19.お邪魔虫

―伊織―

誰かのスマホが、軽快なメロディと共に着信を知らせていた。

「あ、電話だ」

食べかけの串を取り皿に置くと、大知さんはスマホの画面を気にしながら、ちょっとごめん、と個室の外へ出て行った。

その背中を見送るや否や、何やらスマホを触っていた眞白が俺の腕をつついてくる。

「(トイレ行ってくる)」

「えっ」

思わず眞白の細い手首を掴んだ。

今出て行かれたら、この狭い空間の中に瞬と二人きりになってしまう。

「(もう少し後にしてよ)」

「(どうして?)」

「(気まずい)」

伝えると、呆れた様な苦笑が返って来た。

「(大丈夫やで。ちゃんと仲良さそうに話しとるやん)」

いやいや、と否定する俺の声も虚しく、眞白は俺の手をそっと解くと、瞬に謝るようなジェスチャーを見せて個室から出て行った。

部屋の中が、しん、となる。

「あ、伊織くん。もう飲み物無くなりそうやね」

「え?うん」

「何か頼む?」

瞬がメニューを手渡してくれようとしたけど、首を横に振った。

「いい、トイレ行きたくなる……あ」

そうだ、と思いついて腰を浮かした。

「俺も、トイレ行ってこようかなー……」

何故か瞬が吹き出した。

「何だよ」

「お手本みたいな棒読みじゃん」

笑っていたけれど、こちらを向いた瞬の表情はどことなく寂しそうだった。

「伊織くん、そんなに俺の事が嫌?」

「えっ」

ぎくり、と体が強張る。

「そうじゃないけど、その」

「緊張する?」

それに頷くのも何だか癪だったが、図星なので否定もできない。

んー、と瞬は首を振った。

「俺、結構友だち作るの得意なんだけどなあ。難しいね」

ちくり、と心の中を針でつつかれた様な気分になった。

「……簡単じゃないよ」

「え?」

「何でもないっ」

きちんと座り直し、氷が解けてかなり水っぽくなったオレンジジュースを啜った。

瞬が肩をすくめる。

「いいよ。トイレ行っておいでよ」

「え、あ……うん」

せっかく座り直したところだったけれど、素直に席を立った。

トイレを探して歩きながら、胸の内が、もやっとする。

瞬の言い方は優しかったけれど、ほんの少し、傷ついたような響きを含んでいた。

……俺がいつまで経っても心を開かないから?でも、しょうがないじゃないか。

必死で自分を正当化する言い訳を探す。

……芸能人と仲良くしろなんて。住んでる世界が違い過ぎる。

いや、そもそもあいつは、たとえ芸能人じゃなかったとしても―。


個室が多くならんだ通路の突き当りがトイレだった。

出入り口を隠すように置かれた観葉植物の奥に、長身の後姿が見えている。

「……何で、怒ってないよ」

大知さんだった。誰かと話している。そういえば電話をしに行っていたんだったか。

そう思ったが、大知さんの耳元にスマホは当てられていなかった。

気づかれないようにそっと近づいてみると、大知さんの前に人が立っていた。眞白だ。

何か一生懸命にスマホに文字を打ち、大知さんに見せている。

大知さんが、ため息をついたのが分かった。

「あのさ、分かってるよ」

胸を叩くような仕草をする。

「眞白にだって友だちはいるし、ご飯くらい行くことだってあるだろうし」

話ながら、手元を動かしているのを見るに、簡単な手話の単語は知っているらしい。眞白の為に覚えたんだろうか。

大知さんは、再度ゆっくり自分の胸を叩いてみせた。

「分かってる。大丈夫だよ」

大知さんを見上げる眞白の表情が、不安そうになる。

大知さんは、そりゃあね、と小さく呟いた。

「俺より友だち優先するだ、って思ったよ」

眞白が困った様に、何?、と手話で聞き返している。

それに構わず、大知さんは独り言のように話し続けた。

「ライブもあったし、スケジュール詰まってて全然会えなかったじゃん。俺はずっと眞白に会いたかったのに、眞白はそうじゃなかったのかな。そう思ったら寂しくなっちゃったんだよね。それでちょっと拗ねてた」

大知さんは不安そうな表情を浮かべている眞白の方を見て、今度はゆっくりと、会いたかった、と言った。たぶん、口の動きで眞白には伝わっただろう。

頷いた眞白の小さな頭を、大知さんが少し雑な手つきで抱き寄せるのが見えた。

おいおい、こんな場所で。誰か他の人が来たらどうするんだ。

見たらいけないと思いつつ、でも何故か目を逸らせなかった。

甘えるように大知さんに体重を預けていた眞白が顔を上げ、ごめんね、とゆっくり唇を動かす。

大知さんが、ちょん、と自分の唇を指さした。

え、と眞白が戸惑った表情を浮かべる。

見ていた俺も、たぶん眞白と同じ顔をしていたんじゃないだろうか。

眞白の白い頬に、大知さんの大きい手が触れた。

そこから先はさすがに見ていられなくて、気づいたら踵を返していた。

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