Patientia 018 僕たちは王都に戻る



 クリンエトゥス侯爵領からハシバル子爵領へと入り、さらには王家直轄地へと戻ってきた。行きとは違うルートなので、ハシバル子爵領や王家直轄地では、余っていた古着がまた売れるようになっていた。小銭稼ぎだが、これも無駄にはならない。


「今さら古着を売らなくても……」


 そう言うのはカイルさんだけだった。


 たとえ、ついでだったとしても、銅貨1枚だったとしても、売れるものは売る。

 そのために、野間さん、高橋さんにはずっと市場調査をしてもらってきた。そうして集めた情報を精査して、次の大きな行商につなげていかなければならない。


 重要な話の時には、僕たちがカイルさんには通じない「日本語」で話しているという点も大きいのかもしれない。だが、やはりカイルさんは商売人としての嗅覚が足りない気がする。まあ、気がするというか、もう、そこは間違いないだろう。


 この人にライル商会を任せていたら絶対にダメだ。


 リビエラさんにはすでにいろいろと話はつけている。リビエラさんは、リビエラさんのしたいようにするだろう。そこに僕が関わる余地はない。


 僕たちが戻ったのは王都の西門で、ここは、ギーゼさんからウサギ狩りを教わった時に利用していた門だ。


「……あれから、ずいぶん経ったわね」

「それだけじゃない。ずいぶん稼いだよな。なあ、苗場」

「そう、だね……」


 杉村さんも由良くんも、しみじみとしている。たった1か月なのに、何年も旅していた気分なのかもしれない。


 王都の門を入る時は、ライル商会の通行証があるから入市税がかからない。今回の行商の旅で、ケイトリン辺境伯領とクリンエトゥス侯爵領の通行証も手に入った。全てはこれからだ。


 門の中では、リビエラさんが商会の人を連れて待っていた。


「おかえりなさいませ、ナエバさま。ご無事で何よりです」


 そう言って微笑む様子はやっぱり美人だ。


「手配、は……」

「全て、済ませております。まずはこのまま、ナズラー商会へと向かいましょう」


「ナズラー商会? どういうことだリビエラ?」


「兄さんは黙っていて下さい。ナエバさまの積荷ですよ? 御者が口出しすることではありません」

「う……」


 強い口調と冷たい視線で、リビエラさんはカイルさんを切り捨てる。

 3台の荷馬車はナズラー商会を目指して動き出した。


「いくつ、取り扱えそう?」

「塩樽は2つほどなら、目こぼししてもらえそうです」


「それで、いい?」

「もちろんでございます。あとは、農具の刃も、穀物類も準備は済んでおります。ナズラー商会の後はライル商会へとお戻り頂いて問題ありません」


「塩の、売り先は?」

「食材で取引があった酒場などに少しずつですが売れそうです。ただ、今後も、ナズラー商会か、レレイズ商会か、どちらかに卸す方がいいでしょう」


「……まあ、危ない、橋は、渡らない、ことだね」

「はい。そのように。ところで、辺境伯領のみなさまの宿については手配をしておりませんが……」


「王都に、辺境伯さま、の屋敷があるから、そっちで」

「そういうことでしたか」


 僕とリビエラさんは『遠話』での打ち合わせで確認できていなかった細かい所を打ち合わせしながら、荷馬車の横を歩いていた。


「例の、件は……?」

「本当に、わたしが思う通りにしてよろしいのですか?」


「一番、は、リビエラさんの、気持ち、だから……」

「はい……ありがとうございます、ナエバさま」


 少し考え込むようにリビエラさんが黙り込んだところで、荷馬車が停まった。ナズラー商会に着いたらしい。


 すぐに顔を上げたリビエラさんが動いて、ナズラー商会の人と簡単なやりとりをしたら、荷馬車から塩樽がどんどん運ばれていく。事前に話は通していたのだろう。


「……ナエバ。これは、どういうことだ?」

「塩樽を、売ってる、だけ、です」


 カイルさんが僕をにらみながら不満を口にする。


「これだけの塩だ。もっともうけられるだろう? なんでナズラー商会に売るんだ? 大損じゃないか」


「……リビエラさんに、言われてました、よね? これは、僕の、積荷です」

「……」


 納得はできないという顔で、それでも返す言葉がなく、カイルさんは黙り込んだ。


 カイルさんの言う通りではある。塩の小売りとしての末端価格まで考えたら、ここまで運んだ塩樽をナズラー商会に卸すよりも、自分たちで売った方がもうかる可能性はある。

 ただし、それは王都で塩を寡占状態にしているふたつの大商会を敵に回すことになる。それをカイルさんはイメージできてないんだろう。


 リビエラさんのお父さんが生きていた頃とは違う。ライル商会にはそこまでの力はないはずだ。そうなったのは全てカイルさんの責任でもある。


 そもそも、これだけの塩の売り先を今のライル商会に見つけられるとは思えない。


 ……カイルさんには、ものごとの裏が見えないのだろう。目の前のもうかりそうな何かだけが見えていて、それがその先へどうつながるのか、が分からない。


 これでも利益は十分にあるのに、それ以上の何かが手に入る可能性だけをそのまま見てしまう。


 僕の後ろに、由良くんと杉村さんが立って、カイルさんをまっすぐに見つめる。カイルさんが目をそらす。ありがたい援軍だ。


 カイルさんと僕たちを見ながら、ギーゼさんがにやにやしている。


 僕の中では、カイルさんの切り捨ては決定している。

 リビエラさんがどういう風にするのかは分からないが、もうカイルさんと何かを一緒にすることはないだろう。


 この人と組んでも、たぶん、いいことはないだろうから。





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