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「さて、美姫びきを兄弟で所有することにより内乱の恐れはなくなったかに見えるこの国だが」

「忍び寄る敵国の影、と」

「……まさか南の商業国から来た客人がお前に妹に手を出すとは……」

「未遂に終わり、なによりです」

「死ぬかと思った」

「ご立派でございました」

「……今頃、お前の妹は『折檻』されているのだろうな」

「折檻」

「足を開いた姿勢で縛られたり」

「縛られたり」

「ねちっこくいじめられたり」

「いじめられたり」

「縛ったまま奉仕を強要されたり」

「奉仕を強要されたり」

「……外国の趣向というものは、理解できぬよな」

「左様でございますね」

「お前の妹が誘いをかけたわけでもないのに。仕置きなどと言われて弄ばれるのはあまりに……」

「……女性向け恋愛小説においては」

「今その話する?」

「羞恥を煽られ責められることは、好まれる流れでございますが。

 ……現実において、好まれるか好まれざるかは、人の性趣向によりますれば」

「だよね……」

「ところで、我が妹は流されやすい性格ながら、本当に嫌なことを我慢していられるほど気が長くもございません」

「……うん?」

「それらを鑑みるに、妹は本心から嫌がってはおりません」

「嫌がっていない」

「嫌がってみせつつ、実は快感に打ち震えております」

「快感に」

「ですから姫様、あまり気になさらず」

「……ここで、そうか、と言うのは人としてどうかと思うが、……そうか……」

「はい」

「……そうかぁ……事実は、小説より奇なり、だなあ……」

「……そんなことよりも、姫様。この首の傷はいかがなさったのです」

「ああ。あやつを庇った時、南の王付きの護衛に拘束されたから、そのときのものだろうな。痛みはないが、深いか?」

「……薄皮が切れておいでです。深くはございませんが、湯浴みの際には沁みるでしょう」

「薬を」

「は。失礼いたします」

「…………っ」

「………………。湯浴みの際にはあまり濡らさぬようになさいませ」

「うむ。……どうした?」

「…………いえ。姫様、その護衛は男でしたか?」

「男だったが」

「顔がよかった?」

「突然どうした」

「いえ……女性向け恋愛小説においては」

「はい」

「本筋とは別に、恋仲になる登場人物がおりまして」

「知ってる」

「よもや」

「ぶっちゃけそっちの仲のほうが行く末が気になることもある」

「わかります。……いえ、そうではなく」

「気を付けろと? まさか。

 私はあの一瞬で恋するほど初心うぶでもないし、一目惚れされるほど美しくもない」

「姫様の好きな本筋外れの恋仲の女性は美姫びきでしたか?」

「いや、だいたい顔は普通だが芯の強いしっかりした………………んん?」

「…………」

「……いや、ないって。

 まかり間違ってあっちにその気があったとて、こっちにはそのつもりがないのだから問題は」

「姫様」

「……うん。そのつもりがなかったやつ、多いが。

 むしろ最悪の出会いから会うたび喧嘩をしているがだんだん惹かれていくというのがなかなかに面白くて」

「そうではなくて」

「ぎゃっ!」

「……このように、男は簡単に女を押さえ付けられるのです」

「あ、ああ……」

「姫様は今、傍女に身をやつしておいでなのですよ。

 意趣返しになぶられぬとは言い切れません」

「わかったから顔を近付けるな。手を離せ」

「……ときめきましたか?」

「ときめいてない」

わたくしは最初の悲鳴で少し萎えました。実際に襲われそうな時はあの悲鳴をお上げください」

「不敬!!!!!」

「申し訳ございません。つい」

「『つい』で済んだらこの世に酷刑はない!

 お前、次に許しもなく触れようものなら宦官にしてくれるからな!」

「は。申し訳ございません。一瞬ときめいた顔に免じてお許しくださいませぬか」

「……お前……この一年で気安くなったものよな……」

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