、頰をポリポリと掻く。その姿は息子の海と似ていた。
「息子だからな。あー、それで、なんだ…父さん、母さん。今まで音信不通にして迷惑かけて、僕の方こそ…ごめん」
父同様、海も真剣な面持ちとなると両親に向けて深々と頭を下げ、謝罪を行う。
「そんなこと――」
「海君!!」
父、一の言葉を遮ってとある女性が海に向けて走り寄るとその豊満な胸で抱き寄せる。
「…母さん。ごめん」
母――
「いいの。健康で元気なら許します。心配かけたことは絶対母さん許しませんが!!」
抱擁を解き、宣言しすると茶髪の髪を揺らして顔を上げニッコリ笑う。
「…母さん、少し…老けた?」
「もう! 海君のおばか!」
「イテ」
息子の軽口を聞いた母親は年齢を感じさせない童顔を赤らめて、おでこに軽くデコピン。
『…プッ』
その昔と何も変わらないやり取りを自分たちで再現して、互いに笑う。そんな息子と妻の様子を遠くから夫の一は温和な顔で見つめる。
「…うん、スッキリしました。三年ぶりの息子との会話で緊張してたのが馬鹿みたい」
「気心知れた家族の仲だからね」
内心緊張していた海も落ち着きを取り戻す。
「私とお父さんも海君と沢山お話ししたいことはあるけど…彼女たちに譲るわ――空ちゃん」
「(ビクッ)」
少し離れた位置にあるソファーに腰を下ろす名取空は恐る恐る顔を上げ、久しぶりに顔を合わせる“本物”の兄と目を合わせた。
「あ、あの、あのね。海兄――!?」
「空、一人にして、ごめん」
ボソボソと話す彼女の元に駆け寄り、震えるその小さな体を抱きしめる。
「! わ、私こそ、海兄のこと、忘れて、ごめん、なさいっ。ごべんなざいっっ!!!」
限界を超えた涙は決壊し、雫となりポロポロと海の腕に水滴として降り注ぐ。
「……」
そんな妹を無言で抱きしめたまま空いた片腕で赤子を撫でるように優しく頭を撫でる。
「…全然、違う」
「ん?」
「あっ!…えっと、天堂、尚弥に頭を撫でられて、海兄の撫で方と比較しちゃって…わっ!」
青い顔になり言いづらそうに話す彼女の頭を優しく撫でていたが、その発言を聞いて…今度は強く、強く、撫でくりまわす。
「コレで上書きだ。だろ?」
悪戯っぽくそう言うとニカッと笑いかける。
「っ」
頰を赤らめた空はその顔を直視できず俯く。耳が真っ赤なので隠しようがない。
「本当に、ごめんな。僕が側に居たら、奴のようなクズが空の兄貴ズラをすることもなかったのに…僕は兄貴、失格だ」
兄の言葉を耳にした空は、ハッと顔を上げて否定の言葉を叫んでいた。
「違う!…あ、違うよ。全部、私の弱い心が悪いの。私のせいで、亜沙ねぇも…」
「その弱くなった心をつけ狙ったのが天堂尚弥というクズのやり口。だから、空も、亜沙ねぇも、誰も悪くなんかないよ。その元凶も兄ちゃんがしっかりと懲らしめた。もうそんな奴のことなんて忘れて――僕たちも前に進もうか」
額に張り付いた茶髪を取払い、涙で赤く腫れた空の瞳を真剣に見据えて、微笑む。
「空が自分を許せないのは十分伝わった。けどさ、自分を許し、僕を許してくれると言うならば…もし叶うのなら、
「!」
その問い掛けに目を見開く。
僕はズルい男だ。こう言ってしまえば彼女の答えなんて決まったも同然。でも、こうでもしないと…強引にでも進めないとこの関係はどうしようもないくらいに破綻し、壊れてしまう。
「…はい」
