第60話 後日談
『探索者育成学校』第三回『天賦祭』で起きた悲劇から三日ほど経った。
あの場にいた人々は「英雄」の誕生を目の当たりした。ただ本人の意思に反すること。そして【十傑】の一言で箝口令が敷かれる。
その話は話題に上がることすら「禁句」となり誰にも口外しないことが義務付けられる。
それは誰もが守る。もちろん【十傑】の口添えがあったからという理由は大きいが、自分たちの命の恩人であり、【黒炎】を使う《探索者:ホロウ》の「使い」なのだから。
彼――名取海の活躍のお陰で最少の被害で収まり、素晴らしい闘い、夢にまで見た【黒炎】を間近で見た老若男女は「神」として崇む。
そんな「神(笑)」こと名取海はあの騒動から三日ほど経過した今も関わらず目を覚さない。そんな誰もが心配するなか…。
『……』
《名取海》と書かれたネームプレートがある部屋の外。美麗美貌を兼ね備えた女性が集まり、彼女たちの想い人の目覚めを待つ。
その間、誰として一言も話さない。それは名取海が起きた少しの空気を感知するためか、はたまた…周りへの牽制なのか。
「…あれ、辻さんは?」
そこで声を上げたのは由仁。自分の近くの椅子に座っていた【虚】の女性が何処にもいないことを感じ取り、周りに目を向ける。
「あ、辻様なら…東様と佐島様の二人とアジトに戻ると一言言伝をして帰りましたよ?」
由仁の質問に、言伝を聞いていた黒椿が「伝え忘れていた」と言った様子で話す。
瀕死の状況に至った黒椿の胸の傷は海の【黒炎】で全てが完治し、今は何処も問題ない。
「…そうだったんですね。てっきり抜け駆けして…海君の部屋に入ってるのかと…」
「海君?」
「…名取君」
黒椿の黒い笑みを見た由仁はあのお昼のトラウマが蘇り、未だに反論できないでいた。
「(ニコッ)」
自分の愛する弟を名前呼びした不届者を調k――嗜められた黒椿はにっこり微笑む。
そんないつもの会話をする二人がいる席から少し離れた席に依瑠と冥の二人は居た。
「もう、大地君。一言、言ってよ」
幼馴染に何も伝えられていないことに頬を膨らませて愚痴を言う依瑠の姿。
「世間体的に人の目がある場面で依瑠と話すのはどうかと…身を引いたんだと思う」
隣で聞いていた冥が合いの手を入れる。
「…それでも、だよ。【黒炎】を使っていたことも聞けずじまいだし…連絡先も交換してないし…海君に聞いてみるかな〜」
「とか言ってどさくさに紛れて海の連絡先を入手するつもり…依瑠、恐ろしい子…っ!?」
「…その手、アリだね」
「墓穴を掘った」
親友同士楽しそうに会話に花を咲かせる。
この場には名取空と桐崎亜沙。黒椿ノアの三名は居ない。一応、天堂尚弥に「洗脳」されていたからか検査入院で別棟に居る。
それは名取空たち三名と関わらず、『探索者育成学校』の生徒、教員も含まれる。体調に違和感を覚えた観客たちも入院していた。
今のところ誰も異常がないことが不幸中の幸いだろう。【黒炎】に触れた時点でみなの心配は皆無に等しいのかもしれないが。
・
・
・
《名取海》個室内。
月明かりが照らす夜空が開け放たれた窓越しに幻想的に見える。
「……」
うっわ。どうしよう…なんか「外」から殺気みたいな気配がビンビン感じるんですけど…。
今さっき目を覚ました話題の少年、名取海は起きて早々変な感覚を味わい、絶賛困惑気味。恐怖から布団から出られないでいた。
「お目覚めになられましたか」
「え?」
海は気づかなかった。自分以外部屋に誰かが居ることを。なので素で返事を返していた。
「ナースです」
布団から顔を出して声がした方角に顔を向けると…「ナース」と名乗る女性看護師が…何故か自分と添い寝をしていた。
「……」
幻覚かな? そうだ。そうに違いない。今は眼鏡かけてないから…という現実逃避はやめるか。元々視力は悪くないし、伊達眼鏡だから眼鏡云々の話では無いことは理解してる。
現実逃避をしたかったけど、無理でした。
いや、まぁ。危害とか加えられる気配はないから警戒することはないと思うけど…どうしてこの人添い寝してるの? 僕たち初対面よ?
「ナースです」
「…別に聞こえなかったわけじゃないですよ。驚いただけです」
同じ質問をされたことに苦笑いで返しつつ、起き上がると相手も体を起こす。そして何をとち狂ったのか…何故か着ていた衣服を少しはだけさせ素肌が顕になる。無表情なのがまた怖い。
この人、結構胸大き…げふん、げふんっ。
「お胸、触りますか?」
「え? い、いや、結構です」
何この人? 変人臭がプンプンするんだけど…でもなんでだろう。一度、何処かで会ったことがあるような…見覚えはないのに…ぁ。
「――もしかして…槇、さん?」
何故か、いつぞや出会った『探索極棟監査支部、支部長』と名乗った女性。
「ふふっ。流石は、主人様ですね」
無表情から一転、薄く微笑み着ていた衣服を海が見ているなか、脱ぎだす。
「ちょっ!?」
その奇行に驚き、流石に女性の素肌を見てはいけないと思い直ぐに視線を外す。
「御安心を。衣服を脱いだだけですので。顔をこちらに向けても大丈夫ですよ」
いや、それがアカンのですやん?
