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「……ということがあり早いもので二月ふたつきが経ちましたが、よくもまあこれほど上手くいったものですね」

「よい、許す。もっと褒めよ」

「呆れているのです!」

「この国の王は思ったより阿呆、いや、素直な心根の御方であったな。あれが替え玉などと、欠片も疑いもせなんだわ」

「妹も、姫様の思い通りにやっているようで」

「戸惑いつつも『わたしがここにいなければ兄さまは……!』みたいになっているな。なぜあそこまで受け入れられるのか、ちょっとびっくりする」

「姫様。それには理由が」

「理由」

「妹は、女性向け恋愛小説が好きなのです」

「女性向け恋愛小説」

「流行りとして……身分の低い美しい娘が、王や王子に見初められたり、替え玉に使われる筋のものがあるようです」

「え、ええ……そうなのか……わたしの渾身の作戦は、小説書きが既に思いついているようなものだったのか……」

「ま、まあ。それだけあり得ない話ということではないですか」

「……まあ、お前の妹が気に入られてなによりだ。兄に似ず、性格がよいところなど高く評価できる。あれこれと意地の悪いことを言わぬ故、仕えていて楽だ」

「しかし、姫様に侍女の真似事が出来るとは、思いもよらぬことでした。

 所作が完璧ではありませんか」

「昔取った杵柄というやつだな。伊達に姉上たちに苛められて育っていないぞ」

「……待ってください、苛められて育った?

上の5人の姉姫様がたにですか?」

「ああ。わたしを侍女のように扱っていた」

「姫様は、それを、どうして私におっしゃってくださらなかったのですかね?」

「えっ……だって、お前に言ったって仕方がないだろう。止めさせられるでもなし」

「言ってくだされば王に進言いたしましたよ!?

 それに少なくとも一と三と四の姫は私に惚れていましたゆえ、私が言えば止めてくださったかもしれませぬよ?!」

「そうなのか……姉上たちも趣味が悪いことだな。

 まあ、なんだ。そう苦でもなかったぞ。みな貴族の子らに嫁ぐため、生意気になってはいけないと、針と糸と甘い菓子だけ与えられて育ったのだからな。

 そのほかには、妹を苛めるくらいしか娯楽のない、可哀想な連中だと思えば、むしろ愉快なものだったのさ」

「姫様性格悪っ」

「お前に言われたくないわ。それに、このように役に立っているので良しとせよ。

 わたしが傍付きの侍女であればお前の妹の危機に助け船を出せるし、困難から守ってやれる」

「……他の侍女でも同じことはできたかもしれませぬよ。姫様が直々になさることではなかったのでは」

「民を巻き込んだ計画を立てたのだ。ならば責はわたしが負わなくては」

「……姫様……」

「長く。長く、縛り付けてしまう。わたしはお前の妹の人生を売って、自分の国を買ったのだ。本来はわたしがあの場に立たなければならないのに。

 ――わたしの顔が、普通なばっかりに」

「……ええうん、そうですね。姫様のお顔は、普通です」

「不細工ではないと自負はする。しかし、わたしの顔では、この国の王は戦を取りやめようとは思わなかっただろう。

 あの美しさは、得難い。わたしの持たないものだ」

「普通にお可愛らしい顔かと存じますが」

「だが、あれほどに美しくはないのだ。そればかりはどうしようもできまい。

 ……というか、世辞とかいらぬから。うっかりときめいたらどうしてくれる」

「本当のことを言っただけですなどと嘘偽りなく言えたら恰好がつくのですが。

 申し訳ありません。半分ほど世辞です」

「もう半分はなんだ」

「気遣いです」

「ふん。ありがたく受け取っておこう。

 ではわたしは行く。これから閨の油の不寝番を任されているのでな」

「どうぞお体を壊されませぬように」

「ありがとう。眠りこけてしまわぬよう、祈ってくれ」

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