ことのおわり

「…………」

「…………」

「寒くはございませんか、姫様」

「問題ない。お前こそ、体は大事ないのか」

「少々痛みますが、問題なく」

「まさか、あんな無茶をして船に突入するとは」

「凧を使って空を飛ぶのは故郷の名物なのです。

 流石に、飛ぶために作られたものでない凧を操るのは、骨が折れましたが」

「なんというか、凄かったな。

 あれ、民草には『傍女を救いたいという姫のやさしい願いに応え、小国より龍が参じた』と伝わってるらしい」

「なんともはや……妄想逞しいことで」

「……なんという顔をしているのだ、お前は」

「なにか可笑おかしゅうございますか」

「困った顔で笑いおって」

「…………、……姫様の、お命が無事で、ようございました」

「貞操もな」

「姫様」

「ははは、怒ってくれるな。それに……もう姫ではないぞ。名実ともに」

「おいたわしい」

「憐れむな。比較的丸く収まったろう」

「しかし、表向き、奴隷狩りを手引きした官女として島流しになるとは」

「さりとて、お前の妹は正式に王妃となった。我が国には王弟殿が婿入りし、いずれ王となる。

 無謀な策の収まりどころとしては、悪くあるまいよ」

「……最所からこのつもりで?」

「いずれはこうなると思っていた。早いか遅いかの違いだろう」

「姫様」

「それに……よいところなのだろう? 西の最果ての国は」

「……ガラス質の花の咲く、稀有な土地でございます。

 風と共に生きる、わたくしのような顔かたちの民の多い……」

「美形の国かぁ。わたしのようなものは浮くだろうなあ」

「我が国の美の条件は、黒髪に大きな目の、背の低い女性ですよ」

「えっ」

「姫様は、お美しいですよ」

「……お前の国の基準でな?」

わたくしは、お目通り叶ってから、ずっと思っておりましたよ。

 ずっと、ずっと。

 なんて、お美しい姫様だと」

「…………ど、どうしたの」

「姫でなくなったとおっしゃるので、口説いても構わないかと」

「くど、口説いてるの!? 正気か!?」

「発狂したように見えますか」

「頭ぶつけたかなって……」

「心外です」

「ごめん」

「……今のは、お返事ですか」

「えっ、こくは、告白のつもりか!? 今の!?」

「はい。 ──神美シェンメイさま。伝わらぬなら、もう一度」

「まっ、待て」

「待ちましょう」

「こっ、こんなこと、あるか? 現実に……」

「姫様。事実は、小説より奇なるものでございますよ。身をもっておわかりになったでしょう?」

「いや、……うん……」

「……では、女性向け恋愛小説のようにいたしましょうか?」

「えっ」

「シェンメイ」

「は、」

「愛している。 ──美しいあなたを、今宵、俺のものにしたい」

「………………っは~~…………お前……お前そういう……お前なあ……」

「水をささないで。お返事は?」

「…………はい、と言った場合、どうなる?」

「はい。姫様はわたくしに今晩めちゃくちゃに抱かれます」

「めちゃくちゃに抱かれる」

「姫様の読んだ小説の中で、十数年ぶんのこじらせたものを抱えた男はどうなりました?」

「そういうの読んだことない……」

「では、実際にしてみましょう。──いいよな? シェンメイ」

「確認するな」

「よいと仰いませ。……ね」

「顔がいいのをわかりきったごり押しをするな! ……返事、わかってるんだろう、お前」

「ええ、勿論。わたくしと姫様は、長年連れ添った間柄ですから」

「人聞きが悪いから言葉遣いを改めろ」




「……主従みたいではないか」





姫「嫁に行くことで戦争を止めたいが、わたしの顔は普通なので美しい身代わりを立てることにした」

これにておしまい。

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姫「嫁に行くことで戦争を止めたいが、わたしの顔は普通なので美しい身代わりを立てることにした」 蛙川乃井 @no_el_t

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