第23話「いや、銃器はちょっと」


 ハニーゴールドが言っていた通り、夜になってとうとう、この船は海賊の島に着いてしまった。


 俺は直前まで、キッチンで食事の配給を手伝っていた。もちろん志願したわけではなく、なし崩し的に仕方なく、である。ただでさえ狭い通路に腹を空かせた海賊水夫たちが列を作るのだ。そこを押し除けて行く度胸が、俺にはない。


 かといって手持ち無沙汰で立っているだけなのも居心地悪く、しかたなくヘンリーを手伝って皿の片付けまでやっているうちに、船は目的地に着いていたというわけだ。


 海賊だらけの島でどう生き抜くべきかを考えておきたかったのに……。

 船のあちこちで明るい声がしている。俺にとっては海賊だらけの恐ろしい島でしかなくとも、水夫たちにとって安らぎの陸地なのだろう。


 船の揺れは少なくなり、壁越しにロープが船体を擦る音や、鉄の鎖が落とされる音が聞こえた。停泊したようだ。


「今度はゆっくりできるといいんだがな」


 鍋にこびりついた汚れを藁束で拭いながら、ヘンリーが言う。


「ゆっくりできない理由があるのか……?」

「そりゃ海賊だからな。海賊連合だ協定だと立派な名前をつけちゃいるが、どいつもこいつも食わせ者さ。何かありゃぶつかるし、ぶつかりゃどっちも引かない」


 ヘンリーは肩をすくめた。そして俺に顔を向けると、


「あんたは島に降りるんだろう? 余計なことに巻き込まれないように気をつけな」

「気をつけるって、どうやって?」


 俺は疑問に思ったことを素直に訊いただけなのに、ヘンリーは唇を歪ませ、呆れた様子で俺を見る。ため息をひとつこぼして、壁の上部に掛けられた深底のフライパンを取り外した。


「……なんでそんなとこに銃を隠してんだよ」

「海賊だからだよ」


 壁には二挺の銃が互い違いに留められていた。

 俺の記憶は曖昧だというのに、どうしてか知識がある。傘の柄を軽く伸ばしたような流線形の本体に、金属製の金具と引き金を付けたような奇妙な形。

 フリントロック式のピストルだ。海賊が使うならこれ以外はありえないと言うイメージが付いている。

 ヘンリーは一挺を取ると、俺に近寄ってきてそれを差し出した。


「海賊の島を歩くのに丸腰なんてありえない。貸してやろう」

「いや、銃刀法が……」

「銃刀法? なんだそりゃ」


 ごく当たり前の常識が俺を躊躇わせたのだけれども、もちろんヘンリーに伝わるわけがない。ヘンリーに押し付けられるようにして、俺はピストルを受け取ってしまう。

 持ち手は滑らかな木だが、銃身はもちろん冷たい金属だ。驚くほどにずしりと重い。


「弾はもう装填してある。一発撃った後は、殴れ」

「な、殴れ? これで?」

「銃を撃つような状況じゃ、再装填してる暇なんてないからな」


 ヘンリーは平然と答え、まるで近所のカレー屋の親父のように親しげな笑みを浮かべて俺の腕を叩いた。


「ちゃんと返しに来いよ。じゃあな」

「お、おう」


 顔見知りになって仕事を手伝ったおっさんにピストルを渡され、海賊の島に送り出されている。

 なんだ、この状況。


 首を傾げながらも、抵抗できない場の流れというものがある。見送られる雰囲気の中で居座ることも気まずい。

 俺は拳銃をローブの内側、ズボンのベルトの隙間に挟んだ。いや、これ、暴発とかしないよな……?


 腰元にある金属の固さと、布越しにも伝わる冷たさは、歩くたびに緊張感と違和感を訴えてくる。しかしその重さには、どこか安心感にも似たものを感じた。

 俺はいま、武器を持っている。


 銃と魔法は、どちらが強いのだろうか。

 その答えは分からないが、はっきりと分かる違いがひとつある。実体として存在するかどうか、だ。


 魔法は武器の形をしていない。杖もない。頼るべきものが見えず、不安を打ち消すための拠り所がない。


 銃の重さは、頼もしさを感じさせる。

 ローブの上からピストルを押さえながら、俺は暗い船内を歩き、階段を上がる。水夫たちはすっかり甲板に出てしまったのか、物音ひとつしなかった。


 階段の先に、区切られた夜の星空が見えた。マストといくつもの索が影絵のように浮き立っている。


 おそるおそると顔を覗かせると、潮風が髪を揺らしていった。何隻もの巨大な帆船が、夜に塗り潰された巨大な獣のように停泊しているのが見えた。


 海には小舟が何艘と浮いている。それが一心に向かう先こそが、海賊の集うトルテュ島だった。


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