第12話 『いさぎよシティ』の謎

 観光協会本部へと戻った2人は誠司に結果を報告した。秀樹に対する違和感については話さなかった。家族である育がいる場でその話をするのは何となく気が乗らなかったためだ。誠司は2人の報告を頬杖をつきながら聞いていた。


「そりゃまあ、すぐに名案は出ないよね」


 残念そうに聞こえる口調にはどこか安堵に似た感情が含まれているように感じた。自分が苦労して考えつかなかった打開策を、若年の2人が容易に提案できてしまえば立つ瀬がなくなるからだと邪推したが、本心は不明だ。他人の表面的な言動から本心を推測するのは得意ではない。


「こんにちはー、お届け物です」


「ごくろうさん」


 受付の方から会長の声が聞こえる。しばらくすると、会長が段ボール箱を抱えて事務室へとやってきた。


「キーホルダーが届いたぞ」


「結構早いな」


 言いながら誠司は段ボールを手早く開封する。中には、アクリル樹脂で挟まれたくわ助のイラストに金属製の金具が取り付けられたキーホルダーがいっぱいに詰まっていた。


「陳列用のスペース作らないとな」


 誠司がキーホルダーを1つ1つ確認していると、そばに立っていた会長が口を挟んだ。


「前にも言ったが、販売はせんからな」


「嘘だろ? 現物はここにあるんだぞ?」


 誠司は珍しく語気を強める。職場の上司に対してではなく父親への口調だ。


「くわ助の公開も地元連中に頼まれたからやっとるだけで、元々くわ助プロジェクトは一時中断する予定じゃったろう。不具合の出てるもんでお金なんて取れん!」


「だったら、これの販売も頼まれたら許可するのか?」


「そうじゃの」


「はあ」


 誠司のため息とともに気まずい沈黙が訪れる。


「すみませーん」


 受付の方から知らない女性の声が聞こえると、会長は足早に向かった。くわ助に関するやり取りがうっすらと聞こえる。ここ数日の間に観光協会を訪れた人の大半はくわ助目当てであり、その反応も意外と好評だった。その状況に賢太は少し複雑な思いを抱いていた。


「親父は人の話を聞かないんだ。特に俺のはね」


 誠司が伏し目がちにぼそっと呟くと、くわ助のアクリルキーホルダーを再び段ボールへと詰めなおしていく。先ほどの会議中に聞いたシオカランというゆるキャラのことを思いだした。きっと、あのキャラクターが発案されたときも誠司は反対したのだろう。そして、あっけなく却下されたのだ。


 過去の誠司に同情の意を示しつつも、本来の責務を全うするため、ノートPCを立ち上げる。結果として徒労に終わった会議に駆り出されていたわけだが、賢太は見えないテキストを探しださなければならないのだ。とはいえ、もう一度記事を初めから順番に見ていくのは骨が折れる。


 何かいい案はないかと考えていると、とある方法を思いついた。思いついたというのもはばかられるほど単純なものだが、ブログの全記事を取り込んだ上でテキストファイルに変換すればよいのだ。なぜこの程度のアイデアが浮かばなかったのか、自分を恥じる。


 早速、賢太は作業に取り掛かる。と言っても、記事の内容を抽出するプログラムは既に存在する。くわ助のファインチューニング用に作成したものを数行変更し、ものの数分で目的のプログラムは完成した。


 実行を開始し、しばらく待つ。渡会が無言でキーボードを叩いているのが目に入った。そういえば、渡会とはほとんど会話をしたことがない。なんなら、賢太以外の職員とも会話しているのをあまり見かけない。育が時折、半ば無理やりに話しかけることはあるが。


 お土産コーナーの方からは、今も数人の声が聞こえる。いつも井戸端会議をしている常連の話し声と、くわ助を触ってはしゃぐ誰かの声が混ざっている。誠司が言うには、くわ助を設置してから潔世せんべい等のグッズの売り上げも少し伸びたそうだ。

 これは、くわ助プロジェクトが成功しているとも言えるが、その実、来訪する人の大半は、反抗的なAIbotというイロモノ目当てである。もし、賢太がくわ助を修正してしまえば、誰も見向きしなくなるのではないかと思うと、今自分のしていることはむしろ観光協会にとって不都合であるとも考えられた。


 ノートPCの画面は処理の終了を告げていた。生成されたテキストファイルを開くと、メモ帳アプリが立ち上がる。四角いウィンドウいっぱいに文字が羅列している。コントロールキーとFキーを押して、文字列検索を行う。くわ助が使っていた過激な語彙を検索して何か引っかかれば、原因はこのブログにあったということになる。


“滅ぼす”


 検索。ヒットなし。


“人類”


 検索。ヒット。しかし、これは駅前で平和都市宣言が行われた際の記事で、“人類の平和を願い”云々という内容のものだ。もっと、明らかにネガティブなワードの方が良いだろうか。


“くだらない”


 検索。ヒット。


“この街は本当にくだらない連中が多い。市役所の連中は皆、頑固な老害ばかりだ。”


 あった。悪意に満ちた文章だ。とても、観光協会が運営するブログの内容とは思えない。この記事が投稿された日時を確認すると、4年前の4月7日に投稿されている。


 新しくブラウザを開き、ブックマークしていた「いさぎよシティ」へと遷移する。古い作りのサイトだが、投稿日時でフィルタリングする機能があるため、それを活用し指定の時期に投稿された記事一覧を閲覧する。

 すると、4月1日に潔世商店街で新しいパン屋がオープンしたという記事が投稿されていた。そして、その次に投稿された記事は市内の公園で防犯教室が開かれることを知らせる記事だった。投稿日時は4月8日。

 つまり、4月7日に投稿された記事は

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る