涙で顔をぐちゃぐちゃにした彼女はそれでも花が咲いたように満面の笑みで微笑み、頷く。
「コレで全部元通り。だから、他人行儀はダメだからな?」
「…うん。ありがとう。海兄!」
その笑顔を見れただけで満足だった。
「あのね。海兄…」
「わかってるよ」
妹が言いたいことを始めから察していた海は最後の一人――面と向き合わなければならない相手、桐崎亜沙の元に歩み寄る。
「亜沙ねぇも同じだ。どうか自分を責めないでくれ。そして、また前のようにやり直そう」
俯いていた顔を上げ、悲しそうな顔を作る彼女――桐崎亜沙に右手を差し出し話しかける。
「簡単に許されて、いいのでしょうか…」
“目を背けない”と決めた彼女は本人を前にして、自分の過ちを理解し、心が揺れていた。
「いいのいいの。それとも亜沙ねぇは僕と「幼馴染」関係に戻るのはいやか?」
そんな気持ちをお構いなしに昔のように話す。その問いにふるふると首を横に張る。
「なら、決まりだ」
強引にその冷たい手を握る。
「…カイ君は強引です」
「知ってる」
「カイ君は、ズルいです」
「知ってる」
「っ。ずっと、会いたかった…っ!」
「…ごめん」
手を強く握り返し、その綺麗な瞳から涙を流した彼女は堰を切ったように泣き出し、恥も外見も捨て、海の胸に顔を埋める。
彼女の背中をポンポンと軽く叩く。そんな二人の元に妹の空もやってきて三人で抱き合う。
『……』
名取夫婦と槇の三人はその様子を見て口を挟まず、ただ彼らの関係が修復した事実を喜ぶ。
・
・
・
数分して、二人は泣き止んだ。
「…亜沙ねぇ」
「うっ。わ、わかっています」
コレからどうしようかと思っていると妹と幼馴染がコソコソと話し合い、幼馴染――亜沙が頰を少し赤らめて海の元に近づく。
「か、カイ君!」
「ど、どうかした?」
その切羽詰まったような雰囲気を見て、只事ではないと悟り、身構える。
「こんな状況で伝えるのも不謹慎だとは重々承知の上です。ですが、ここで伝えなければこの先永遠に――この気持ちを告げることは叶わないと思いました。ですので、今、伝えます」
「……」
その決心した顔を見て気づく。
僕は「鈍感」じゃない。
だから次に来る言葉は大方予想はつく。ただ、それに応えられるかというと…。
「――カイ君。いえ、名取海さん。あなたのことが好k ――「バンッ!」――っ!?」
その時、ちょうど彼女が「想い」を告げる同時期、海たちが立つ背後から扉が勢いよく開け放たれた甲高い音が聞こえた。
「えっと…?」
海の戸惑いの声にその場にいた全員は侵入者に顔を向ける。そこには――
「うんうん。空ちゃん。陰ながら見てたよ。仲直りできてよかったね…ただ、桐崎亜沙さん。抜け駆けはダメだよ〜お姉さん手が出ちゃう」
勇気を出した空に泣き顔でいて微笑むと軽く手を振り、抜け駆けと取れる真似をしようとした亜沙に黒い笑みを向ける…依瑠。
「桐崎亜沙。油断なき女。良い雰囲気を味方に「告白」を決行。まだまだ許さない」
冷徹な目を向ける…冥。
『……』
そして黒いオーラを撒き散らす無言の由仁と黒椿の姿があった。
「――貴女方。ここが名取家の室内だということを知っての狼藉でしょうか?」
そんな彼女たちの前に立ちはだかるのは我らが頼りになるメイドこと槇。
「勝手に室内に入ったのは謝りますが…お義弟を迎えに来ただけですので」
それに対抗するのは目が笑っていない黒椿。
え? え? 何が始まるの? 修羅場?
