Patientia 020 それでも僕はあきらめない



『王都以外のところで新しい拠点が手に入って、ござるの萩原くんも合流できてよかったね。どうぞ』


『本当は、渡くんと合流したいけど……』


 僕は渡くんとの『遠話』をつないで話している。新しく手に入れた、クリンエトゥス侯爵領の小さな屋敷で。


 あれから、萩原くんたちと合流して護衛の戦力を増やし、3台の馬車でリビエラさんが王都で買い集めた食糧を運んで、クリンエトゥス侯爵領でひともうけしたのだ。


 この後、王都へまた塩樽を運んでひと稼ぎできることも確定している。


『……国外はなかなか難しいから。どうぞ』


 渡くんともし合流できたのなら、護衛に関する不安は全部解消する。今でも宰相が渡くんの捜索をあきらめてないのは、渡くんの戦闘力にそれだけの価値を見出してるからだ。渡くんが国外に逃げたのは正解だろう。


『苗場くんのスキルは……かなり商売向きだね。他の人たちが手紙とかで何日もかけて、それでも届かない可能性があるのに、苗場くんはその瞬間に、確実に話を伝えられるから。すごいよな。どうぞ』


『そこは自分でも驚いてる。確かに、他の人が手紙しか使えないのに、僕だけスマホを持ち歩いてるような状態だから。ただ、やっぱり移動は危険が多くて、僕のスキル頼りだと、僕が死んだら終わりだし。何か対策は考えておかないと、本当に物騒な国なんだよ。どうぞ』


『まあ、どこの国も、なんていうか、いろいろあると思うし、そもそも、こういう時代って、あれだね、人間が欲望に忠実だと思うんだよな。どうぞ』


 ……気になる言い方だ?


『……そっちで、何かあった? どうぞ』

『特に問題は……ないといえばないんだけど、村人の男性陣が、その……女の人に対する欲望丸出しで……まあ、しょうがないよね。どうぞ』


『まさか、佐々木さんを寝取られ……』

『な、ないない! それだけは絶対に防ぐから!』


 間に「どうぞ」をはさむトランシーバー的な会話ルールを無視して、渡くんが叫んでいた。


 だが、あまりに必死過ぎるから、本当に佐々木さんに何かあったんじゃないかと勘繰ってしまう。

 渡くんたちは森の奥地でスローライフみたいな状態に持ち込めたという話だったと思うんだが……。


『そ、それで、萩原くんたちとは、うまくやれてるの? どうぞ』


『……まあ、今のところは、大丈夫。ただ、宮本くんが宰相の恨み、みたいなのを買ってて、どう対処すべきか、難しい部分はあるかな……どうぞ』


 ……クリンエトゥス侯爵領に拠点を見つけて本当に正解だった。


 まさか、トップクラスの権力者にケンカを売るとか、予想外過ぎたんだが、それも後の祭りだろう。


『宰相からの恨みって……宮本くん、何やったの? どうぞ』


『僕も詳しくは聞いてないんだけど、萩原くんから聞いた話だと、出てくる時に宰相にタンカを切ったというか、ケンカを売ったというか……まあ、いろいろとため込んでたみたいで、そういう感じだったらしいんだ。どうぞ』


 宮本くんは3度目の正直で、ようやく王城を出たから、それまでの2回分の鬱憤みたいなものを吐き出してしまったらしい。


 特に、1回目の時は宰相から直接、やり込められたというのもあったし、それで、感情のままにやってしまったんじゃないかと思う。


『訓練が厳しくなったとか、そういう面もありそうだし、気持ちは分からないでもないけど、相手はそっちの国の権力者なんだから……宮本くんって自殺願望でもあるのかな? どうぞ』


『単に、あんまり何も考えてないって、可能性が高いね。今は、隊商の護衛としては重要な戦力だから。それに、宰相周辺からの情報で、7年前の、僕たちよりも前の召喚の時に、大変なことになっていたらしくて……。なんか、宮本くんの話で宰相がすごく腹を立てて、それを側近の人が「7年前の事件をお忘れですか……」って言ったら、宰相が我慢するっていう感じで……。僕たちの時にいろいろと交渉が成立したのは、実は、その時の被害が大きかったことも関係してるみたいだった。だから、宮本くんが仕出かしても、直接、報復される感じにはならなくて……まあ、今のところはとりあえず、何もないかな。どうぞ』


