第7話 奇想天外!暴走AI

 その後、会長は老婆たちからの冷ややかな視線の中、イサギヨライダーというご当地ヒーローの魅力を熱弁した。会長曰く、彼女たちのうちの1人とは昔馴染みらしく、イサギヨライダーのヒーローショーに手伝いとして参加したこともあったそうだ。しかし、ある時から突然イサギヨライダー批判を始めたらしい。

 イサギヨライダーとやらはいつから活動しているのか、なぜ老婆は突如アンチになったのか、いくつか疑問はあったが直接聞くことは出来なかった。


 やっと、会長から解放されたと思えば、今度はまた別の老人集団がやってきて、これまたくわ助を触っていった。そして、その流れでなぜか賢太によるスマホ講習会が始まり、時計を見れば昼休みからゆうに2時間は経過していた。


 へとへとになりながら、事務室の扉をくぐる。


「お疲れ~」


 育はこちらを振り向くと軽く手を振る。その顔には哀れみが多分に含まれていた。ため息をつきながら、オフィスチェアに腰を下ろす。


「高齢者向けのスマホ講習会でも開催すれば、もっと人集められるかもな」


 人の苦労も知らずに、誠司はそんなことを口にする。


「勘弁してくださいよ」


 賢太はスマホを始めとするデジタル機器の使い方を理解できない高齢者たちに対して不憫な思いを抱きつつ、しかし同時にほんのわずかな苛立ちも感じていた。応用的な操作ならともかく基礎中の基礎、それこそ携帯ショップで配布されるガイドにも載っているである操作が分からないと言われると、初めから理解する気がないのではないかと思ってしまう。


 賢太がこの街を去りたいと常々思っている理由に、この中高年特有の諦めに満ちた空気がある。多くの市町村と同じく老年人口が急激に増加する潔世市には、何か特有の空気が流れている。それは、明らかな絶望感というより平穏で淀んだ停滞とも呼べるものだ。

 昨日も今日も明日も、同じような日々がひたすらに続いていくと、住民の皆が漠然と考えている。良い方向にも悪い方向にも変化なんて起き得ないと本気で思っている。

 賢太は、そんな雰囲気を心底嫌っていた。駅前の商店街も市内の学校も確実に老いているのに、目をそらしたように誰もそのことに言及しない。たまに最近の衰退具合を語り始めたかと思えば、総じて昔の華やかだった時代の思い出話とセットだった。


「誠司さんの体操教室とかどうです?」


 育はキーボードから手を放して言った。


「どうして俺が」


「だって、誠司さん大学時代例の部活入ってたんでしょ?」


「ん? ああ、アクロバティック演劇部ね」


「だっはっは、何回聞いても面白いね」


「おいおい、真面目な部活なんだから」


 気兼ねない会話から2人の関係性が見てとれる。育は働き始めてから1年も経っていないはずだが、すっかり観光協会の職員たちとも、常連の客たちとも良好な関係を築いているようだった。それはやはり育の持ち前の明るさに起因している。


「それより、くわ助のパンフレット、ちょっと変更した方がいいかもな」


「こないだ作ったデモはどうします?」


「まあ、あれベースにする感じかな。そっちの方が楽だし」


「いっそのこと、今の方が売れるんじゃないですか? 噂を聞きつけて、初めてここに来る人も結構いますし。“奇想天外! 暴走AI”みたいな見出しにして」


「ちょっと待って。それは止めてくれ。あの挙動は意図的なものじゃないから、何が起きるか分からないんだ」


 賢太は思わず口を挟む。暴走AIを売りにするとしても、せめてそういう仕様として正式に実装してからでないと落ち着かない。


「えー、いいと思ったんだけどなぁ」


 育はそう言って唇を尖らせる。


 そこで、ふと観光協会には淀んで停滞した空気が薄いことに気が付いた。観光客を呼び込むことを目的とした組織なのだから、当然なのかもしれないが。

 しかし、お土産コーナーで井戸端会議をしている老婆たちや、どことなくやる気のなさそうな誠司なんかはゆるんだ地方の雰囲気を存分に反映している。それでも、不思議と賢太はこの空間に居心地の良さを感じていた。


「あれ? 育ちゃん、こないだ作ったデモってどこに置いた?」


「えっ? くわ助関連のフォルダに入れたはずですけど」


 隣で、育が画面に顔を近づけてマウスをカチカチとクリックしている。


「あれ? おかしいな」


 わずかに震えたその声は、隣の賢太にしか聞こえないほど小さかった。育の様子は明らかに普段のそれとは異なっていた。マウスをクリックしては、首をひねり、またクリックしては首をひねる。顔色が徐々に悪くなっていき、鼻息も少しずつ荒くなってきた。


「あ、あの。すみません。保存し忘れてて、データないかもしれないです」


 キーボードの上に置いた手が小刻みに震えている。唇をかんで、深い呼吸をすると泣きそうな目で誠司のことを見た。


 その姿を見た誠司は目をぱちぱちさせてから


「ああ、いや…… また作ればいいし、ただのデモだったから気にしなくていいよ」


 と首に手をあてて言った。


「すみません。すぐに作り直します」


 ほんのついさっきまで、陽気に見えていた育の表情は一瞬にして、体調不良の新入社員のようになった。賢太は誠司と目が合う。すると、唇を引き結んで微笑してから目線を自らのPC画面に戻した。


「本当に全然無理しないでいいからね」


 最大限の配慮をしつつも、どこか踏み込み切れないような声だった。くわ助のパンフレットに関する話は自然と立ち消えて、気まずい沈黙だけが残った。


 賢太にとって、小学生の頃の育は明るい快活な少女そのもので、内気な賢太の手を引っ張って日向に無理やり連れだす存在だった。

 耳に挟んだ話では、少なくとも短大を卒業して、東京で就職するまではそんな様子だったらしい。今年に入って偶然再会した時の育の姿は、外見上の陽気さはそのままでも会話の節々からどこか仄暗さのようなものを感じた。

 賢太は遠い昔のような、あるいはつい昨日のような小学生の頃の記憶をさかのぼる。

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