第5章 イサギヨライダーVSくわ助

第37話 種明かしとこれから

 3月に入っても寒さは一向に引く気配を見せない。冬の北関東は乾燥した冷たい風が吹き荒び、肌から水分を奪っていく。


 賢太に与えられたくわ助の作成と改良という仕事は、結果として全てが徒労に終わった。くわ助の改良はおろか、そもそも初めからくわ助の運用自体がなされていなかったのだ。くわ助の正体は通常のLINEアカウントであり、AIの関与する隙は一分もなかったのである。


 くわ助をすり替えた手口は予想通りタブレットのすり替えだった。全く同じ型のタブレットを予め用意しておき、終業後に忍び込んで挿げ替えたのだ。これはくわ助ver2.0の時も同じ手口が使われた。


 くわ助の入力作業は基本的に渡会が担当し、どうしても渡会が対応できないときに限り誠司がスマートフォンから入力していた。渡会が昼休み中であるにも関わらず仕事をしている風にキーボードを叩いていたのも、誠司が勤務時間中にスマートフォンを触っていたのも、全てくわ助の返信をせこせこと入力していたためだった。


 「パチンコYMN」での事件に関しては、大枠は推測通り誠司がデジタルサイネージを操作できるアプリ「Smart-board」を使って遠隔操作をしていた。唯一、推測を外した点といえば、誠司が意図的にアプリのログインIDとパスワードを盗み見た訳ではなかったことだ。


 当時、沢田宅で行われた飲み会では酔った勢いで山野がログイン情報を見せびらかしていたらしい。なんなら「お前も使ってみろ、面白いから」と誠司にアプリをダウンロードさせたうえ、ご丁寧にログインまでさせたのだ。それからしばらく経った後、くわ助を暴走させる計画を考えついた誠司は飲み会での出来事を思い出し、くわ助の反乱に箔をつけるため、あの事件を起こしたという結末だ。


 泥酔して記憶を失っていた山野と会長にも随分と責任があるように感じたが、問い詰めることはしなかった。今更、何を言ったとところで結果は変わらないのだ。


 ローカルブログ「いさぎよシティ」に投稿された怪文書の件については、単純に渡会が文面を執筆し、予約投稿機能を使って投稿していた。誠司曰く、誰かからクレームの電話が届いた時点で記事を削除することは初めから想定していたらしい。なんでも、運営側が即刻記事を削除し、謝罪記事を投稿することで“ガチ感”を演出する狙いがあったそうだ。結果、その狙いは的中しスクリーンショットが貼られた投稿がSNSでバズった。


 いつかに賢太の元へ届いた脅迫メールについては、賢太がくわ助の真相に近づいていることを察知した誠司が捨てアドレスから送信したものだった。この件に関しては、後日改めて謝罪された。


 そういう訳で、くわ助暴走事件は完全に幕が下りた。誠司は観光協会の状況に危機感を抱いており、会長を介した意思決定を続ける限り打開不可能だと本気で考えていた。結果がこの半ばクーデターじみた誠司による独断の計画だ。


 しかし、結果として誠司の思惑通り観光協会はくわ助のおかげで過去最高の盛り上がりを見せている。数日前には、大手のネットニュースに取り上げられ、全国区のテレビ局から取材が入ったほどだ。


 そして、こうなってくるとくわ助の扱いが問題になってくる。くわ助が手動で返信されていることは外部にはまだ明かされていない。このタイミングで、くわ助が治りましたと宣言するのは広告として痛手であるため、くわ助の正体が暴かれたあの日から約半月もの間くわ助の人力運用は続いてしまっている。


 会長は「こんな人を騙すようなことを!」と毎日のように憤慨している。とはいえ観光協会が危機的状況に陥ったことに一端の責任を感じているのか、くわ助の真実を暴露するというようなことには至っていない。実際、観光協会の最高責任者である会長の承認が必要な書類も多く、会長は文句を吐きながもそれらを承認している。


 会長と誠司の仲違いが想定していたほど深刻なものではないことに多少安堵しつつも、2人の関係が修復されそうな気配はまるで見られない。育と賢太と渡会の3人はそんな2人の険悪なムードに引っ張られてか、職場での口数もめっきり減った。育の持ち前の明るさをもってしてもどうにもならない。


 そして、本来の責務を全うしたはずの賢太がなぜ未だに観光協会に所属し続けているのかと言うと、とてもバイトを辞めたいなどと言い出せる雰囲気ではないためだ。最終的に東京へ引っ越すことは確定しているのだが「今日の会長は特段機嫌が悪そうだから明日にしよう」と思い続けて半月が経ってしまった。


 その間にも、観光協会の仕事は増加の一途をたどり、賢太の仕事量は当初よりもむしろ増える一方だった。くわ助がバズったこの大事な時期に賢太が辞めれば、仕事がパンクすることは明白であり、それも賢太がバイトを辞する旨を伝えられない理由の1つだった。


 くわ助暴走事件と関連付けたイサギヨライダーのヒーローショーは3月22日に実施されることが決定した。それは、ちょうど東京へ向かう予定日の2日後であり、その間の悪さに多少複雑な思いを抱きつつも、準備は淡々と進んでいる。

 

 また、ネット上でくわ助が注目されていることに配慮して、今回のヒーローショーはネットで同時配信されることとなった。予算もかけているらしく、イサギヨライダーの新形態や新たな敵役である暴走くわ助のアクタースーツも新調する予定らしい。


 かねてより暴走し続けたくわ助がついに体を手に入れ、世界征服に乗り出したというシナリオだ。実はこの物語が公開された当初、ネットが少し荒れたりもした。本当にAIの暴走だと面白がっていた人たちの一部は、結局ヒーローショーの宣伝じゃないかと冷めたらしい。


 とはいえ、大多数は面白い宣伝戦略だと肯定的な反応であり、賢太もそう思っていた。結果論かもしれないが、これだけの成功を収めた誠司の手腕は確かなもので彼にこれほど隠された才能があったのかと驚いた。そして、観光協会が軌道に乗れば乗るほど会長の機嫌は悪くなっていった。

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