第14話「やった 領地を 手に入れた ぞ」



 と、村の方から近づいてくる集団がある。

 年老いた男たちや、女性が多い。先頭には、中年の男に背負われたヒコ婆さんと、髭面の男が並んでいる。


 髭面の男だけが古びた胸当てや具足を身につけ、腰に剣を下げていた。

 物々しい見た目ながら、歩く姿に違和感がある。右足に力が入らぬようで、地面に線を引くように引きずっている。武具の重さに今にも倒れそうだ。


 先ほど道案内をしてくれた青年が駆け出して迎えに行った。

 それを皮切りに、周りの男たちも武器を放り出して駆け出した。誰もが家族を守るためにここにいたのだ。


 妻や親兄弟と笑い合う人々の中で、青年は髭面の男に手を貸そうとして鬱陶しそうに払いのけられている。


 村からの集団がこちらに合流すると、途端に騒がしくなった。

 跪いたままのジョセフィーヌを恐れる村人たちに、先ほどの一部始終を目撃していた人たちが臨場感たっぷりに語ってくれている。


 興奮と共にかじりつくように話している村人たちを剥がして、髭面の男が俺のところに向かってきた。


「……魔法使いさまが、狼を追っ払ってくれたんで?」

「俺じゃなくて、この使い魔がな」

「使い魔?」


 と、髭面の男が眉を上げた。

 ジョセフィーヌを見る目は鋭く、手は剣の柄に添えられていた。


「こいつが洞窟に棲みついていたサイクロプスだ。話してみたら悪いやつじゃない。だから、契約することにしたんだ」

「はあ、悪いやつじゃない、ですか」


 この髭面の男が重要なのだ。村長かどうかは分からないが、おそらく村を管理する立場にあるはずだ。この男を説得できるかどうかですべてが決まる。


「それに羊を襲ってもいなかった」

「魔狼が来たって話でしたな。ち、こんなところまで」

「魔狼?」

「ご存知ないので?」


 髭面の男が疑念を込めた目で俺を見た。しまった、常識だったのだろうか。

 そのとき、ふっと風が揺れて、耳をくすぐった。


「瘴気によって魔物と化した狼のことです。通常は魔境にしか生息しません」


 助かる……と内心でエアリアルに礼を伝えながら、俺は首を振った。


「もちろん知っている。魔境の外に出るのはたしかに珍しいな」

「……ええ。魔境が広がっているのかもしれません。ここ数十年も動きはなかったってのに」


 魔境が何かはよく分からないし、それが広がるとはどういうことなのかも不明だが、俺は髭面の男の表情に合わせ、深刻そうに頷いてみせた。


 仕事をする上で場の空気を読んでとりあえず話を合わせるのは必須スキルだ。お互いに意見を共有できたね、という共通認識を持つことが重要であって、中身を理解したかどうかは関係がなかったりする。


「ところでこのサイクロプスですが……本当に、使い魔になさったんで?」

「ああ。話を聞いたら、住んでた村を魔族に襲われて、行くあてがないらしい」

「はあ。話を……?」


 言うと、男は片眉を顰め、片眉を上げるという複雑な表情をしていた。

 サイクロプスと話せる、というのが信じられないのだろう。

 そこはもう、俺は当たり前ですけど、という顔で押し切ることにした。


「そこで考えたんだが、このサイクロプスをこの村の門番として置くのはどうだろう」

「も、門番?」


 戸惑った顔に、俺はぐっと身を乗り出してサイクロプスの魅力をプレゼンする。


「魔境が広がっているなら、また魔物がこの村を襲うかもしれない。今日はたまたま、俺がいたから良かったが、次回は分からない。だがこのサイクロプスがいれば、また村を守れる」


 と手でジョセフィーヌを示した。

 目を開けてきょとんとしていたジョセフィーヌだが、俺と髭面の男に見られているのが分かると、慌てて目を伏せて行儀良くする。

 打ち合わせ通りにできてえらいぞ。


「……つまり、この村を魔法使いさまの領地と認めてくださるんですかい」

「え? 領地?」


 俺は素で聞き返してしまった。


「門番を置くとは、つまりそういうことでしょう。魔法使いさまがこの村を認め、庇護下に置いてくださる。そして我々は魔法使いさまを領主と仰ぎ、税を収める」

「あ、いや、そこまでは……」


 その件につきましては私の一存では答えかねる部分がございまして、一度持ち帰らせて頂いて上司と検討をした上で改めてご返答を……と、急に口が滑らかに動き出しそうになって、慌てて口を押さえた。相談する上司はもちろんいない。


 領地?

