第34話 くわ助バズり事件対策会議

 翌朝、いつもの通り朝礼が行われている最中、賢太はつい先ほど育からかけられた言葉を反芻していた。


「今夜、ちょっと話したいことがあるから時間空けておいて」


 偶然、駐輪場でばったり出会った彼女は真っすぐに瞳を捕らえて言った。いつもはアポなんて取らないで突然電話をかけてくるのに、改まって一体何を話すつもりなのか。昨日から様子がおかしいだけに、俄然不安が募る。その内容が良かれ悪かれ「大事な話がある」という宣言は人の寿命を縮めるものだ。


「では、今日もよろしく!」


 朝礼の終わりを告げる会長の挨拶でやっと我に返った。会長の言葉は一言も耳に入ってこなかった。普段から、それほど真面目に聞いているわけでもないが。


 *


 時間はあっという間に過ぎ去り、気が付けば昼休憩だった。くわ助を裏で操る人物の特定は依然として進んでいなかった。渡会犯人説が濃厚となっていた中「パチンコYMN」のデジタルサイネージを操作可能な人物として誠司が候補として挙がってきた。

 しかし、どちらが犯人にせよ観光協会内部のいさかいは避けられそうにない。この時点で、賢太が犯人の特定を引き受けた理由は破綻している。結局のところ、観光協会という組織に情が移った挙句、わがままで終わりの時を先延ばしにしているだけだ。もういっそのこと、今この場で全てを話してしまおうか。そう思っていると、隣に座る育が


「やっば!」


 と突然叫んだ。想定外の大音量に体がびくっと反応する。それは誠司も同じだったようで、ガチャと椅子のキャスターを鳴らすと眉間にしわを寄せた。


「なんだよ。急に?」


「ちょっとこれ! 見て下さい!」


 育が向かいに座る誠司にスマートフォンを渡す。誠司は眩しいものでも見るかのように、目を細めてからわずかに首をひねる。そして、その直後


「うわっ! 本当に?」


 と声を荒げた。


「何? どうしたの?」


 その様子を傍から見ていた賢太も話に混ざる。


「なんだね?」


 受付に立っていた会長も騒ぎを聞きつけて、事務室へやってきた。ちょうど来客が途絶えており、暇だったのだろう。


「昨日言ってたやつ! ほら、バズってる!」


 育のスマートフォンの画面には、昨日話していた例の投稿が映し出されていた。昨日の時点ではいいねが3つだけだったのが、今やそれが3万になっている。リポストも1.3万ほど付いていて、正真正銘バズっていた。いや、バズってしまったのだ。


「ど、どうします?」


 その場にいた全員が黙って顔を見合わせる。会長だけは事の重大さに気が付いていないようで、ぽかんと口を半開きにしていた。


「何の話をしているんだね?」


「ええと、要するに。くわ助の件が世界中にバレたってことです」


 育は多少過剰とも思える表現で説明した。


「はあ、そりゃ……」


 会長は未だに困惑から抜け出せないまま、腕を組んで動きを止めた。年配の人にリポストと拡散の概念を説明するのは意外と難しい。


「観光協会って公式アカウントとかあるの?」


 賢太はひとまず落ち着かせるために聞く。


「一応あるよ。今は私が運営してる。ただ、本当にイベントの報告くらいでフォロワーもほとんどいない」


 育は手早く画面を遷移させ、アカウント情報の載ったプロフィール画面を開いた。


【公式】潔世市観光協会広報


 というアカウント名でフォローが0、フォロワーが213だった。


「あっ! フォロワー増えてる!」


 育曰く、これでもツイートがバズった影響で少しフォロワーは増えたらしい。


「何かしらアナウンスはした方がいいかも」


 誠司がしたり顔で助言を送る。大丈夫だろうか。炎上中は下手に言及することで油を注ぐことになる。とはいえ、今回のは批難が殺到している訳ではないため、厳密には炎上とは言えない。上手く活用すれば地域振興に繋げられるかもしれない。


「お騒がせしております的な?」


「うーん、そうだね。何がベストかは分からないけど。くわ助の件はガチの事故ってことを知らせておくべきかな」


 知ったような口調で誠司は続けるが、賢太にも適切な対応は思いつかなかった。


 結局、昼休憩は慌ただしく終わり午後は緊急で「くわ助バズり事件対策会議」が開かれた。賢太が調査したところ、今回のバズは誰も見ていないようなローカルブログと禍々まがまがしい記事の内容のギャップがウケているようだった。そして、問題の記事は即座に削除され、直後に謝罪記事が投稿されているというのが「ガチっぽい」ということで反応に拍車をかけていた。

 つまり、観光協会がくわ助の暴走を本気で深刻に捉えている態度を見せるほど、SNS上では面白がられるという構図が出来上がっていたのだ。したがって、先程投稿した観光協会公式アカウントの謝罪投稿も、かなりの速度で拡散されていた。


「ご当地AIのくわ助が反乱したという字面のシュールさと、観光協会がそれを深刻に捉えている点がウケているようです」


 賢太は、分析結果を粛々と報告した。


「うーん。こっちは本気でくわ助の暴走を止めたいんだけどなぁ」


 育は口元に拳を当てて言う。その態度と言葉の内容のちぐはぐさが面白がられているのだ。とは、口には出さない。


「でも、正直打つ手はないよね」


 誠司が背もたれに体重をかけると、オフィスチェアが軋む。沈黙が空調の駆動音と渡会の打鍵音を際立たせる。この状況においても、渡会は相変わらず黙々と事務作業を続けている。


「くわ助を宣伝すれば良いのではないでしょうか?」


 キーボードの打鍵音が唐突に止み、渡会が口を開いた。話を聞いていたのか。


「バズったツイートのリプ欄によくあるでしょう?」


 静謐せいひつな唇から放たれた「バズった」「リプ欄」という単語たちはなんとなく、居心地が悪そうだ。


「確かに、それもそうだな」


「渡会さん、ナイスアイデアです!」


 育は口角を上げて、右手でグッと親指を立てた。渡会は相変わらずの無表情で再び仕事へと戻ったが、その一瞬わずかに唇の端が持ち上がったように見えた。


「これで、観光客増えたりしませんかねー」


「まあ、当たればラッキーってとこかな」


 散漫とした状況で始まった「くわ助バズり事件対策会議」は呑気な2人の結論で幕を閉じた。運営者が想定しない記事が投稿されたという点から、観光協会のセキュリティ上の問題に飛び火する可能性も考えられたが、とりあえずは話さないことにした。育と誠司に気を揉ませるのも気が進まなかったし、何より。


「むぬぅ……」


 脳の処理限界を超えて硬直した会長の姿が視界の端にちらついていたからだ。

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