第26話「海賊に明日はない」



「フラレタ、フラレタ、ワカイオトコダーイスキ!」


 幼子のような甲高い声が響いて、俺はぎょっとした。声の出どころは明白だ。口紅の老女の正面に、白髪混じりに帽子を被った男が座っているのだが、その帽子の上に乗っていたオウムが喋ったのだ。


「……本物だった」

「そりゃ本物だよ。コイツはまったく無口でね。代わりにあの口と頭の悪いバカ鳥が話すんだ」

「ウルセエ、ババア」

「いつかこのアホ鳥を喰ってやろうと思ってるんだけどねえ」


 にんまりと笑って、口紅の老女が銀貨をテーブルの中央に放る。


「それで、黒づくめのその怪しい男はどうした、ハニーゴールド。今さら男に目覚めたわけじゃあるまい」


 隣の席の男が同じだけの銀貨を置いた。つるりと剃られた頭に、紋様のような刺青がある。四角い顔に大きな鼻、がっしりとした顎に髭があって、見た目にはいかめしい大男ながら、部外者でしかない俺を見る垂れ目はどこか朗らかさがある。


「そういうお前は白づくめの怪しい男か? 男好きは僧侶に任せるさ。俺は美女の相手で忙しい」

「たしかにわしは白づくめだったな。親近感が湧く」


 大笑する僧侶のおっさんを横目に迷惑そうに見て、伯爵がトランプを伏せて中央に投げた。


「降りる。白でも黒でも好きにすれば良い。が、この場に部外者がいるのは気に食わんな。規則に反する」

「キソク、ダーイスキ! アタマデッカ」

「黙れオウム」

「ダマリマセーン! ウワノセ!」


 はしゃぐオウムの声とは裏腹に、帽子の男はまったく無表情だった。オウムの言葉に従ったのか、以心伝心とでもいうのか、男は掛け金を釣り上げた。

 ハニーゴールドは前のめりになって肘をつく。自分の役をたしかめるように二枚きりのトランプを顔の前に掲げて、他の参加者の顔を覗き見ている。


「よし、乗ろう」


 懐から取り出したのは革の小袋だった。口を縛る紐を解いて中央に投げると、銀貨がじゃらりとこぼれた。一気に掛け金を釣り上げたのだ。


「はあ、相変わらず豪気だねえ。若さってやつを見習いたいよ」


 口紅の老女はカードを放る。


「今日はやけに好戦的じゃないか。船でも襲ってきたのか」


 揶揄うように僧侶が言った。


「ああ、商人をもらってきた」

「また奴隷船か」

「俺はあいつらが嫌いでね」

「奴隷船?」


 思わず口を挟んでしまった。


「海賊には好みのやり方がある。自国の商船だけ、他国の船だけ、港村を襲う、海賊を襲う……そこの男は奴隷船を襲うのだ。海賊などといっても、もう時代遅れの稼業でな、海で儲けるのはもっぱらが奴隷商人よ。ペルジオでは内乱が続いておる。同じ国の人間同士が争い、奴隷を作り、それを奴隷商人が買い、他国に売っとるのよ」


 僧侶はカードを睨みながらこめかみを掻いている。


「時代は変わりつつある。奴隷貿易はもはや国策のひとつだ。お前の偽善は政府にとって目障りでしかないぞ」


 伯爵が吐き捨てるように言った。ハニーゴールドは表情も変えず肩をすくめただけだった。その横顔を、俺は見ている。

 ハニーゴールドは悪い海賊のはずだ。一般人の商船やらを襲っているのだと思っていた。奴隷を運んでいるとか、武器を密輸しているとか、そんな話まで聞いた。


「その奴隷商人を襲ってるってことか?」

「この坊やはね、奴隷船を襲っちゃ捕まっていた奴隷を逃してやってるのさ。もったいないことだよ、それを売ってりゃひと財産作れたってのに。代わりにアーランド商会の恨みを買うわ、政府に目をつけられるわ。もっと賢い生き方をしな」

「余計なお世話だ。自分の墓の心配をしなよ、婆さん」

「海賊が徳を積んでどうするのか、わしは不思議に思っておる。いや、その徳のおかげでお前は賭けが強いのか? ええい、乗った」


 僧侶は目の前の銀貨の山を前に押し出した。


「ムボウ、マケイヌ、ムリムリ。ドレイダーイスキ、ビンボウニン」


 オウムがバサバサと羽を動かす。その下の男は、目を閉じてカードを投げた。


「んじゃ、場に出すぞ」


 と、ハニーゴールドはトランプの束を取ると、そこから五枚を表にした。それぞれに奇妙な絵柄と文字が書かれている。知らない文字のはずなのに、俺はどうしてかそれが理解できた。ちぐはぐの感覚は、佐藤という自分とプロスペローという存在が混ざっている証のように思える。


