18.カレシ

―伊織―

瞬が予約してくれた店は和食の居酒屋だった。

芸能人御用達なのだろうか、ほとんどの席が個室になっている。一般的な居酒屋から漏れ聞こえてくるような酔っ払いの喧騒は一切聞こえてこない、落ち着いた雰囲気の店だった。

瞬と大知さん、向かい側に俺と眞白が並んで座る。

「伊織くん、お酒飲む?」

メニューを手に取りながら瞬が聞いてくるので、首を横に振った。

「いい、明日も学校あるし」

「そっか、伊織くん学生だもんね。じゃあやめておこうか」

「ていうかさ、酒飲める歳なの?」

何気なく聞いたら、大知さんが驚いたように目を丸くした。

「君ら、お互いの歳も知らないの?」

「あれ、そういえば言ったことなかったかなあ」

あはは、と瞬はいつも通り呑気に笑う。俺は少し、むっとした。

「知らないよ、お前の事なんか」

「そうだね。相変わらず名前も覚えてくれないもんね」

何を言ってもこいつは動じない。

「で、何頼むの?」

大知さんがソフトドリンクのページを広げてくれたので、俺の隣でぽかんとしている眞白の肩を叩く。

「(何飲む?)」

聞くと、これ、と眞白はグレープフルーツジュースを指差した。

それぞれに飲み物を決め、適当に食べる物を注文する。店員さんが出て行く際に引き戸を閉めると、完全に四人だけの空間になった。

顔を上げると、向かい側に座っている大知さんが眞白の事をじっと見ているのに気がついた。

眞白は俯いておしぼりで手を拭いていたので、目の前で手を小さく振ってこちらを向かせる。

「(見てるよ)」

伝えると、気づいていたのか小さく頷きが返ってきた。

「(あの人とどういう関係なの)」

聞くと、眞白は俺の耳に手を当て、口元を寄せてきた。ほとんど息だけの声が発せられる。

「……カレシ」

「は?!」

思わず眞白を見る。眞白は耳を真っ赤にして、俺から目を逸らした。

「どしたの?」

「何でもない」

瞬が聞いてくるが、咄嗟に誤魔化した。

「ええと……自己紹介でもします?」

気まずい空気を察したのか、瞬が苦笑する。

「眞白くんだっけ。確かハルくんと友達なんだよね」

言いながら眞白の方を見たので、急いで手話で伝えた。眞白が頷く。

「あ、もしかして伊織くんにチケットあげた友達って、ハルくんのこと?」

「まあ、うん。眞白と二人分、チケット貰って」

「なるほどねー、じゃあハルくん誘えれば良かったな。そうしたら皆んな、顔見知りだったんだ」

「瞬と……伊織くん、だっけ」

それまで黙ってやり取りを聞いていた大知さんが口を開いた。

「二人はどういう知り合いなの」

「伊織くんはね、前に撮影で使わせてもらった花屋の店員さん」

瞬が答える。

「花に話しかけてるのが可愛くてさ」

「ちょ、余計な事言うなよ!」

顔が熱くなる。すぐまたこいつは、可愛いとか。

まあまあ、と大知さんが宥めてくる。

話が分からずきょとんとしていた眞白が、たまりかねた様に俺の腕をつついてきた。

「(どうしたの)」

「(俺をからかって喜んでるんだ、こいつ。可愛いって言って)」

眞白が吹き出す。

「すごいね伊織くん、手話めっちゃ上手」

瞬が驚いた様子で誉めてくる。

「大学で習うの?」

「そうだよ」

「すごいね。覚えるの大変そうなのに」

「いや、眞白が教えてくれて……」

「仲良いんだね、眞白と」

ぼそり、と大知さんが呟く。元々低めの声が、さらに低くなって聴こえた気がした。

「え、っと……」

戸惑っていると、丁度いいタイミングで料理が運ばれてきた。

そっと眞白の肩を叩く。

「(お前の彼氏、めっちゃ怒ってない?)」

こっそり聞くと、眞白は困った様子で曖昧に頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る