一人、海だけは少し嬉しそうにその様子を見守る。自分が関係してるとも知らずに。
「?」
ふと、視線を感じたのでその先を追うと…槇が斜め後ろに居る海に向けてアイコンタクトを取るように一度、二度とウインクをする。
えっと、何かの合図だとは思うけど…。何もわからないからね。無理難題はやめてくれ。
と、思いつつも軽く頷く。
「貴女方は海様が――《探索者:ホロウ》だと理解した上でこの場に来ましたね?」
『!』
そんな何気ない発言から飛び出すとんでも発言に…海を含む全員が息を呑む。
え、それこの場で話す感じ? 大丈夫そ? 僕の正体バラさないよね? いやもう、バラされたも同然のような気もしなくもないけど…。
「ただ、残念ながら海様はホロウ様ではありません。この際だから話しますが…海様は【虚】の「裏」のリーダー。そしてこの私が「表」のリーダー。実質【虚】の運営を務めています」
起死回生と呼べる一手。
そ、そういう流れで行くんだね。わかったよ。ただ事前に話し合いたかったな。
逐一、話の内容にドキドキしつつ、また話の変換に感心しつつ、任せてみる。
「…貴女はどなたですか?」
可愛い顔に影を差し、据えた目で睨む由仁。質問をされた槇は一つ咳き込む。
「…申し遅れました。私の名前は槇吏司。海様の専属メイドです。朝も、昼も…夜も関わらず、主人様が望む御奉仕を致します」
『あ”?』
自己紹介を聞いて怒気を高める女性陣。
お、おいおいおい。そんなわざわざ彼女たちの逆燐に触れるような言葉を使わなくても…てか、そんな御奉仕をしろと頼んだ覚えはない。
「か、海兄。槇さんって…あんなだった?」
「さ、さぁ?」
空が言う「あんな」がどんな「あんな」なのか分かり得ないため適当に返す。
「怒りをお納めください。こちらに貴女方と事を荒らげるつもりはありませんので」
彼女たちを煽るだけ煽ったかと思えば、低姿勢で深く頭を下げて穏便に済ませる。
『……』
動向を掴めない彼女たちは耳立てる。
「一言。私から申せるのは…海様とこれ以上関わらないでください。といった内容です」
「…理由を、聞いても?」
不満を隠すことなく眉間に皺を寄せて問い掛ける冥の言葉。その返しに淡々と答える。
「はい。先程もお話をした通り海様はホロウ様とは別人です。ですのでホロウ様を追ってきた貴女方と海様は面識など関わりなど一切合切ありません。ましては…ホロウ様から賜った【黒炎】無き海様は尚更のこと。それに加えて…ホロウ様のお話を海様から直接聞くことも禁じてください。それは私からも同様。頭のいい貴女方なら分かりますよね、その危険性が。ホロウ様の機密事項を話したら、どうなるか…?」
彼女たちが口を挟める雰囲気を与えることなく、捲し立てるように会話を終えた。
「……」
『……』
話を聞いた冥と他の三人は苦い顔を作る。
コレぞ言葉巧みってか。“ホロウの秘密を話せば僕たちの「命」はない”と…。
内心、関心をした。
「ですから、お引き取り願います」
最後だというように深々と頭を下げる。
コレで勝負はついた…誰もがそう思った。
「…どうやら、私たちと貴女の間に大きな行き違いがあるよう」
そんな空気を変えたのは神崎冥の一言。
「…と、言いますと?」
「まず、私たちがホロウに恋焦がれているのは事実。ただし、興味がある対象は――名取海」
槇の後方斜め横にあるソファーに座る呆然と間抜けな顔を浮かべる少年に視線を移す。
「私も同じ。人々を、自分の命も顧みず救ったのは、あの場で間違いなく「英雄」だったのは名取海君。彼の勇姿を見て、惹かれた。表面なんて関係ない。私は内面を…好きになった」
冥に続くように依瑠も一歩前に出て、今まで伝えられなかった「想い」を爆発させる。
