第24話 男女平等の道のりは遠いな……

「うわっ、育? 久しぶりー」


 京子と呼ばれたその女性は育に走り寄ると、互いの両手をぺちぺちと合わせる。先生のプライベートな反応が新鮮だったのか、学生たちは一瞬呆気に取られていたが、そのうちの1人が口を開いた。


「先生、知り合いですか?」


「そうそう、高校時代のね。まさかこんなところで会えるなんて」


 京子は丸みを帯びた輪郭と低い背丈に加えて温かみのある声質をしていた。そのおかげか全体的に朗らかな印象を受ける。ベージュのコートにネイビーのロングスカートという格好をしていた。


「早速、リハーサル始めようか」


 誠司が手を叩いて皆に呼びかけると、場の空気が締まった。まるで劇の演出家のようでどことなく気にさわる。しかし、実際この面々の中で最も舞台経験があるのは、誠司なのだから仕方ない。地方のヒーローショーを舞台経験と称して良いのかは分からないが。


 誠司の合図を皮切りに学生たちが、カバンから紙の束を取り出した。


「まあ、皆練習してきてもらってるだろうし、舞台の方で立ち位置とか動きの流れを確認する感じで」


 学生たちにはあらかじめ台本が渡されており、今回のショーに向けて既に練習を重ねてきたようだった。これも、地域振興事業の一環なのだろう。


「ちなみに、衣装とかって……」


 ショートカットの女子学生が小さく手を挙げてから聞いた。


「もちろん、こっちで用意してるよ。ほら、あそこの」


 誠司は社用車の辺りに積まれた衣装ケースを指さす。


「あ、ありがとうございます。それで、更衣室とかって」


 同じ女子学生が辺りを見回す。そこにはだだっ広い空白が横たわっているだけで、当然更衣室など存在しない。


「ついたての…… ってわけにはいかないか。どうしよう」


「えっ? 誠司さん考えてなかったんですか? 前に言いましたよね」


 育がムッとした表情で誠司に詰問する。


「いやぁ、ごめん。これまで基本、地元の友達だったし、野郎しかいなかったからさ」


 誠司は首の後ろを掻きながら、眉尻を下げる。


「はぁ、てっきり市役所の一室とか借りてるのかと。で、どうするんですか?」


「うむ。車の中くらいしか思いつかんな」


 いつの間にかサングラスを外していた会長が、考えた末になんとかひねり出したような顔つきで言う。


「それしかないか。今から部屋借りるのも厳しそうだし」


 育は肩を落とすと、せかせかとついたての方へ歩き、賢太たちに手伝いを求めた。


「とりあえず、このついたてで車の窓の部分ふさぐから」


 ワンボックスの社用車は、後部座席とトランク部分の窓は黒いスモークフィルムのおかげで中が見えない。しかし、運転席とフロントガラスは無色透明であるため、中が丸見えになってしまう。


 賢太たちはついたてを運び車の運転席、助手席、前面の3方向に設置した。


「男どもはあっち行った。しっし」


 払いのけるような動作で追い返された賢太と誠司と3人の男子学生は、舞台袖に残った数個のついたての後ろに隠れる。賢太は音声ファイルの確認を行い、誠司と男子学生たちは衣装に着替え始めた。


「男女平等の道のりは遠いな……」


「ああ……」


 哀しい目をした男子学生は、とぼとぼと学校指定のコートを脱いでいた。


 *


 衣装に着替え終わった演者たちが舞台前に集まる。イサギヨライダーにふんする誠司の胴体には硬い材質の装飾と肩パッドが取り付けられていて動きにくそうだ。下半身は上半身よりもシンプルでそれらしい装飾は深緑色のすね当てくらいだ。声の通りを気にしてか、マスクは付けていなかった。


 雑魚敵役は男子学生2人、女子学生1人の内訳でハンチング帽といかにも手作りという感じのマントを羽織っている。以前、動画で見た時はショッカーのような覆面マスクを被っていたが、これは学生が参加するということから顔が見えるよう配慮した結果だろう。マントの下の黒タイツがかろうじて雑魚敵っぽさを担保している。


 他には、女幹部役の女子生徒1人と総統役の男子生徒1人がいる。雑魚敵役の3人と比較すると多少豪奢な格好ではあるが、予算の都合かテレビで見るようなコテコテの装飾はほとんどついていない。この2人についても顔を判別できるよう、マスクなどは付けていなかった。


 早速リハーサルが開始され、賢太は指定されたタイミングで指定された音声ファイルを再生する仕事をこなしていった。それにしても、例の動画を見た時から思っていたが、音源がダサい。特に殴った時の「バシッ」というSEがひどい。YouTuberがツッコミをした時に鳴るような音で致命的だ。


 リハーサルが一時中断し、小休憩に入った時思い切って誠司に声をかけた。


「誠司さん。すみません。使ってる音源なんですけど。なんかダサくないですか?」


「はは。そりゃ皆思ってたね。音響担当はずっと親父だったから、あんまりセンスないんだ」


 ついたて裏に設置されたパイプ椅子に座りながら、誠司は笑う。


「さっき、フリー音源のサイト探してたんですけど。これとか」


 そう言って、賢太は先程見つけた新しい音源を再生する。「ドゴッ」という重くて痛々しい印象を与える音源だ。


「おお! 絶対そっちの方がいいよ。今から変えられる?」


「ええ」


「いやぁ、良かった。これでクオリティは爆上がりだ。賢太くんがいてくれて助かった。他にも良さそうな音源あったら、勝手に入れ替えて大丈夫だから。音響監督なんだからね」


 誠司は口角を上げながらそう言うと片手を上げて、颯爽と舞台へと戻っていく。


「じゃ、リハーサル再開しようか。女幹部の場面からね」


 学生たちに的確な指示と助言をする誠司を見ていると、やはり彼はこの仕事に誇りを持っているのだと再確認した。イサギヨライダーは父親から強制的に跡継ぎをさせられて、観光協会にも嫌々働いているのだと思っていたが、とてもそうは思えない。イサギヨライダーを演じている誠司は、今まで見た中で一番輝いている。


 *


 リハーサルも終わり、ちょろちょろと観客がやってくる時間になると、演者たちはついたての後ろで身をひそめるようにしていた。舞台を挟んで向こう側のついたての裏にいる学生たちが見える。寒さに加えて緊張の影響もあり、手を擦り合わせながらそわそわとした様子だ。


 本番の5分前、賢太は観客席を覗いてみた。演劇部の友人と思われる高校生くらいの年齢層が数名。そして、親子連れが数組。15脚用意した客席はほとんど満席だった。イサギヨライダーのファンは案外多いらしい。

 客席エリアの少し後ろには、カメラを構えた中年の男性とスーツ姿の男性の2人組がいた。一瞬、ご当地ヒーローオタクかと思ったが、おそらく市役所職員とカメラマンだ。地元の高校生が参加するご当地ヒーローショーは広報として申し分ない。


 しかし、何より目を引いたのが、広場のかなり奥の方、ほとんど道路に面しているほどの位置に佇む1人の人間。それは、動画で見た通りに全身黒づくめでサングラスとマスクをしていた。育が黒井さんと呼ぶ、その人物が今回の公演にもやってきたのだ。

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