第33話 ブルートフォースアタック

「要するに、あれは故障じゃなかったというわけか」


「ええ」


 会長と山野の2人にアプリの機能を実践してみせてから、ことの真相を説明する。過去に発生した看板からパの文字だけが消えた事件は、機械の故障によるものではなく人為的に引き起こされたものだった。


「しかし、そんなこと一体誰が」


 間違いなく、くわ助を裏で操作している人物だろう。これまでに2度起きたパチンコ看板事件はその両方において、くわ助が関与を言及している。


「このアプリは誰でも使えるんですか?」


「さあ、業者に頼んだからよく分からんが」


 山野も大半の中高年と同様にデジタル機器には詳しくなさそうだ。諦めて、賢太はアプリ名である「Smart-board」について検索する。このアプリは、某企業が提供するデジタルソリューションの1つで、アプリそのものは誰でもストアからインストールすることが出来る。しかし、ログインに関しては契約者にのみ送付されるアカウント情報が必要という仕様だ。


「どうやら、専用のアカウントが必要らしいのですが、どのように管理を?」


「あのパスワードとかのやつか? あれは業者から封筒で送られてきたんだ。確か、家で保管してるはずだけど」


「なるほど……」


 となると、やはり部外者が山野のアカウントを盗むのは困難だと思われる。しかし、仮に山野のアカウントのIDだけでも何かのきっかけで知ることが出来たなら、パスワードは総当たりで特定できるかもしれない。ちなみに、このような攻撃方法はブルートフォースアタックと呼ばれている。不正ログインのための総当たり攻撃のくせに大層な名前を付けられたものだ。


「参考になりました。ありがとうございます」


 しばらく考えた末、この場での犯人の特定は不可能という結論に至ったため、感謝の意を伝えたのちに退去した。


 *


 帰路の車中にて、先日賢太の元に届いた“これ以上は手を引いた方がいいくわっ”という内容のメールのことを明かした。


「おい! そりゃ、脅迫じゃないか!」


 会長は荒く鼻息を鳴らした。


「確かにそうですが、それよりも犯人が僕のメールアドレスを知っていたということの方が重要です」


「なんだ、やけに冷静じゃな」


 会長は肩透かしを食らったように眉尻を下げた。


「やはり、犯人はかなり近い人間であることは間違いないんです。それで、聞きたいのですが、山野さんとの家族ぐるみの付き合いというのはどのくらいの関係性ですか?」


「うむ、かなり昔馴染みだからな。パチンコ屋はあいつの父から継いだんだ」


 家業の引き継ぎとパチンコ屋という2つの事柄が脳内で上手く結びつかなかった。もし親から我が家は代々パチンコ屋の家系なのだ、なんて言われた日にはどんな顔をすればいいのか分からない。


「それこそ、あいつとは中学からの付き合いだからもう40年以上か。とはいっても、高校を卒業したらあいつは都会の方へ出ていって結婚して子供も作ったからその間は疎遠だったが。結局離婚して、地元でパチンコ屋をついでからは付き合いも再開した。まあ、腐れ縁ってやつだろうな」


 想定以上の付き合いの長さに驚く。それにしても、育にしろ誠司にしろ一度外へ出た後に潔世市へ戻ってくる人は案外多いらしい。


「だから、家族ぐるみと言っても、こっちの家内と息子との付き合いがあるってだけで、あいつは独り身なんだがな。ちょっと前にも、商店会の何人かと一緒にあいつの家で飲んだりもしたし。あいつ、親から相続した家が大きくてな」


 親しい友人について話す会長の口調は男子中学生のようで、会長と山野の間柄が感じられた。40年前に出会った血のつながっていない人間と長年関わり続けるというのはどのような感覚なのだろうか。人間関係が数年すら維持できない賢太には到底想像できなかった。


「ちなみに、その時のメンバーは誰でしたか?」


「多分、どいつも知らないと思うがな。ああ、誠司は来てたな」


 父親の幼馴染との飲み会に参加するとは、案外あの2人の親子関係は良好なのだろうか。そう思う一方で、とある考えが賢太に去来する。それは、誠司が山野のIDとパスワードを盗み見した可能性だ。アカウント情報が記載された封筒がどこに保管されていたのかは推測できないが、全員が泥酔していたのなら実行は可能だと思われる。


 しかし、そうなると今度は動機の問題が発生する。飲み会が行われたのは、くわ助の制作が決まる前である。何も計画は決まっていないが、一応「パチンコYMN」のデジタルサイネージを操作するためログイン情報を盗んでおこう、とはならない。


 *


 あれこれ考えているうちに、観光協協会本部に到着した。犯人の特定には至らなかったが、パチンコ事件が人為的なものであることが確定したことにより、必然的にくわ助の暴走にAI云々の話が一切介在しないことが明らかになった。結局、沢田の愚痴記事の件はただの偶然だったということだ。


「マツケン、おかえりー。何の打ち合わせだったの?」


 育がラフな態度で声をかけてきたが、どこかにぎこちなさを感じる。


「商工会のやつ」


 とりあえず、適当な嘘をついてごまかす。


「へー」


 興味がなさそうに答える育はやはり様子が変だ。頬がわずかに紅潮していて、落ち着きがない。しかし、仕事でミスをしてトラウマが発動したという訳でもなさそうだ。時折、賢太のことをちらちらと横目で確認するたびに、首を少しひねって何か思考する。なんとも言えないくすぐったさを感じていると、誠司が声をあげた。


「おっ、呟かれてるじゃん」


 誠司の声に反応する育はほっとしたような表情を見せた。


「え? 何ですか?」


「ほら、これ」


 誠司がスマートフォンの画面を裏返してこちらに向ける。賢太も、育の肩越しに確認するとそれはTwitter――いや、今はXと言うのだったか――の画面だった。検索バーには“くわ助”と入力されている。勤務時間中にそんなことをしていたのか、と内心呆れつつ投稿内容を凝視する。

 誠司が見せてきた投稿は、“俺の地元、洗脳されてて草”という文言とともに今朝いさぎよシティに投稿されていた例の記事のスクリーンショットが貼られたものだった。


「げっ、削除したのに。まずくないですか?」


 育が眉間のあたりに警戒を浮かべて言う。


「っま、大丈夫じゃないの? いいねも3つしか付いてないし」


 誠司はあっけらかんと言う。潔世市とくわ助の知名度を考慮すると、これでも反応は多い方だろう。スクリーンショットを取られてしまったのは不覚だが、大して拡散もされないだろうし問題ないはずだ。と、少なくともこの時点ではそう思っていた。

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