「私も、ホロウ様は愛しています。ですが、“推し”と“好きな人”はまた異なるもの。名取海君、覚えていますか? Vtuber時代の「ユニ」を。私はあの頃から、誰よりも応援してくださる貴方に一人の人間として「恋」をしていました」
冥と依瑠と肩を並ぶように立つ彼女、由仁は胸に手を当て、綺麗な微笑みを携えて告げる。
「
三人と並び立つ彼女は想いを語る。
その熱烈な言葉、視線は全てある少年――名取海ただ一人に向かう。
「え、え、あの…」
「……」
助けを求めるように
それは彼女も「予想外」だったからか、彼女たちの頑なに変わらない意思に諦めの極地。
薄々感じいてはいた。自分は「鈍感」ではない。そういった感情に「敏感」な方だ。
ただ、何かしら理由をつけては「勘違い」だと思おうと自分自身で否定していた。
だからと言って、こんな場面で「告白」されると…それも「全員」にされると思わんし…。
ソファーから立ち上がると彼女たちの正面まで進み、四人の視線が注がれる中、語る。
「えっと。皆様のお気持ちは嬉しいです。はい。ただ告白にお応えはできません。本心を語ると…「恋」を知らないんですよ。そんな未成熟な僕が適当な気持ちで貴女方の「本気」に応えるには分不相応だと思いました。なので――」
『諦めない(ません)(ないよ)』
「ごめんなさい」。
そんな言葉を口にする前に否定される。
「解らないなら、解るまで私は、“一生待つ”」
神崎冥はその気持ちを一ミクロンも変えることはないのか、普段は見せることのない屈託のない笑顔を見せて、絶対逃さないと目で語る。
「お姉さんが優しく教えてあげる。海君が理解するまで、“ずっーと”…ね?」
星見依瑠はその大きな胸に手を当て、妖艶な笑みを作ると舌なめずりをする。
「何度でも伝えます。名取海君。貴方の「一番」を目指します。私はそのためなら他は望まない。何も求めない。待ちますよ、“いつまでも”」
音瀬由仁はアイドルの頃のように相手の「心」を射抜くべくウインク一つ。
「知っていますか、海君? 姉弟は姉弟でも「義理」なら「結婚」できるんですよ?
黒椿シアの顔は目は笑っているはずなのに全くといって安心できない黒い微笑みを携える。
そんな彼女たち全員の「想い」を知り。
「――ひえっ」
普通に、怖かった。
観客を騙せても、どうやら彼女たちの「気持ち」は騙せませんでした。
「…だ、大胆…わ、私も…亜沙ねぇは?」
「無理です。勝てません。それに、カイ君を裏切ったこんな醜悪な…私など…」
「だ、大丈夫だよ! 亜沙ねぇなら!!」
背後からそんな妹と幼馴染の声が聞こえる。
「…ふむふむ。海は大分モテるようだね。流石、俺の息子と言った感じかな。俺も昔は…」
大勢の美女から行為を寄せられる息子を見た父親は昔を思い出すように遠い目になる。
「…あなた?」
そんな夫に笑顔を向ける、妻。
「ひっ。な、なんでも御座いません!」
妻に平謝りする夫の姿があった。
「…“第二プラン”に移行する必要がありそうですね。海様に好意を寄せる女性もこれから増えそうですし…私も、負けていられません」
メイドは一人、小声であるプランを考える。
「…さて、どうしたものか」
誰を選んでも「地獄」だと思えてしまう状況に冷や汗が止まらず、それでいて全員から狙われる状況に少し、嬉しさを覚えていた。
仕方ない。騙し続けたのは僕だ。これ以上ややこしくしないためなら…。それに、賑やかで楽しそうな日々になるなら。そんな束の間の休息を過ごすのも、悪くないのかもね。
誰にも聞こえないくらいの小声で囁いた少年はそんな危うい状況にも関わらず、退屈のない日常になりそうだと思っていた。
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