幕間 魔法少女



 海賊船に放たれた砲弾が直線軌道で戻ってきたとき、フォティアは「マジか」と目を丸くした。同時にひとつの明快な事実に至った。


 あの船には魔法使いが乗っている。


 撃ち込まれた砲弾に対して、フォティアもすぐさまに呪文を唱えた。だが間に合わない。詠唱の省略、圧縮、高速化……手法の知識はあれど、フォティアにはどれも難度が高い。なにより、砲弾の速度は尋常なものではなかった。


 フォティアは焦りのままに長杖の先端を向け、中途半端な詠唱のままに魔法をぶつけたが、当然の如く砲弾を覆う魔法に干渉することはできず、へし折れて海に落ちていく船のマストの先端を眺めるしかなかった。


 甲板は騒ぎとなっている。揃いの制服の海軍水兵たちが駆け回っている。

 フォティアは被害に見切りをつけ、改めて杖を構えて海賊船を見据えた。追撃があるかもしれないと息を詰めたが、海賊船はみるみるうちに小さくなっていく。


「索を切れ! マストは捨てる! 負傷者の手当てを!」


 指示を出していた白帽子の男が、フォティアの隣に並んだ。


「あれも魔法ですか、魔法使い殿」

「魔法です。あと、あたしは修行中です。魔法使いを名乗る資格はありません」


 男は笑うと、口髭を撫でた。


「だが立派に世直しの旅をされている。今もこうして海賊退治のために魔法の力をお貸しくださった。しかし不思議ですな。海賊の船にも、魔法使いがいると?」

「間違いなく」

「魔法使いというのは、そういるものではないでしょう?」

「生きているという条件がつけば、七名です。見習いは、もう少し多くなります」

「それほど希少な存在が、偶然にもあの船に乗っている。ちょっと信じられませんな。魔法を使う者なら他にもいる。魔族や、幻想生物などの可能性はないのですか」


 フォティアは内心で感嘆した。物知りな男だ。


「魔族であれば、魔力でわかります。特徴的なんです。確かに魔法を使う幻想生物もいますが、普通の人間には管理できません。契約で縛る必要があります。知恵のある相手ほど契約は難しい。魔法使いか、その見習いが乗っていると考えるべきです」


 フォティアの整然とした回答に、男––––クラークはなるほど、と頷いた。

 横目で見習い魔法使いの姿を見る。


 年ごろも背格好も、クラークの15歳になる娘とあまり変わらない。紺色のローブと身の丈を超える樫の杖が、少女を魔法使いという存在に位置付けている。

 二つ結びにした夕陽よりも紅い髪も目を惹くが、幼さと美しさを混ぜ合わせた容貌もまた、魔法使いという神秘性を増幅しているようにも思えた。


 通常、軍船は女人禁制である。しかしこの少女は特例として、船長の客人として乗船している。

 船には老年の水兵から見習いの少年まで男ばかりであり、そこに鮮明な紅一点が加われば、少女にその気がなくとも美しさは魔性となる。


 フォティアが乗船してから、仕事も片手間にちらちらと盗み見る水兵たちがいる。クラークはその都度に睨みを飛ばして視線を追い払っているが、何度繰り返してもキリがない。


「船の状況はどうですか。すみません、防げませんでした」


 杖を抱きしめて頭を下げるフォティアに、クラークは声音も優しく答えた。


「破片で軽傷を負った者が数名いるだけです。マストの一部を欠きましたが、航行には支障ないでしょう。予備の帆もある。ただしこのままでは船速が出ませんからな、一度、港に向かうことになるでしょう。当船の任務はまだ続いております。まだしばらくお手間を取らせます」

「いえ」


 と、フォティアは首を左右に振った。


「あれは、悪い海賊の船、ですよね?」

「本国からの情報によれば、商船を襲うだけでなく、他国から奴隷を買い、その代わりに武器を与えているそうですな。その武器によって内乱が長引けば、武器の価値はさらに高くなる。戦争商人とでも呼ぶべきか」

「奴隷貿易に戦争商人……悪い存在です」


 フォティアは杖を握る手に力をこめた。紅い髪がふわりと揺れた。

 目に見えない風––––熱気を、クラークは感じる。それこそが魔力である。娘と同じ年ごろであっても、決して同じ人種ではない。隣に立つ少女には魔力が宿っている。


 それはともすれば何十樽の火薬のようなものだ。何がきっかけで暴発するかも分からない。

 船にとって火は何よりも恐ろしい。海上で火があがれば、逃げ場はない。ろうそく一本の灯りですら厳しく制限されている。波があれば厨房でスープを作ることすらできない。


 だが今は魔法使いが乗っている。杖を振るだけで、この船は燃え上がり、乗員はすべて死ぬ。15歳の少女が、その力を握っている。

 クラークは手に浮かんだ汗を隠すようにそっと拳を握った。


「我らはこの海の平和を守るために、あの海賊を捕えねばなりません」

「捕える?」


 フォティアはクラークを見上げた。黄色い瞳が細められ、男であれば誰もが見惚れる笑みを浮かべている。


「沈めましょう。悪人を生かす意味がありません」


 クラークは目を見開いた。少女の口から出たとは思えない冷酷さに言葉を失う。喉をかすらせながら、なんとか言葉を返す。


「……しかし、捕らえよという命令です」

「向こうにも魔法使いが乗っているんですよ。そんな半端なことはできません。間違いなく見習いでしょうけど、悪い奴の手助けをするなんて許せない」

「どうして見習いだと?」

「本物の魔法使いが乗っていたら、あたしたちがです」






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