20.鉢合わせ

―伊織―

個室の扉を開ける手つきが、少々乱暴になった。

一人で頬杖をついてぼんやりしていたらしい瞬が、驚いた様に俺を見る。

「伊織くん、どした?」

「行くよ」

「え?どこへ」

瞬の問いには答えず、スマホを出して眞白に宛ててメッセージを早打ちした。

鞄を引っ掴み、財布を出してお札を数枚出してテーブルに置く。

「ちょ、どしたの」

「いいからっ。一緒に来て」

壁にかけてあったコートを二人分抱え、個室の外へ出た。


コートを羽織って店の外へ出るなり、吐く息が真っ白に変わる。

「めっちゃ寒いじゃん」

「早く来て」

勢いで掴んだ瞬の腕は、コート越しでも分かるくらい華奢だった。びっくりして慌てて手を離す。

「ちょっ、お前どういう細い腕してんだよ!」

「そんなこと言われてもねー」

苦笑を返される。

「ねえ、急にどうしたの?」

言われ、脳裏にさっき見た光景がありありと甦った。

「……キスしてた」

「え?」

瞬の大きな目が、驚きで丸くなる。

「あーそっか、やっぱ付き合ってたんだ」

「やっぱりって、気づいてたのかよ」

「まあわかるよね、何となくね。俺、察し良いからさー」

「……俺、眞白に悪いことした」

寒さでかじかんできた手を握りしめる。

「本当は、大知さんと先に約束してたのに、俺が無理やり……」

ふ、と瞬が笑う気配がした。

「優しいね、伊織くん」

「は?」

「だって、別に見ない振りしても良かったのに。気を使って店出て来ちゃうし、お金も余分に置いて、嫌いな俺の事も連れて出て」

「なっ、嫌いなんて言ってないだろ!」

「あ、そうなの?」

にやりと笑われる、はめられた、と気づいて苦々しい気持ちになった。

「もうっ、帰る!」

「待って待って」

後ろから両肩を掴まれる。

「離せよっ」

「まだ時間良いでしょ、どこかで飲み直そうよ」

「何でお前と!」

華奢なくせして、俺より頭一つ分以上デカいこいつの事を振り払えない。

それはたぶん、体格差のせいだけじゃなくて。

「だって、伊織くん」

瞬が、意地の悪い笑顔を向けてくる。

「俺の事、嫌いじゃないんでしょ?」


***

ここら辺でいいんじゃない、と言う瞬の適当なノリで、カフェ風の雰囲気の飲み屋に入った。

「ここ、昼間はカフェなんだよ。夕方になるとお酒が出るの」

「へー……」

メニューを広げると、見た事のないオシャレな名前のカクテルが並んでいる。

「何が良い?あ、今日はお酒飲まないんだっけ」

「いい、飲む」

こいつと二人きりで、素面なんて間が持たない。

俺はカルーアミルク、瞬はスクリュードライバーをそれぞれ注文した。半分こしようよ、と瞬に提案されてシンプルなマルゲリータピザも注文する。

「明日、朝から講義あるの?」

聞かれ、頷く。

「そっか、大変だね。もう卒業間近なのに」

「眞白が出る講義があって」

瞬に、眞白の講義を一緒に聞いてパソコンで講義内容を打っていることを話す。

「へえ!すごい」

「別にすごくない」

頼んでいたお酒が運ばれてくる。乾杯しようよ、と言われて渋々グラスを軽く合わせた。

「伊織くんて、何でも謙遜するよね」

「どういうこと」

お通しのナッツを摘まんで口に入れる。

「何褒めても嬉しそうな顔してくれないからさ」

「いや、褒めてるんじゃなくて、からかってるようにしか聞こえないから」

「え、それは俺が傷つくなあ。例えばどれのこと?」

「だから……人の事、可愛いって言ったりとか」

「ん?いつ言ったっけ」

「もういい」

一気にグラス半分くらいまで呷る。やっぱりこいつに付き合うんじゃなかった。

「うそうそ、覚えてるよ」

瞬が苦笑する。

「CDショップで会った時でしょ?あれ、本心から言ったのにな」

「お前みたいな綺麗な顔した奴に、容姿褒められても嬉しくない」

「あ、俺の事綺麗だと思ってくれてる?」

「揚げ足ばっかとるな!」

言い合っている内に、香ばしい匂いのマルゲリータピザが運ばれてきた。俺が手を出すより早く、瞬が切り分けて取り皿に取ってくれる。

「どうぞ」

「あ、りがと」

受け取る時に、目が合った。相変わらずくっきりとした二重瞼はすごく綺麗で、真っ直ぐ通った鼻筋も細い顎のラインも、すべてが見惚れるように美しい。

「……お前には、分かんないよ」

自分の分のピザを取り分けていた瞬の手が止まる。

「コンプレックスだらけの、俺の気持ちなんか」

「……」

すぐに言い返してくると思ったのに、瞬は何か思案するように口をつぐんでしまった。

気まずくなってピザを口に入れる。焼きたての薄い生地の食感が美味しかった。

「伊織くんはさ、無い物ねだりなんだよ」

不意に、瞬が口を開いた。

「良い所たくさんあるのに、目を逸らして違うところばかり見てる。本当にいいと思ってるから誉めてるのに。ふわふわの髪も、左右で個性の違う目も。乱暴な口調で素っ気ないわりに、本当は優しいでしょ。花束作るセンスとかも良いし」

「……っ」

「ちゃんと素直に受け取ってよ。自分のこと好きになれるように。足りないなら俺が、もっと伊織くんの良い所見つけていくから」

いつもへらへらしているくせに、瞬は珍しく真面目な顔で俺の事を見てきた。

「……っ、どうして」

「ん?」

「そこまで、俺のこと」

店のドアが開く気配がした。

何が気になったのか分からないけれど、瞬の視線が入って来た客の方へ引き寄せられる。

彫刻みたいな横顔が、引きつったように見えた。

「え、おい……?」

躊躇いがちに声をかけると、瞬は我に返った様子でこちらを向いた。

「あ、ごめん」

「どうかした?」

瞬が見ていた客を視線で追う。

アッシュブラウンの髪が印象的な青年と、体格のいいスーツ姿の男性の二人組だった。俺達の方は見ず、離れた席へ案内されていく。

「知り合い?」

聞くと、硬い表情で瞬は頷いた。

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