 領主?

 税?

 それは誰が得をして、誰が損をするんだ。


「この数十年、我々は何度も塔にお伺いした。しかし魔法使いさまとは一度としてお会いできず、もはやあの塔にはいらっしゃらないのでは、と思っていた。しかし、こうして村の危難に姿を現し、今後を憂いて門番まで置いてくださるという」


 髭面の男の滔々とした語りに、周囲の村人たちがいつの間にか声を潜め、注目が集まっていく。


「我ら父祖の代より流浪の民なれど、追われ流れてたどり着いたこの地に骨を埋めたいと願っております。魔法使いさま、どうか、この村をその領地としてお認めくださいませんか」


 男は不自由な足を手で庇いながらゆっくりと膝をつき、平伏した。

 周囲の村人たちも慌てながら後に続く。俺は平伏した村人たちに囲まれ、ただひとり突っ立っている。


「どうしてこうなった?」


 見渡し、呆然と呟いた。

 こんなはずでは……。


 だが、状況に戸惑いながらも、悩んではいなかった。

 答えは明白だったからだ。

 断ることはできない。断ることに利点がない。受け入れれば、目的はすっかり達成できる。


「––––わかった。認める」


 髭面の男が顔を上げた。俺を見ている。おずおずと、周囲の村人たちも顔をあげ、互いに見合わせている。


「あんたたちは今から、俺の領地の人間だ。で、このサイクロプスが門番として村を守る。それでいいか?」

「へ、へい! ありがたいことです!」


 髭面の男が地面に頭をつけた。

 やった、と、誰かが呟いた。俺たちはもう流浪じゃないんだ、この土地に住んでいいと認められたんだ……。


 その言葉に、周囲の老人が鼻を啜った。顔を覆って泣き出す者もいた。


 彼らが背負ってきた時間と過去を、俺が分かるはずもない。何も分からぬままに安易に頷いてしまったのに、村人たちは深く感謝して俺に頭を下げている。


 それがなぜか、とてつもなく悪いことをしているようで、居心地の悪さを抱く。


「なあ、エアリアル。勝手に領地として認めるのは、まずかったか」


 頼る上司もいない状況で、意見をくれるのは妖精だけだ。小声で訊ねる。返事はまたそよ風のように耳をくすぐった。


「塔も、この山脈も、すでにプロスペローさまの所有物でございます。そこに勝手に棲みついたニンゲンたちをお認めになられただけのこと。問題があろうはずがございません」

「そうか、さんきゅ」


 気持ちが軽くなった。

 少なくとも、喜んでいる村人たちの期待を裏切るようなことにはならないようだ。


 と、ジョセフィーヌが目をぱちくりさせて俺を見ているのに気づく。いけね、放りっぱなしだった。

 俺はジョセフィーヌの足元に歩み寄り、手招きした。ジョセフィーヌが顔を寄せてくる。すげえ迫力だ。


「お前はこのまま洞窟に住んでていい。その代わり、この村にまた狼とか、変な怪物とか……要するに悪いやつが来たら追い払ってくれるか」

「まあ! お安いご用よ! ありがとうねプロちゃん! ニンゲンさんたちも! ああ、抱きしめちゃいたい!」


 ジョセフィーヌはきゃあきゃあと叫んで喜びを表現した、本当に抱きしめられたら死んでしまいそうだ。俺はそっと距離をとった。


「魔法使いさま」


 声に振り返れば、老婆が俺を見上げていた。ただでさえ曲がっている腰をさらに深々と折って頭を下げた。


「村をお救いくださり、ありがとうございます。本当に、お約束を守ってくださったのですねえ」


 頭を上げた老婆は目に涙さえ浮かべている。

 約束……?

 聞き返そうとして、横に立つ青年に声をかけられる。


「ほ、本当にヒコ婆さまとのお約束を守るためにこの村に降りてきてくださったんですか!? あの昔話!」

「いや、塔に女の子が来たんだよ。背がこんくらいで、長い黒髪の。村を助けてくださいって。知り合いだろ?」


 と俺が言うと、青年はきょとんとして首を傾げた。


「失礼ながら、それは、何かの間違いでは?」

「いやいやいや。他にどこから来るんだよ」


 と俺は笑う。しかし青年は戸惑った表情を崩さないままだった。


「ですが、あの、魔法使いさま。俺たちの村には、黒髪の人間はいません」


 言われて、俺は集まった村人たちを見回した。

 赤髪、金髪、白髪……たしかに黒髪の人間はひとりもいない。

 村の人間じゃない?


「え? じゃああの子、どっから来たの?」



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