第4話 本当にAIの反乱だったらどうする?

 幼馴染といえど、漫画のように昔からずっと仲良しという訳ではない。育とは小学生の頃こそ仲が良かったが、中学高校と年を重ねるにつれなんとなく気恥ずかしさがまさっていき、次第に顔を合わせなくなった。


 短大を卒業した育は賢太よりも2年早く社会人として、この片田舎から巣立っていった。

 と思いきやその1年後には、とある事情で帰ってきた。賢太はちょうど大学4年生になったころで、偶然駅前で育と鉢合わせた。一応、思春期は過ぎていたおかげで、一時期ほどの気まずさもなく、それからたまに連絡を取り合っている。


 *


 育が観光協会で事務の仕事をしているのは聞いてはいたが、実際目の前にすると少し違和感を感じる。今でも、賢太は育に対して小学生の頃の快活な少女というイメージを持ってしまっている。


「話には聞いてたけど、まさか本当に1週間で完成させるとはね」


「他人事だと思って」


「実際、他人事じゃん」


 知り合いとの気兼ねない会話に少し安堵する。会長との会話はそれだけで体力が持っていかれる気がする。


「で、何? 電話番号だっけ?」


「ああ、そうそう。LINEアカウントが必要だから」


「ここの。観光協会の電話番号使えばいいんじゃない? ですよね会長」


「よく分からんが、まあいいだろう」


 育の会長への態度から見るに案外、観光協会の職員たちからは親しまれているのだろうか。遠慮のない育の口調に対して会長が気を悪くした様子はない。


 賢太は、新たなLINEアカウントを作成した上で、QRコードを読み取らせ、AIbotを友達登録した。


「あっ、そういえばAIの名前決めたからアカウントの名前もそれにしてもらっていい?」


 賢太がタブレットを会長に返そうとした時、育は思い出したように言った。


「名前あったんだ」


「そう、くわ助っていうの。ほら、イラストも作ったんだよ。結構うまくいったと思うんだけど」


 そう言って、育は受付窓口のあたりに置いてあった画用紙を手に取って賢太に見せた。そういえば、育は昔からよく絵を描いていた。


「それは、可愛い…… かな。ギリギリ」


「潔世って一応くわいが名産品でしょ。だから、この頭の形がくわい要素ね。それで、アヒルの鳴き声がくわって感じだから。体はアヒル」


「なるほど」


 潔世市は名産品として「くわい」というマイナーな根野菜のことを推している。しかし、20年近く潔世市に住んでいるが、実物のくわいを見たこともなければ食べたこともない。本当に名産品なのか疑問である。


「返信の語尾にくわっを付けてって言ってたのはそういうことだったのか」


「そそ」


 くわ助を作成する際にいくつか設けられた条件の1つにようやく合点がいった。


「ところで、ここってWi-Fiある?」


 LINEを利用するためにはオンライン環境が必要だ。


「うん。これがパスワードね」


 育が受付の裏手から1枚の紙を取り出し、それを賢太に手渡した。賢太は、一応それをスマートフォンで撮影した上で、パスワードをタブレットに入力しWi-Fiに接続した。くわ助の稼働に必要な作業は終えたため、今度こそ会長にタブレットを手渡す。


「うむ」


 会長は丁重に受け取ると、重々しく頷いた。


「じゃあ、僕はこれで」


 1週間に渡る重労働をやり遂げた達成感と共にその場を去ろうとする賢太に、育が声をかける。


「ちょっと待った。明日お披露目会するから、マツケンも参加して。これ台本ね」


 返事をする暇もなく、台本を押し付けられる。ちなみに、マツケンとは小学生時代に付けられたあだ名である。松田賢太のあだ名がマツケンになるのは当然の帰結だ。


「台本って言っても、ぺら紙一枚だけどね。一言二言で大丈夫だから」


 育の言う通り、台本には数個のセリフしか書かれていない。おそらく司会であろう育の挨拶の言葉と、製作者である賢太の挨拶、それからみんなでカウントダウンをするらしい。


「これって人来るの?」


「さあね」


 賢太は「もう十分に仕事はしただろう、休ませてくれ」とは言えなかった。賢太は昔から思ったことを口に出せない性格なのだ。そのせいか、基本的に育を除いて今でも連絡を取り合うほど仲のいい友人はいない。

 その育でさえ、最近、再会するまでは連絡を取っていなかったのだ。他者と本音で語り合えないから、ある一定のライン以上に人と仲良くなれない。


 結局、賢太はこれまでの人生における多くの局面と同じように、場の雰囲気に身を任せ、気づくと育と共にお披露目会の飾りつけを手伝っていた。


 *


 そのようにして、懸命に準備したお披露目会の結果は先程の通りである。賢太の意識が、今現在に戻される。誠司と育が何やら会話しているが全く耳に入ってこなかった。


「ねえ、渡会さんはどう思う? AIの反乱かな?」


 育の視線は、少し離れた席で事務仕事を行っている女性の方に向けられた。黒髪のロングで前髪が目にかかるほど長い。黒縁の眼鏡をしていて、他の職員が法被の下はラフな格好である中、渡会さんと呼ばれたその女性はきっちりスーツを着込んでネクタイまで締めている。


「役所との打ち合わせの件は大丈夫なのですか? ずいぶんとお暇そうですが」


 透き通った声音とは裏腹にその言葉には皮肉がみっちり詰まっていた。この人は敵に回さないほうが良さそうだと、賢太は無意識のうちに考えていた。


「あっ、そうだった」


 本当に大事な仕事を忘れていたらしい育は慌てて、自分の席に戻るとキーボードを叩き始めた。その様子を見て、賢太はちゃんと働けているのか心配になったと同時に安堵もした。なんせ、育は過去にがあったのだから。


 しばらくの間、キーボードの打鍵音とオフィスチェアの軋む音が時折聞こえる空間で居心地の悪さを感じながら待った。

 事務室にはオフィスデスクが7つ置かれており、その内6つは2×3の組み合わせでそれぞれのデスクが向き合って設置されていた。最後の1つはこれら6つのデスク全てが見渡せる少し離れた位置に置かれていた。おそらく会長の席なのだろう。


 事務室と受付スペースの間は扉が取り払われたのか、直接行き来できるようになっている。そのせいで、時折お土産コーナーでの話声などが事務室にも聞こえてくる。


「手が空いたら、お披露目会用に改造した部分、元に戻さないと」


 背を伸ばしながら、育は独り言ちる。自分も手伝おうかと言おうとした時、事務室に会長が戻ってきた。


「話を聞いてきたぞ」


 興奮した様子の会長は、賢太の近くまでずんずんと近寄ってきた。


「どうだった?」


 息子である誠司がPCの画面から顔を上げて言った。


「どうも、最近看板を建て替えたららしい。それで、まだ新しいのに故障するのはおかしいんじゃないかと言っておった」


 機械の故障率は設置当初と経年劣化の2つの時期で上昇する。すなわち、新しいからといって故障しないとは限らない。ちなみにこの故障率のグラフはバスタブ曲線と呼ばれている。大学で学んだことも役に立つものだ。


 しかし、看板の電灯なんて物理的に制御されるものであって仮にAIの反乱が実現したとしてもアクセスのしようがない。それこそ、人型のターミネーターがスイッチを直接押すくらいしか。


「その新しい看板はスマホから遠隔操作できる機能があるらしくての」


 そうなると話は変わってくる。

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