26:終わり良ければ

 私の耳にたたたっと数人が走る音が聞こえてきた。

 エルフイヤーは地獄耳なので、その距離はまだまだ先だけど、誰の足音かくらいは分かるつもりだ。

 なんでこっちに来てるかって?

 近場の森でこんな派手な戦闘をすりゃ誰だって異変に気付くよね……

 と言う訳で、おねーちゃんはこれから叱られます!


「お、お姉ちゃん!? 大丈夫!?」

 倒れている私を見て駆け寄ってくる妹。

 遠巻きに見ているのはシャドウエルフらだろうか?

 緑竜グリーンドラゴンの巨体のつま先に転がる私は兎も角─死んでいると思われているっぽい?─、私に駆け寄った妹が緑竜グリーンドラゴンから怒りを買わないことを不思議そうに首を傾げて見ているようだ。


 エルフの足に遅れてやって来たのはソフィアとイーネス。

「ツゥ! チィは、チィは無事なのか!?」

「どうなのさ、生きてんのかい!?」

「魔力切れで起きれないだけ。ちゃんと生きてるわよ」

「しかしドラゴンが……」

「あーその子はもう無害だから気にしないで」

「あんたまさか、ドラゴンに勝ったのかい……?」

「判定勝ち、かなぁ?」

 そうぼやいたら上の方から『くっくっく』と忍び笑いが聞こえてきたわ。


「馬鹿ぁー!!」

「ぐぇっ」

 ドシンと胸の上で両拳を打ちおろされた。

「お姉ちゃんの馬鹿バカばか!!」

 声と共に振り下ろされる両手。

 分かったから、胸の上でどんどんするの止めて……

 衰弱してるところにそんな衝撃が来ると心不全でおねーちゃん死んじゃうー


「ごめんってば」

「もうしない?」

「しない」

「返事が軽い、絶対嘘だ!」

「しーなーいー」

「お姉ちゃん……、もしかして、ふざけてる?」

 ヤバい妹の目が笑ってないぞ!?

「しません! もう絶対にしません! だから許して!」

「約束だよ。今度やったら絶対に許さないからね……」

 そんなことを言いながら、母譲りの底冷えするような瞳で睨まれればコクコクと頷くしかないわよ!



 妹に抱えられて何とか起き上がった私の前に並ぶのは、シャドウエルフの面々だ。

 客人として村に迎えられ奴が、その村の守護神に喧嘩を売ったと言う前代未聞の出来事に─おまけに生きている─、彼らはすっかり困惑しているらしい。

 言葉にしてみると、確かに酷い・・わ。


 あちらからするとマジで何してくれちゃってんだよって話だよね。

 ぶっちゃけ他人がやってたらあいつ頭オカシイってこんな目向けるけどね。残念かな、今回それをやったのは自分なのでしたー


「えーと、ごめんなさい。

 エメラルドドラゴンとちょっぴり喧嘩しましたが、もう和解しましたのでご安心ください」

 そう言ってみたがシャドウエルフの睨みつける視線は変わらない。

 まぁこれで納得する人が居たら逆に驚きだから当然だけどさ……


『我は竜の掟により、今後はこの者に従うであろう』

 言っていることは変わらないのだけど、神様からの言葉だとまた違ったように聞こえるらしく、

「緑竜様は我らをお見捨てになるのですか!?」と、彼らは真剣な表情を見せたよ。


『それは我が主となったこの者が決めるであろう』

「この者って……、私の名前は〝ちぃ〟よ」

『ではチィよ。改めて問おう、汝は我の力を得て何を成す?』

「生まれ育った大陸に帰りたいのだけど、ちょっと【転移の魔法陣】を試させて貰っていいかなぁ?」

『そう言うことか。ならば簡単だ。

 発動の魔力量が足りぬなら我の魔力を使えば良かろう』

「そんなことが出来るの?」

『造作ない』

 マジかっ!? この竜かっけー!




 エメラルドドラゴンは【竜魔法】の【変身メタモルフォーゼ】を使い擬人化した。貴族の大邸宅の様な怪獣が歩くには、シャドウエルフの村は狭かったのだ。

 人型に変身した彼は眉間に皺を寄せた気難しそうな理系のメガネ男子─DKってくらい若作りだ─で、領域侵しただけで怒りMAXになったのもその姿を見てなんか納得できる風があったわ。


「で、これが魔法陣だけど?」

「ふむふむ、なるほどな。

 ここの回路をこちらに回せば自己の魔力を使用して発動することが出来るであろう」

「あーなるほどね、じゃあこっちは──」


「……二人は一体何をしゃべっているのかな」

「解説を聞いても理解できない話に違いないさね、気にしたら負けだよ」

 外野をほっぽいて、私はしばし緑竜と語り合った─結局【転移の魔法陣】は緑竜の居た場所でも発動しなかったのだ─。



 しばしの時間を掛けて改良した魔法陣が完成した。

 緑竜の理論によればこれで発動するらしい。ここで〝絶対〟と言えないのは、本命の奴は出口側の魔法陣が改良前の旧式だからだねー

 本番で失敗すると目も当てられないので、先に魔法陣それを使って前の大陸に移動してみた。無事行き来することが出来たので安堵したよ!



