第23話「燃焼する過去」
扉を抜ける。熱風が叩きつけられ、思わず顔を背けた。
「––––んだよ、これ!?」
悪態。炎がこれほどに眩しいとは知らなかった。周囲を火で囲まれている。目を開けていられない。壁、床、天井……赤と黄色の入り混じる炎がそこら中で渦を巻いている。
なんだって火事の真っ最中に乗り込んでんだよ、俺は。ルスティカーナのとこに行こうとしたのに。
ようやく目が開くようになって、周囲を確かめ、俺はハッと気づいた。
この部屋を俺は知っている。
塔からの扉をくぐったときに、最初に繋がった場所だ。あの時もわけが分からず、俺はただ移動したが、二度目ともなれば意味が違ってくる。
「……ここにいるのか?」
俺は周囲に目を走らせた。ソファ、壁の絵画、キャビネット……すべてが燃えている。
その時、背後の扉が吹き飛んで炎が飛び出した。それは俺を飲み込むように膨らんだ。
「なにを探しているのです?」
光の粒子が舞うのと同時にエアリアルが姿を現し、その炎を風で跳ね除けた。涼しい顔で俺の肩にちょこんと座る。
「俺、お前みたいになりたいわ」
「奇妙な願望ですね。気持ちわるいです」
「率直な感想をありがとよ。そのまま守っててくれるか。奥に行きたい」
エアリアルは返事もせず、指を振るった。炎が左右に分かれ、奥へと続く道が生まれる。俺はできるだけ急いで、けれど何も見逃さぬようにと目を配りながら進む。
広い部屋だ。奥の間に繋がる仕切り扉が開いている。俺はその扉から顔を覗かせた。
そこは寝室になっていた。天蓋から垂れた薄衣の布がでかいベッドを囲っている。すでに半分以上は燃えている。
誰もいない、と落胆と安堵を混ぜ合わせたとき、ベッドの向こう側の床に何かが倒れているのが見えた。それはドレスの裾であり、足だった。
俺はすぐさま部屋に飛び込み駆け寄る。人が横倒れている。
「––––ルスティカーナ!?」
そばに寄って、膝をつく。助け起こそうにも、怪我をしているかもしれない。
急に触れることもためらわれて、俺はただ声をかける。二度、三度と呼びかけると、まぶたがかすかに震えた。
「……ぅ、だれ……」
「おい、大丈夫か! 俺だ、プロスペローだ!」
「ぷろ、すぺろ、さま……?」
よかった、生きてる!
ルスティカーナの身体を確認するが、ドレスに血の染みは見当たらない。怪我はないように思える。意識が朦朧としているのは、煙を吸いすぎたせいかもしれない。
恐る恐る背に手を入れ、ゆっくりと上半身を抱き起こした。それから膝の下を持ち上げるようにして立ち上がる。少女の身体は風のように軽かった。
「もう少し頑張れよ、すぐに出してやるからな」
「……まあ、ふ、ふ」
「なんで笑ってんの!? おい! しっかりしろ!」
「だって、まるで、おとぎ話みたいで……」
「お、おとぎ話?」
戸惑う俺を、ルスティカーナは腕の中で見上げている。こんな状況だっていうのに、少女は力なく微笑んでいる。
「もうだめ、ってあきらめたら、魔法使いさまが、たすけに来てくださったんですもの……すてきなお話、です」
「……変わったお姫さまだな。いや、元気ならいいんだけど」
調子が出ないというか、気が抜けるというか。
まあ、いい。さっさと出よう。
手近な扉はすでに焼け落ちている。部屋を出るが、廊下には黒煙と炎が充満していて、人が通れたものじゃない。その都度、風で吹き飛ばしながら、駆け足で進む。
やがて窓が並んだ回廊のような場所に出た。外が見える。手近な窓枠を風の槌で吹き飛ばすと、ちょうどいい退路ができた。そこを抜ける。
外は夜だった。熱気も、煙も後に置いて、俺たちは屋敷の庭に出た。振り返ると、屋敷自体が盛大に燃えている。
「おい、大丈夫か? 助かったぞ」
「……はい。ありがとう、ございます」
庭に避難していた屋敷の人間たちが俺に気付いたのか、遠くから走ってくるのが見えた。
王女さまの屋敷だ。世話人も医者もいるだろう。ここに不審者の俺が残っているほうが話がこじれそうだ。また牢獄に押し込まれても困る。
俺は芝生の上にそっとルスティカーナを横たわらせた。
「すぐに人が来る。ゆっくり休めよ」
離れようとすると、服が引かれた。ルスティカーナが俺のローブを弱々しく掴んでいた。何かを言いたげに俺を見ているが、言葉らしい言葉は出ず、ただ、彼女は微笑んで服を離した。
どうしてか離れ難い気持ちを持て余しながら、俺はルスティカーナの乱れた前髪を直し、立ち上がった。
「元気でな」
大人たちがもうそこまで駆け寄ってきている。
俺は三歩ほど後ろ歩きで下がり、そこで身体を反転させて走り出した。
「置き去りでよろしいのですか?」
とエアリアルが訊く。
「命は救ったはずだ。これで大丈夫、だと思う」
「だと思う」
「仕方ないだろ、確証はないんだから。元の場所に戻ればわかるだろ」
「なぜですか?」
「ルスティカーナが助かれば、墓は必要ない。あの墓地はなくなってるはずだ」
「そういうものですか?」
「常識だろ。SF映画観たことないのか?」
「えすえふ」
屋敷の外周を走りまわり、なんとかまだ燃え尽きていない扉を見つけた。元の場所––––未来に帰ると意識して扉を開き、俺は飛び込んだ。
一瞬の浮遊感と、光。
次に目を開けたとき、そこは静かな夜の庭園だった。そのまま走る––––朽ちた花壇、荒れた東屋。そして、ルスティカーナの墓は、まだそこにあった。
俺は地面を蹴飛ばし、墓の前にしゃがみ込んだ。
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