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「申し上げたはずです」

「いや、あの」

「男は簡単に女を押さえつけられると」

「押さえつけられてはおらぬ」

「南の王の護衛に覆い被さられておいででした」

「あれはだな」

わたくしが声をかけていなければどうなっていましたか」

「…………まあ、そういう流れになっていたであろうな」

「ほらご覧なさい!!」

「待て、話を聞け」

「拝聴いたします」

「あれは報復とか好意ではない。あの者なりの"礼"なのだ。

 やつは王がひっぱたかれる前にわたしを捕らえなかったことを咎められて、折檻されておってな。

 傷を手当てしてやったら、『こうするとみんな喜ぶ』と……」

「……日頃から礼としてああいう『奉仕』をしていると?」

「おそらくは」

「南の国の王も相当な好き者でいらっしゃる様子」

「同感だ。聞けばあやつは十六だと言う。私の2つ下だ。

 元服も済ませたろうに、一人前の人間どころか、棹と穴のように扱われているなど。あまりに憐れよ」

「姫様……どこでそのように下品なたとえを。女性向け恋愛小説ですか」

「うむ。語彙が増える」

「語彙を増やすのは結構ですが、口に出すのは極力お止めくださいませ。

 あなた様はまがりなりにも、一国の姫なのですから」

「うむ、うむ。言い慣れてしまうと、うっかり出てしまうゆえな。慎もう」

「……姫様」

「なに?」

「触れる許可を、いただけますか」

「顔が近い。……どこにだ」

「ここです。紅が滲んでおります」

「えっ。面倒な……拭ってきれいになりそうか?」

「拭うよりは、このまま化粧を直しましょう」

「待て。何故なにゆえ、男のお前が化粧箱を持っている?」

「ある武官からの贈り物です。『異国の女男は引っ込んでいろ』という嫌がらせでございますよ」

「男の世界もなにやら陰湿よなあ」

「ところで姫様」

「なんだ」

何故なにゆえ、このように紅が滲んでいるのでしょうか?」

「ああ、あれに口を吸われたからな」

「左様でございますか」

「なんだ、怒ることでもあるまいよ。軍神像のような顔をして」

「姫様の、はじめての口付けではございませぬか」

「どうしたの? 突然心が繊細になった?」

「私はこの11年、年の近い姫様をずっと気にかけて来たのです。

 それを素性も家柄も知れぬ他国の犬に噛まれたとあっては」

「噛まれたとあっては?」

「………………、……わたくしが非難されることになりますゆえ?」

「今、なにか聞こえのよい言葉を探して、面倒になったか?」

「ええ、まあ、はい。正直なところ」

「不敬」

「申し訳ございません。本心を隠せませんでした」

「まあよい。許す。実際、お前は小さな責任問題で失脚させられては困る人材よ。

 今日のことはなかったことにするゆえ、そのつもりで」

「二度目がないよう、お気をつけくださいまし」

「わかっている。美しくなくとも、浪漫がなくとも、ああいうことは穴と竿があれば成立してしまうからな」

「姫様!」

「おーおー、珍しく声を荒げよるわ。愉快よな」

「自覚をお持ちくださいと申し上げているのですよ」

「いちいち顔が近いわ、たわけ者」

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