 すぐにでも妹を連れて飛びたいのだが、まだこちらでやるべきことがある。

 まず最初に、

「ソフィアとイーネスは一緒に来ると言うことでいいのね?」

「ああ、こちらの大陸には何の未練もない」

「いまさら愚問さね。あたいの今後の人生は、とっくに命の恩人の為に生きるって決めてんのさ」

 カッコいい台詞をありがとう。


 続きまして、

「あんたも来るの?」

「無論だ。竜の掟により、主が死すまで付き従う」

 それはまぁ良いとしても、問題はその先だ。

「そうなるとシャドウエルフを全員移住させないとダメになるんだけど……」

 エルフである彼らは失われた魔力を求めてこの森に棲んでいたらしく、その魔力の源である緑竜が居なくなれば困るらしい。

 つまり緑竜が私に付いていくなら、自分たちも行くと言って聞かない。


 移住先はまぁ私の棲んでいた森で良さそうだけど……

 うーん。

 五十人ほどを連れて帰ると流石にどこに行っていたかバレるよね。

 音信不通の上に、危険な戦いまでしていたと知れれば半殺しコースは確定だろう。

 なんだか帰るのが嫌になって来たなぁ……

「お姉ちゃん? なんか変なこと考えてなーい?」

「……いいえ。考えてません」

「ふうん、そっかー」

 なんだか含むような言い方しているからきっとバレてるっぽいわー


「仕方がない、出立は一週間後とします。

 移住する人はそれまでに準備をお願いします!」







 一週間後。

 【転移の魔法陣】の前には、荷車に荷物を積んだシャドウエルフらが並んだ。

 私はそれを一家族ずつ、順番に魔法陣に乗せて転送していく。

 シャドウエルフが終わったら、ソフィアとイーネスが、回収してきた馬車馬を引いて転移した─馬車は森を抜けられないから諦めたらしい─。


 最後に移動するのは、私と妹、そして緑竜の三人だ。

 魔法陣への魔力供給で残る必要があった緑竜と、魔法陣が壊れた時の為に残っていた私は当たり前の話だけど、妹は別にここまでいなくても、ソフィアらと一緒に移動してくれて良かった。

 しかし笑顔で、

「お姉ちゃんだけ残すと、最後に逃げそうだったしー」と言われてしまえば、どうやらすっかり見透かされていたらしい。

 信用ないなーなんて言わない。

 結局私は【転移の魔法陣】をすり替える間もなく、妹に腕を組まれて乗せられてしまったのだから……

「じゃあ帰ろうかー」

「……はぁ~い」

 私の返事が暗いのは近未来の地獄を思っての事なので、是非ともご理解頂きたいところです……


 発動の呪文を使うと体が光に包まれた。

 次の瞬間には辺りの景色が変わっていて、

「あっ帰って来たわ!」

 笑顔で走り寄って来たのは、我ら姉妹の生みの母だ。

 少し遅れてゆっくりこちらに来たのは、オレンジ髪に二本角を持つ男性、前世からの私の婚約者かれしであった。


 なぜここに二人が居るかと推測してみれば、シャドウエルフを転送するので森で受け入れて貰う準備をしてもらう為に、手紙を送ったから─ただし別の村の村長に─。

 きっとその村長が気を利かせて二人に伝えたのだろうけど、大きなお世話だよー!!


「お帰り、今回は随分と長旅だったようだな」

「一角族の小僧、我の許可なく我が主に気安く話しかけるでない」

「誰だお前?」

「我は主を守護する者だ。二度は言わんぞ、下がれ小僧!」

「おい、どういうことだ!?」

 うわぁぁ変な場所で変な喧嘩が始まったぞ!?



 慌てて周りを見回すと、妹がソフィアとイーネスを生みの母に紹介しているところだった。

 あっ、あっちもヤバそう……

「これがあたしのママだよ!」

「初めましてソフィアです」

「あたいはイーネスだ。へぇ確かに、顔も色合いもツゥによく似てるねぇ」

「こんな場所まで二人を連れて帰って貰いましてありがとうございます。

 ところで、……ちぃちゃんはどこに?」

 同じ笑顔なのだけど、目の光が一瞬消えた気がした。

「チィだったらそこに……、あれ?」

「逃げたわね!! ちぃちゃん!! 待ちなさい!」



 母の眼の光が消えたのを見た瞬間、事前に準備しておいた、もう一つの【転移の魔法陣】を使って私は逃げていた。

 エルフの寿命は長いんだ。

 ほとぼりが冷めるまで数年ほど、今度は一人旅を満喫しちゃうよ!




─ 完 ─



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光と陰のエルフはお家に帰りたい 夏菜しの @midcd5

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