第35話 本当のことを教えて

 地元の新聞社とケーブルテレビからの取材が突然入り、帰宅できたのは21時頃だった。一応、賢太はくわ助に関する業務のみが対応範囲ではあるのだが、そうも言ってられず結局通常業務を手伝うはめになった。

 しかし、ストレスなんてものはほとんど感じず、むしろ観光協会に貢献できて嬉しくすらあった。やはり、自分は観光協会という組織に愛着を持ってしまっているのだと改めてそう実感した。今回の事件についても、穏便に解決させる方法はないかと未だに考えている。方策をあれこれ考えているとスマートフォンが振動した。


「ああ、そうだった」


 くわ助が突如バズってしまったせいで忘れていたが、育から時間を空けておくよう言われていた。正直、あえて時間を空けずともこの時間は毎日大した予定なんてないのだが。


「もしもしー」


「あー、マツケンごめんね。どうしても言っておきたいことがあって」


「別にいいよ。にしても、どうしたの?」


 声では平静を装いながら、心拍数は上昇していた。


「そのさ……」


 スピーカーの向こうの育は言い淀み、ふっと息を吐くのが聞こえる。育がただ伝えるだけでこれほど緊張することとは一体何だろうか。


「くわ助の調査ってどこまで進んでるの?」


「えっ?」


 思わず、声が裏返った。深刻な告白を想定していた分、世間話程度の言葉に拍子抜けしてしまう。


「どこまでって、ほとんど進捗はない感じかな」


 ひとまず、育にはあくまでくわ助はAIであるというスタンスを貫くことにしている。


「本当に?」


 声の温度が急激に下がったような気がした。まさか、育は感づいているのか。あるいは、育が犯人という可能性も……

 一瞬そんなことを考えてすぐに否定する。育が犯人なら席が隣の自分が気づかないはずがない。


「この間、書類を取る時にさ。渡会さんのPCの画面がたまたま目に入って」


 育が訥々と語り始めた。これまでの話と渡会に何か関係があるのか。


「LINEを開いてて、それがくわ助のトークルームだったんだよね」


 渡会。LINE。くわ助。育の口から放たれた言葉は脳内でガチャガチャと音を鳴らして組み立てられていく。肌寒い自室の中にいて、体が紅潮するのを感じる。


「渡会さんもくわ助使うんだなーって思ってたんだけど、よく見るとくわ助の言葉が右側にあってさ」


 LINEは相手からの返信が左側に、自分の投稿が右側に表示される。すなわち、かねてから推測していた通り渡会がくわ助を操作していたのだ。


「くわ助について、どこまで知ってるか。本当のことを教えて」


 全てを見抜いているような育の声音に背筋が粟立つ。


「分かった……」


 自らこのような告発を行ったということは育はシロと見て間違いない。そう思い、くわ助に関する一連の事件の真相を話すことにした。


 *


「ただ、渡会さんが席を空けている時にもくわ助が返事をしていたこともあるし、パチンコの看板をどうやって操作したのかも分からないんだ」


 賢太は、初めのパチンコ事件から最新のブログ事件に至るまでの推理を話した。しかし、渡会が空席中にも関わらずくわ助が返信を行なった件と「パチンコYMN」の件については合理的な説明ができないでいた。


「それは、渡会さんと誠司さんの共犯ってことなんじゃないの?」


 育は、平然と言った。


「え? でも……」


 賢太は、何かを言いそうになったが言葉に詰まった。育の言う通り共犯だと考えれば、全ての推理に矛盾がなくなる。誠司と渡会の2人が席を外している間に、くわ助が回答していた事例についても、誠司は監視カメラに映っていなかっただけで、どこで何をしていたかまでは断定できない。トイレかどこかでスマートフォンから回答していれば、アリバイは成立しない。


「誠司さんと渡会さんって、あんまり仲良くなさそうというか」


 なぜか、育の推理に対して反論をしてしまった。ただでさえ、観光協会の崩壊が決定的である上、犯人が複数犯となればそれは致命的なものになり得る。職員5人中2人が動機は不明にせよ、裏工作を行っていたのだ。会長の失望は並大抵ではないだろう。


「あの2人、職場では全然会話してないけど実は付き合ってる説あるんだよね」


「えぇ?」


 賢太はまたも声が裏返る。共犯説という新たな可能性を提示されたのみならず、あの2人が恋仲にあるという情報まで持っているなんて。初めから育に相談していれば、早々に事件は解決していたのではないだろうか。


「付き合ってるかどうかは分からないけど。前に、2人が並んで歩いてるとこ見かけたんだよねぇ」


「へぇ」


 もちろん、出先で2人が偶然出会っただけの可能性も0ではない。しかし、渡会の普段の調子からして、無駄な人付き合いは好まなさそうだ。したがって、2人が並んで歩いている時点で、何かしら深い関係である可能性が高い。それにしても、渡会は誠司のどのあたりに魅力を感じたのか。そんな、失礼な想像を働かせた。


「なるほど……」


 体から力が抜けて、重力が強くなったように感じる。


「え、どうしたの? どうしてマツケンが落ち込んでるの?」


 気落ちした様子の賢太を不思議に思ってか育が言う。賢太は投了の意味も込めて、本心を打ち明けることにした。


「その…… 観光協会を壊したくなかったというか」


「どういうこと?」


「だから、内部犯だと内輪揉めで嫌な空気になるだろうしさ。これで渡会さんと誠司さんが解雇されたりしたら」


 言っていて、まるで合理性がないのを自覚する。


「んなこと言ったって、しょうがないじゃん。やっちゃったんだから」


「そ、それはそうだけど」


 思いのほかリアリストな育に苦笑いする。しかし、実際育の言う通りだ。賢太たちにはどうすることもできない。


「それに、誠司さんのことだから何か事情があるはずだよ。まだ、ちゃんと話を聞いてない」


「それは…… 確かに、そうだね」


 育の言葉を聞いて、自分の程度の低さにうんざりする。愛着が出たからといって、それを無理やり守ろうとするのはあまりにも幼稚な考えだ。起きたことを客観的に認めたうえで話を聞こうとする育の方が、よほど観光協会を大切に思っているし、誠司たちを信頼している。


「でも、まだ確定してない訳だから。明日、最後の作戦で決着をつけよう」


 スピーカーから聞こえる育の声はどこか興奮していて、作戦という単語のせいか小学生の頃の彼女を彷彿とさせた。同僚たちが自分を裏切っていた事実が明らかになろうとしているのに、なぜこうもポジティブでいられるのだろうか。それはきっと、育があの2人を信頼しているからこそであり、それこそが彼女の強さなのだ。

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