「ううむ」


 と、僧侶は唸り、テーブルと自分の手とを交互に眺める。


「それで、今日の議題はなんだって?」

「来月の初めに、アーランド商会が大掛かりな商船隊を組む。もちろん見逃せない。お前も参加するか」


 ハニーゴールドと伯爵が顔を合わせた。


「俺を誘ってくれるのか。嬉しいな。こんなことは滅多にない」

「アーランド商会はお前を目の敵にしているからな」

「襲った罪は俺にひっ被せようって? 悪どいな」

「参加したくないなら別に構わん。あとから文句は言うな」

「政府の護衛は?」

「あるだろうな。アーランド商会は海軍への寄付にずいぶんと熱心だ」

「オマエノセイ、ビビラセテヤンノ!」

「うるせえ鳥だな」

「でかい仕事になる。わしはそれで引退するつもりだ」


 ハニーゴールドは鼻で笑って、頬杖をついた。


「引退? そんなことしてどうするんだ、あんた」

「人を殺しすぎた。どこぞの廃教会にでも籠って暮らすさ。金も稼いだ」

「生臭坊主のあんたが、今さら信仰に戻るって?」

「信仰心を失ったことはない。今でも祈っておる。お前に勝てますように」


 僧侶は自分の前にあった銀貨の山をすべて押し出した。とんでもない大金を賭けている。カードを置いて両手を結び、身体の前で印を切る手慣れた仕草は祈りの所作だった。口紅の老女がけたけたと笑った。

 ハニーゴールドは目を細めて黙っている。見ている俺まで胸が重くなるような緊張があった。大金がかかっているの見て明らかだ。


 僧侶が口元に微笑みを浮かべている。他の三人は沈黙の観客となる。ハニーゴールドは胸元に手を入れ、一枚の硬貨を取り出した。それは金貨だった。観客たちが息を呑んだ。


「貴様、やはりそれを持っていたのか」


 伯爵が身を乗り出した。冷めた目をしていた男が前のめりに熱い視線を送っている。それだけで、その金貨が何か特別なものなのだと分かる。


「これを賭けたっていい」


 指の乗せた金貨を宙に弾く。澄んだ金属の音と共に、金貨はくるくると回転しながら高く上がる。それを四人の海賊と俺が見上げていた。

 落ちてきたそれを握りしめたかと思うと、テーブルにぱちんと置く。


「勝負といこう」


 気取った笑みを浮かべて、ハニーゴールドは手にしたカードを表にして投げた。僧侶が唸るように喉を鳴らした。伯爵と口紅の老女のため息。


「アア、ヤダヤダ、ハイハイツヨイツヨイ」


 オウムの声で、俺はハニーゴールドが勝ったらしいと悟る。

 僧侶は肩を落とし、項垂れたようにしてカードを放った。


「悪いね。今日は俺にツキがあったらしい」


 テーブル上の銀貨を両手でかき集めると、それを袋に詰めていく。皮袋はゴツゴツとした形が分かるほどにパンパンになった。


「まったく憎たらしい男よ! ええい、朝までには取り返してやるわ!」


 鼻息も荒く僧侶がテーブルを叩いた。


「よもやその金貨を持ったまま帰るなどとは言わないだろうな」


 伯爵の問い詰めるような声に、ハニーゴールドは肩をすくめ、


「もちろん、朝まで付き合うさ。お前らの船までむしり取る機会は逃せないからな。でもその前に、こいつに女を紹介してやるって約束でな。こんだけ銀貨があれば朝まで楽しめるだろう」

「はん、良い船長サマだね、新入りの女の世話かい」

「そうだろう? 俺は良い船長なんだ。婆さんのとこの店を使わせてもらうよ」


 ちょいと失礼、とハニーゴールドは立ち上がり、俺の肩を叩いて一緒に歩き出す。


「……賭け、強いんだな。一瞬で大勝ちかよ」

「ああ? これか。イカサマだよ。金貨を弾いたときに入れ替えた」


 ハニーゴールドが左手の裾を捲ると、そこにさっき使っていたトランプと同じカードがある。


「……ずっりぃ」

「なんとでも。騙されるほうが悪いのさ。海賊はな」


 酒場を出ると、裾に隠していたトランプをそこら辺に放り投げ、ここまで来た道を引き返していく。


「なあ」

「なんだ、魔法使い」

「さっき言ってたのって、本当か? いや、期待してるとかじゃないんだけどな、一応」

「娼館のことか? もちろん嘘だ」

「……だと思ったよ」

「そう拗ねるな。そのつもりだったが、今日はその余裕がない」

「なんだよ、余裕がないって」


 ハニーゴールドは急に立ち止まった。俺もつられて止まる。俺たちを避けるようにして酒に酔った男たちが歩いていく。


「どうも俺は嵌められたらしい」


 とハニーゴールドが言った。


「はあ?」

「さっきのテーブルにいた奴らは、全員が名の知れた船長だ。仲間とは言えないが、政府と手を組むような阿呆じゃないと期待してたんだが……腑抜けやがって」

「裏切ったってことか? なんで分かるんだよ」

「それが分かるようになればお前も船長になれる。とにかく、今は話す時間も惜しい。急いで船に戻るぞ。すぐに出航だ」


 俺の腕を叩き、ハニーゴールドは歩き出す。酒場に来たときよりも足早に。それでようやく、俺はハニーゴールドが焦っているのだと気づいた。

 となると。


 俺はざっと辺りを見回した。そこら中に男がいる。それはみんな海賊なのだ。ハニーゴールドの言う通り、あの船長たちが裏切ったと言うなら、島の奴らは全員が敵ということになる。

 背筋が寒くなるような不安に襲われて、俺も駆け足でハニーゴールドを追った。

 


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