そう思いつつも視線を戻す。そこには――あの時見たスーツ姿の槇吏司…ではなく、佐島たちが纏っていた【虚】特有の灰色ローブを纏う。
「ホロウ様も興味津々の御様子ですね。ですので、懇切丁寧に説明しましょう」
「ホロウ様」という呼び方に違和感は抱きつつ敵意がないからと一旦様子見。
「ある時は「美人ナース」。ある時は「探索極棟監査支部長」。そしてその正体は――」
ローブに手をかけ、更に脱ぐ。
「主人様を支える「完璧美人メイド」こと槇吏司で御座います。お分かりの通り、私も【虚】の一員です。スキルは――」
メイド服姿を大胆に露わにするとベットから降りて、海に向けて深く一礼。
「ちょ、ちょっと、少し待とうか」
続けて説明しようとするので慌てて「ストップ」をかける。
「…やはり、お胸、ですか?」
黒椿と遜色ない大きさの乳房を揺らして海の顔にずいっと近づけてくる。
「それはもういいよ。そうじゃなくて…槇さんって…槇さんも【虚】…なの?」
「東さんや辻さんと同じ【虚】を立ち上げた初期メンバーの一人となります。本物のまとめ役でもあります。所持スキルは【光】と【メイド】の二つ持ちで御座います。【虚】の中ではNo.21【世界】と名乗らせていただいております」
「そ、そう」
情報過多だわ、これ。
「…濃い情報が盛り沢山で若干パニックだよ。少しの間、横になってもいいかな?」
額を押さえて、問う。
「そうですか。オプションとして「完璧美人メイド」はご入用ですか?」
「…横になるのは、やめとくよ」
真顔で辺なオプションを付けようとする槇を見て頭が痛くなるのを覚えた。
整理しようか。つまりなんだ? 簡単にまとめると槇吏司さんは…僕の「味方」。
【虚】の「本物」の「まとめ役」であり、天堂尚弥と同じ…スキル二つ持ち。
僕に会いに来たのは何か…伝えたい重要なことがあった…そう考えるのが適切。
「…槇さんの目的は?」
ベットに腰掛ける海の正面に立つメイドの目を見て、要件を問う。
「飢えたメス豚…もといメス豚が廊下に屯しています。それは主人様の身を狙って」
「へ?」
その想像を超える答え?に頭が回らない。
「私の目的を話す前に、主人様には選択をしていただきます。私と共にこの場を離れるか。私の手を退いてこの場に残るか…どうしますか?」
「……」
試すような視線を向けられる中、考える。
廊下にいる…メスブタ? 十中八九「外」から感じた殺気の持ち主のことだと思うけど…。
「質問、いいかな?」
「どうぞ」
「廊下にいる人たちが誰か、聞いても?」
「【十傑】の【歌姫】【神姫】【黒聖女】。『探索者』の【召喚士】…の計四名です」
「…どうも」
あの四人か…何故に「殺気」を向けるのか、色々と聞きたいことはあるけど…「メスブタ」って、槇さんはあの四人のことが嫌いなの?
「「飢えた」とは何か比喩的な表現?」
「そのままの意味でございます。早い話…主人様が「目覚めた」と知られれば、見境なく襲い掛かってくるでしょう…性的な意味で」
「あはは。それはないでしょ…ないよね?」
「さて、どうでしょう」
意味不可な顔で返されてしまう。
そこは教えてくれないのね。しかし…彼女たちが僕を【ホロウ】また【ナナシ】と勘付いたと最悪な結末を仮定として考えよう。
「襲われる」という言葉は流石に盛っている。ただ、現状彼女たちは廊下で僕の目覚めを待っている。それが何を意味するか…って。
「…こんな悠長に会話してて大丈夫なの?」
「ご安心を。スキルでこの部屋とそれ以外を隔離していますので問題ありません。主人様のお答え次第では…スキルを解いたらどんな修羅場がお待ちなのか、お分かりですね?」
「ぐっ」
やるじゃないか、この僕に脅しとは…いつもならそんな脅し程度で屈しないけど…。
「…はぁ。安全面を優先しよう」
まだ完全に納得がいったという顔をしていないもの、右手を差し出す。
「主人様の御判断を尊重します」
薄く微笑む彼女は差し出された手を取る。
「疑っているつもりはないけど、僕の姿がなくなって騒ぎとか…起きないだろうね?」
「抜かりありません。この「完璧美人メイド」を信じてください。スキルを使って部屋を華麗に脱出しますので、身を委ねてください」
「…わかった」
どのみち信じるしか、ないか。
「説明」とやらも行き先に行く道中にでも説明されるだろうと淡い期待を持ち、委ねる。
「――【転移】」
槇の一言で二人は部屋から忽然と姿を消す。
・
・
・
もぬけの殻となった部屋にて。
【 僕は真実の愛を見つけたみたいだ。これから最愛の彼女と愛の逃避行をする。僕の幸せを願うならどうか探さないでくれ 名取海 】
そんな置き手紙に目を通した…四人の女性は手紙に目を落とした状態で固まり、数秒して事態の状況を飲み込んで。
『…ハ?』
一様に低い声をあげ、その殺気にあてられた哀れな置き手紙は木っ端微塵に消し飛ぶ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます