第23話 スイカに塩をかけると甘味が増すのと同じ理論

 車が揺れるたびに、トランクに積まれたパイプ椅子が擦れ、ガチャガチャと音が鳴る。ワンボックスの社用車は3列目の座席を折りたたむことでトランクスペースを拡張することが出来る。したがって、相当数のパイプ椅子も悠々と積み込むことが可能だ。


「いつもはどれくらい観客来るんですか?」


 隣の運転席に座る誠司に声をかける。


「場所とか天気にもよるけど、最低でも10人以上は来てくれると信じてるよ」


 願望ではなく、客観的な数字を聞きたかったがそれにはつっこまなかった。


「そういえば、この間YouTubeでショーの動画見つけたんですよ」


 数日前、居酒屋で歓迎会を行った日に見つけた動画だ。ヒーローショーの内容そのものよりも、黒づくめの怪しい人物の印象しか残っていなかった。


「え? どんなの?」


 後部座席にいる育が聞いてきた。育はヒーローショーでの司会担当らしく基本的には毎回参加している。くわ助のお披露目会での司会姿が様になっていたのはそのためだ。


「これなんだけど」


 賢太は、スマートフォンで例の動画を開くとスピーカーの音量を上げてから育に渡す。


「あー、ほんとだ。これ、結構最近のやつじゃない?」


「うん。去年投稿されたのだから」


「多分、この回は私もいたよ。子供たちが結構盛り上がったから覚えてる。場所は、公民館だね」


「あの時のやつか」


 誠司が頭を斜め上に傾けて、当時の記憶をさかのぼるように言う。


「それで、気になるのが左端の方に全身真っ黒の変な人映ってるでしょ」


「ん? あー、黒井さんね」


 世紀の大発見のつもりで話したのだが、育はあっけらかんと答える。


「え? 知ってるの?」


「うん。この人毎回見に来てるから。常連さんだよ。黒井さんってのは愛称だけど。黒いから黒井さん」


「な、なんだ。てっきり不審者かと」


 育や誠司の驚く顔を想定していただけに、内心がっかりしたが、不審者でなかったのだから喜ばなくてはいけない。


「確かに、見た目はすっごい怪しいけどね」


 背後からぬっと出てきた手には賢太のスマートフォンが握られている。そちらを振り向くと、自然に誠司の顔が目に入る。誠司は


「はは……」


 となぜか気まずそうな苦笑いをしていた。常連客を不審者と間違えられたのが気に障ったのだろうか。もし、そうなら悪いことをしたなと思う。しかし、動画の様子から周りの人たちに避けられていたし、実質的には不審者と言っても差し支えないのではないか。


 車はしばらく市役所の方へと走る。今回、イベントが実施されるのは「にこにこ広場」というイベントスペースだ。市役所のちょうど向かいにある、コンクリートタイルが敷き詰められた何もない空間をイベントスペースと言い張っている。

 レンタル料金は1時間1500円らしい。それだけ安いなら借りたい人もそこそこいそうなものだが、市役所が管理している影響なのか信頼がないと貸し出しを許可されない。結果として、観光協会のヒーローショーや地域の学校のイベントくらいでしか使えないのだ。


 目的地に到着すると、ぞろぞろと車を降りる。「にこにこ広場」という名前とは裏腹に何とも寒々しい空間だ。20m×30mほどの縦に長いスペースで、前方にはステージが用意されている。ステージと言っても、階段2段分ほどの高さの直方体が横たわっているだけだ。予算があれば、背景や屋根なども設営可能だが、あいにく観光協会にそのような財力はない。


 トランクを開けて、パイプ椅子を下ろし、ステージ前へと運んでいく。客席は全てで15脚だった。まだ、数脚が残っているがこれは演者が待機中に使用するためのものらしい。設営が完了すると、全体のバランスを確認するため後退して、広場全体を俯瞰する。すると、パイプ椅子が点在してるせいで、何もないより空虚感が増していた。スイカに塩をかけると甘味が増すのと同じ理論だ。


「なんだか、もの悲しいね」


 育がしみじみと呟く。


 ヒーローショーの開始は午後1時からで、今は9時過ぎだ。リハーサルもあるため、いつも早めに設営を開始するそうだ。ワンボックスから今度は、折り畳み式のついたてがいくつか出てきた。


「これは何に使うんですか?」


「目隠しだよ。悪の組織のボスが近くで座って待ってたら興ざめだからね」


 確かに、ステージの左右は野ざらしで身を隠せる場所も楽屋もなかった。公民館なら舞台袖でスタンバイできるが、ここだとそういう訳にはいかない。トランクギリギリの大きさのついたては大人の背丈を少し超えるくらいの高さがあった。これなら、少なくとも舞台袖が丸見えになることは防げるはずだ。


 ステージの左右まで運んで、セットする。根本的な虚しさに変わりはないが、少し見栄えが良くなった。他に仕事はないかと辺りを見回していると、見覚えのある車が1台敷地内に入ってきた。


 扉が開くと、なぜかサングラスをかけた会長が姿を現した。ボランティアと言いつつ、結局渡会を除く観光協会の面々が揃った。これでは、実質休日出勤ではないか。


「進んでるかね」


 手を掲げてあいさつする会長の表情は明るい。居酒屋での様子から、会長は相当イサギヨライダーに愛着を持っているらしかった。母校愛の強いOBのような雰囲気だ。


「うん。もう少しすると学生の子たちも到着するはず」


 誠司は、ワンボックスの後部座席から衣装ケースのようなものを取り出しながら答える。


「学生って?」


 賢太は隣にいた育に小声で聞いた。


「今回は、敵役として高校生の子たちが参加するの。潔世高校の演劇部」


「へー」


 潔世高校とは市内唯一の高等学校だ。偏差値は中の下くらいで、賢太は市外の高校へ通っていたため内情はまるで知らない。育も確か、高校は潔世高校ではなかったはずなので、地元唯一の高校でありながら2人は知識を持ち合わせていない。演劇部があることすらたった今知った。


「ああ、そうだ。賢太くんにはこの仕事を任せたくてね」


 会長はそう言うと、今さっき降りた車の方へと戻り、何かを手にして戻ってきた。2つの小型スピーカーとノートPCだ。


「音響監督ってところかな」


 会長から、それらのセットを受け取る。


「いや、そんな知識全くないですよ!」


「パソコン詳しいんだろ?」


「それは……」


 パソコンで音声を制御しているだけで、音響の知識は皆無だ。そもそも、ヒーローショーへの参加が初めてなのだから、タイミングも分からない。


「リハーサルもあるから、頑張りたまえ!」


 不服そうな表情を隠しきれない賢太の肩をドンと叩くと、ものを言わせぬ強い眼力で見つめてきた。最近忘れていたが、この人には見た者を気圧けおさせる気迫があるのだ。


「は、はい。やってみます」


 あえなく、迫力に負けて首肯する。手元にある、分厚い旧型のノートPCと1対のスピーカーに目をやる。スピーカーは、コードがないことからBluetooth接続によるものだと推測された。どうしたものかと、呆然としていると広場に面した道路を制服姿の一行がぞろぞろと歩いてくるのが見えた。


「おっ、期待の若手たちがご到着だ」


 軽口をたたく誠司とは対照的に、育は真剣な表情で目を細めて何かを探しているようだった。学生たちの顔が判別できるほど近づくと、その中に一人だけ私服姿の女性が混ざっているのに気が付いた。雰囲気からしておそらく教員だろう。すると、育がその教員を指さして


「京子じゃん⁉」


 と声を上げた。

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