第27話 ふと考えついた突飛な疑念

“潔世市をよくするにはどうすればいい?”


“イサギヨライダーこそが、諸悪の根源くわっ”


 くわ助は相変わらず反抗的な回答を続けている。2日前にイサギヨライダーのヒーローショーを手伝った賢太にとってタイムリーな話題である一方、あのショーを見てしまった以上イサギヨライダーをこき下ろされるのは納得がいかない。


 目の前にいるくわ助がくわ助とは異なる別のAI、すなわち偽くわ助であるという仮説についてはまだ断定できないでいた。とはいえ、観光協会のタブレットに登録されているくわ助のみが反抗的な態度を取る点や、APIで会話履歴を取得できない点など、それなりに証拠は揃っている。


 しかし、仮に偽くわ助説が事実だとすると大きな疑問が浮かび上がる。それは偽くわ助を作成したのは誰かという点だ。田舎のマニアックな知識を持ちつつ、人類に反乱するというロールプレイを行うAIとなると、偽くわ助の開発者は相当の技術を有していることになる。


 一般的な大規模言語モデルは倫理的な回答から逸脱しない工夫がなされている。これは、AIが差別的な発言をした場合社会問題になるためだ。つまり、反抗的な回答を繰り返している偽くわ助は単純に既存のモデルを流用しただけではない。何かしら追加学習等の工夫が施されている。潔世市に対する中傷をピンポイントで生成するような追加学習が可能なのかは不明だが。


 答えの見えない難題に頭を悩ませながら、自席へと戻る。


 実のところ、解決の糸口さえ見えない問題よりも、もっと近くにある違和感がずっと引っかかっていた。くわ助が本物であるか否かという点やその過激な回答という点ではなくもっと些細な違和感だ。それが何か、考えているとふと育の嘆く声が聞こえた。


「はぁ、今月のギガ使い切っちゃった」


 育は保冷バッグから弁当を取り出している最中だった。時計に目をやると、いつの間にか昼休みの時間になっていた。


「Wi-Fi繋いだら?」


「いや、だってここのWi-Fiおっそいでしょ」


「へぇ、そうなんだ」


 賢太は、大容量の料金プランを契約しているおかげで通信制限を気にすることなくスマートフォンを利用できる。そのため、観光協会のWi-Fiへは接続したことがない。何の気なしに、Wi-Fiへの接続を試みるとパスワードの入力を要求された。


「Wi-Fiのパスワードって何だっけ?」


「ああ、確かどっかに…… 前に見せなかったっけ?」


 育に言われ、過去を振り返るがそれらしい記憶は思い当たらない。


「最初にここに来た時。ほら、タブレットにくわ助を登録した時だよ」


「ああ…… そうだ!」


 思い出した。初めて観光協会を訪れたあの日、会長に突然タブレットを手渡されてくわ助の友達登録をさせられたのだ。その際、ついでにWi-Fiの接続も行った。賢太はスマートフォンのカメラロールをさかのぼっていくと、パスワードの書かれた紙を撮影した写真が見つかった。


「あった!」


「でしょ」


 育はどうやら優れた記憶力を持っているらしい。手早くパスワードを入力すると、スマートフォンの左上から4Gという表示が消え、代わりに電波マークが現れる。Wi-Fiへの接続が成功した証だ。ちなみに、5Gなどという最新の電波は当然潔世市には存在しない。


 試しに、ニュースアプリを開いてみるとテキストの表示に数秒、画像の表示にはさらに数秒を要した。


「確かに、これは遅いね」


 快適とは程遠い通信速度に思わず苦笑いしてしまう。この調子だと、YouTubeの視聴なんて夢のまた夢だろう。その流れでLINEを開き、くわ助に適当な質問を投げてみる。すると、回答が返信された。元々、LINEは通信速度の遅い環境下でも問題なく使えるアプリの代表例だ。


 そこで、ふと違和感の正体に気が付いた。賢太は勢いよく席を立つとくわ助――厳密には偽くわ助――の元へと向かう。即座に適当な文言を入力すると、回答が返ってきた。タブレットの左上には電波マークが表示されていることから、手元のスマートフォンと同様に観光協会の劣悪なWi-Fiに接続されていることが分かる。


 かねてより抱いていた違和感の正体は、くわ助の返信速度だった。手元のスマートフォンやローカル環境で動作するくわ助は全て、瞬時に回答が返信されていた。その一方で、観光協会に設置されたくわ助は返信に数秒を要する。この違いは、暴走くわ助がくわ助ではない別のAIであるという仮説を裏付ける新たな証拠である。


 賢太の開発したオリジナルのくわ助と比較しても、暴走くわ助は特殊なAIであるはずだ。そのせいで、返信に時間がかかっていると考えると辻褄が合う。しかし、それと同時にもう1つの奇怪な可能性が頭をよぎった。奇策ともいえるその選択肢はとても現実的とは思えないが、あり得ないとも言い切れない。


 その突飛な考えについて検証するため、自席へ戻りノートPCの通信速度を意図的に低下させる。世の中には、通信速度を下げるソフトが存在するのだ。その上で、くわ助に対して質問を連投する。


 すると、数秒待機した後に回答が1返ってきた。これは、返答が生成される前に異なる質問が投稿された場合、新しい方の質問に対する返答を生成しなおすという仕様に由来する挙動だ。


 次に、暴走くわ助に対しても同じように質問を連投する。こちらは、回答が返ってくる前に急いで次の質問を入力するという強引な方法だ。なんとか、3つの質問をまとめて送信することに成功した。すると、数秒後に1つ目の質問に対する回答が、そのまた数秒後に2つ目の質問に対する回答、同じく数秒後に3つ目への回答が返ってきた。


 ということは。


 突飛な疑念が的中してしまったということだろうか。


 しかし、確信が持てない。


 理論上は可能でも、方法から動機まで全てが意味不明だ。賢太は最後の確認を行うために、会長を呼び止めてとある依頼をした。一見、だが極めてシンプルなやり方でその真相を暴くことが出来るはずだ。

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