第13話 同窓会があったなんて聞いてないんですが。

 テキストは確かに存在している。しかし、その記事は存在しない。賢太の作った収集プログラムは存在しない幻の記事からテキストを抽出しているのだ。


「いさぎよシティって今は誰が管理してるんですか?」


 賢太の父である孝もいさぎよシティへ記事を投稿した経験があったが、厳密には記事の執筆だけで投稿作業は観光協会の職員が行っていた。


「はい、私ですが」


 渡会はキーボードを叩く手をぱっと止めると、賢太と目を合わせた。澄んだ瞳をしているがその奥にある本心はうかがい知れない。


「くわ助の件で調査してると、4年前に謎の記事があるらしいんですよね。サイトからは見れないんですけど」


「4年前ですと、おそらく前任者の沢田さんかと」


 初めて聞く名前だった。


「そうだね。沢田さん最近元気なさそうだけど、大丈夫かなぁ」


 誠司が缶コーヒーをすすりながら答える。すると、ぼうっとした表情から一変して何か思いついたように目をパッと開いた。


「沢田さんなら、何かいい案思いつくんじゃない? あの人、事務以外にも企画とかしてたじゃん」


 誠司は勢いよく立ち上がると、事務所の電話がある方へ向かった。オフィスチェアがコロコロと転がって、後ろの棚にぶつかり甲高い音が響いた。


「うーん、出ないな。基本ずっと家にいるはずなんだけど」


 誠司は肩をすくめて、壁掛け時計を見ている。少し嫌な予感がした。


「賢太くんと育ちゃん、見に行ってくれない? 心配だからさ。ついでに色々話も聞けるんじゃない?」


 時刻は午後の3時を回っていた。今日は朝から市役所で管轄外の会議に参加するはめになったかと思えば、誠司と会長の親子喧嘩を見せられ、今度は見ず知らずの沢田という人物のもとへと向かわなければならないのか。乗り気ではなかったが、育はどうやらそうでもないようだ。


「そうですね。私、沢田さんとまだ会ったことないんですよね。すごい優秀だって噂は聞いたことあったんですけど」


「でも、急に行って迷惑じゃないですか? 時間もちょっと遅くなりそうですし」


 何とか沢田宅の訪問を翌日以降に延期させたい。しかし、そんな願いもむなしく誠司はあっけらかんと言った。


「沢田さんの家、ここから歩いて10分くらいだから留守ならそれはそれでいいよ」


 いいよ、とは一体何がいいのか。だったら、誠司本人が行けばいいだろうにとは口に出さない。育は、既にファイルに挟んだ資料をビジネスリュックに詰め込んでいた。


「じゃ、行こうか」


「ああ…… うん」



 外は薄墨うすずみ色をべた塗りしたような空模様で寒々しかった。2月の冷たい空気は自身の体と外界との境界をくっきりさせる。2つの白く吐いた息が交互に溶けていく。


「そういやさ」


「うん」


「成人式ってマツケン来てた?」


「いや、いってない」


「どうして?」


「どうしてって、何というか……」


 時間がなかった、だとか無駄だとか色々言い訳はあったろうが、結局のところ単純に空虚な時間になることが分かりきっていたからだ。今でもかかわりのある地元の友人など1人もいない。それなのに、大学の知り合いには成人式に行ったとなぜか嘘をついてしまった。そして、そんなくだらない見栄をはってしまった自分に失望した。


「同窓会も来てなかったしさ」


「えっ? 同窓会? 小学校の?」


「そう」


「存在すら知らなかったよ」


「まあ、成人式の時に皆連絡先交換したからね。マツケンも誘えばよかった」


 少し突き放したような言い方がやけに耳に残った。仮に誘われたとしても、同窓会に参加したかは分からない。育以外の同級生はほとんど名前すら覚えていなかった。


 しばらく無言のまま、2人の足音が場を支配した。自動車の走行音が遠くから聞こえる。倒壊しかけている空き家の横を通り過ぎた。玄関口にはモニターがひび割れた分厚い旧型のノートPCが不法投棄されている。そこで、ふと小学生の頃の思い出が蘇ってきた。


 *


 小学2年生か3年生の頃、両親がノートPCを購入した。当時はスマートフォンもなかったので、インターネットで調べ物をするにはPCを買うしかなかった。

 8万円ほどの今から考えるとさほど高性能でもないものだったが、当時はハイテク機器がやってきたと両親が妙にはしゃいでいたのを憶えている。両親がいない間、賢太が暇しないようにという想いもあったらしい。インターネットの危険性は特に把握していなかった。


 早速、セットアップを行ったが父も母も機械音痴だったことが災いしてまるで上手くいかなかった。このままでは高価な置物になるかもしれないと両親は慌てふためいていた。

 賢太はそんな2人の助けになろうと、セットアップ用の説明書を開いたが難しい漢字ばかりでまるで内容を理解できなかった。顎に手を当ててPCの画面を見つめても、日本語ですらないその画面に書かれている内容を理解できるはずもなかった。結局、両親はそのPCを購入した電気店に持ち込んで何とか、セットアップを完了させた。


 賢太は普段忙しい両親の助けになりたい思いで満ちていた。しかし、小さな体で出来ることはそう多くなく、加えて手先が恐ろしく不器用なのも相まって何か手を出すたびに、親の仕事を増やした。

 賢太は次第に自信を無くして手伝いを申し出なくなった。善行には能力が必要であり、無能は優しくあれないのだと絶望した。


 その後、2人がPCを使うことはほとんどなく、賢太は四苦八苦しながらたどり着いた子供向けのフラッシュゲームに陶酔した。PCに関する知識はあっという間に両親を超え、頼りにされるようにもなった。運動が苦手だった賢太は知識こそが自分の生きる道だと悟った。


 *


「あっ、ここだ」


 玄関の横には沢田と書かれた表札が掲げられている。木造二階建てのこじんまりとした家だった。築年数もかなり経っていそうだ。玄関先にはパンジーの花を植えた鉢がひっそりと置かれている。黄ばんだ真四角の玄関チャイムのボタンを押すと、家の中からピンポンという機械音が聴こえた。しかし、反応はない。


「やっぱり留守か」


 まったく、昼間の打ち合わせと言い今日は徒労続きだ。そう思い、引き返そうとした瞬間、家の中でガタっと音がした。


「あっ、いるっぽいよ」


 育がこちらを向いて引き留める。何度か足音がしてから、ガラガラと音を立てて引き戸が開かれた。

 現れたのはカーキ色のブラウスを身にまとったごく普通の年配の女性だった。ただ一点、VRゴーグルを付けているという点を除けば。

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