『宮本くんって、そのうち、独立する、とか言い出しそうだ……どうぞ』

『ありえるから、それ。どうぞ』


 本当に、宮本くんは戦闘力だけは問題ない。盗賊への対処……つまり、殺人も、まるで苛立ちをぶつけるみたいに乗り越えてた。そこは僕も、宮本くんと大して違いはないのかもしれないが……。


 萩原くんたちの合流が可能だったのは、僕たちがあの時の王都、辺境伯領、侯爵領での三角貿易でそれだけ稼いだということでもある。

 金銭的な余裕と、増えた荷馬車の関係で、あっちの部屋のメンバーを護衛の戦力として受け入れることに大きなメリットがあると判断したからだ。


 萩原くんと『遠話』をつないでいた、というのもある。それに、萩原くんをなんとか戦争へ行かないようにしたかった。


 護衛については、ギーゼさんにこっちの人の紹介を頼もうかという考えもあった。だが、正直なところ、こっちの人間をどこまで信じていいか、迷っていたというのもある。リビエラさんでさえ、どこまで信じていいのか、悩むくらいだ。


 それに、萩原くんたちが戦場に出る前に引き抜くというのは、由良くんや杉村さんの大きな賛同もあった。この二人は、クラス転移の仲間を助けたいという思いが強いから。


『……それにしても、あの厨二な魔法で戦ってるのは、なかなかロマンがあるよな。どうぞ』

『渡くんは……物理で殴るタイプだからね。どうぞ』


『あ、それか。言い忘れてたけど、僕、魔法も使えるから。どうぞ』

『えっ……』


 渡くんは、魔法訓練はそこにいただけで、魔法は使ってなかったはず。どういうことだ?


 ……いや。そうじゃない。そういえばギーゼさんが、そういうことを言っていた気もする。テッシンとリコもアレを使っていたとか、そういう感じのことを。


『……渡くん、魔法の訓練には、確か、見学だけだったはずだよね? どういうことかな? どうぞ』


『実は……こっそり夜のトイレで訓練してたんだよ。それで、何年も前の大賢者が考えたっていう、魔法の訓練で教わったあの魔法とはちがって……自分で魔力を動かして使う感じの自己流の魔法なんだけどね。転移の時の、スキルのリストに入ってた属性は、意外と簡単に使えるようになったよ。どうぞ』


 ……それ、もう、何て言えばいい……渡くんがチート過ぎる。物理での圧倒的なあの強さに、さらに魔法が使えるとか、どれだけ……いや、でも、この情報は、ありがたいかもしれない。


 魔法スキル3つで埋め尽くした人と違って、選ばなかった魔法スキルがある人は、使える魔法属性を増やせるってことだ。それに……。


『リストにあった属性は簡単にってことは……リストになかった属性も使えるようになるって、ことだよね? どうぞ』


『あ、うん。もちろん。訓練次第では、できると思う。そこまで厳密に検証はしてないけど……こっちでは、現地の女の子がふたり、割と簡単に水魔法が使えるようになっちゃって。あはは、畑の水やりがずいぶん楽になったよ……どうぞ』


 現地の女の子が使えるようにって……それが知られたら、とんでもないことになるんじゃないか?


 だってこの国は……わざわざハニトラを仕掛けて、僕たちを取り込もうとしてきたくらいだ。生まれた子が魔法使いになる可能性が高い、という理由で。それなのに、現地の人が使えるようになる可能性があるとしたら……。


 畑の水やりって話じゃないだろう……?


 野間さんや高橋さんの願いとは関係なく、渡くんとの合流を急ぐべきだろうか? いや、でも、そうすると宰相に渡くんの居場所がバレて……それはそれでマズい気もする。


 宮本くんが悪い意味で目を付けられてるから……宰相とはどうにかして、もう少しマシな関係にしとかないと、こっちの世界の権力は、暴力で強引に潰しにくる可能だってある。


 転移の時の魔法陣の解読とかも含めて……まだまだやるべきことがありすぎる。


 それでも、僕は……。


 ――いつか、もう一度、ミヤちゃんに会うまで。


 絶対に、あきらめない……。
















――――

あと書き、失礼します。


数日お休み(その間はエッセイの更新です)して、それからテッシン側のお話を再開しますので、しばらくお待ちください。

(もしよかったらエッセイものぞいてみてくださると嬉しいです。)




苗場くんの頑張りが気になったなら、☆やフォローをどうかよろしくお願いします。



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