Patientia 016 僕は面倒でも切り捨てない



 僕たちはクリンエトゥス侯爵領へと向かう道中にあった。


 何台も連なる荷馬車の間で。


 結局、キリエス――ギーゼさんが辺境伯の財布と呼んでいた人――という人が、軍関係のマーダという隊長格の人を処分したらしい。そして、イズラ商会からはマーダが貸し出した結果、死んでしまった兵士の分のお金を吐き出させて……。


 処分、というのが文字通り、処されて分解されているらしいから笑えないのがこの世界だ。権力の恐ろしさを見せつけられた。ギーゼさんがいなかったら、ああなっていたのは僕たちの方だったのかもしれない。


 ……という、いろいろなことがあった後で、31人分の武器や防具なんかも全部、お金に替わった。


 ギーゼさんが言った通り、大儲けしたというのは間違いない。おまけにケイトリン辺境伯領での通行証までもらえた。


 さらには、7台の荷馬車に、大量に積んだ古い麦ごと、僕たちは受け取ることになった。そのうち2台は荷馬車ごと僕たちの物になるらしい。

 足りない御者はキリエスという人が用意したし、隣国との戦闘がない今は、割と暇だという兵士たちを護衛に加えてくれた。


 ケイトリン辺境伯領も、3年連続の豊作で余る麦の処分に困っていたらしい。

 しかも、備蓄の古い麦だとイズラ商会のような商会に買い叩かれるそうだ。今は、いろいろあった結果としてイズラ商会にも高値で卸せるようで、イズラ商会の応接室からの盗聴では、商会の人間は毒しか吐いていない状態だ。


 金貨の受け取り場所として辺境伯のお屋敷へと僕たちは招かれた。僕たちを招いてくれたキリエスという人のお陰で、辺境伯のお屋敷にも僕のスキルによる盗聴器を仕掛けることができた。こっちからの情報も得られるし、僕の強みは増していく。


 商売の基本は、足りないものを余っているところから運ぶことにある。僕に商才がある訳ではないが、僕のスキルは商売での応用がきく。応用できる幅が広い、と言うべきか。


 キリエスという人の狙いは、クリンエトゥス侯爵との良好な関係、らしい。


 王国の中心、王都でいろいろと画策している宰相は、ケイトリン辺境伯領から戦線をイズラヒェル男爵領へと移動させるつもりだった。辺境伯領側の戦線は膠着状態に入っていたというのも大きい。


 鉄などが回ってくる量が減少していたことから、そういう予想はしていたらしい。だが、確かな情報があった訳ではない。


 それが分かったとしても、ケイトリン辺境伯にも、その動きを止める方法はない。そのため、ケイトリン辺境伯領としては自分たちで隣国に対する防備を整えなければならなかった。


 宰相の執務室で、いろいろな交渉をしたことがある僕には、宰相の執務室での会話を盗聴できる。あそこからは本当に王国内のいろいろな情報が手に入る。


 宰相はクリンエトゥス侯爵からの求めに応じて侯爵領の視察に向かい、わずかな救援物資を送ることを決定した。

 今は王都で、そのわずかな救援物資の手配を始めたところだ。

 救援物資の分量がわずかなのは、イズラヒェル男爵領へと送る戦争用の物資を優先しているから。


 こっちは日程的に、そのわずかな救援物資よりも先にクリンエトゥス侯爵領へと古い麦を持ち込める。

 ケイトリン辺境伯としては、余っていて困っていた古い麦でクリンエトゥス侯爵に恩を売れる。

 その上で、侯爵領からは塩という特産品と、その他、鉄など必要なものを買い付けて戻ることができる。


 それだけでなく、追加で古い麦を届ける約束をして、さらなる取引も可能だ。冬がくるまでは。


 荷馬車隊の一部は王都へと回してくれるらしい。そちらでも、僕たちがやったように、今のところ軍事物資ではない状態の鉄を買い求めてケイトリン辺境伯領へと戻ることができる。


 情報さえあれば、盤面を上からのぞくように見ることができる。その上で先手を打てば、利益は得られる。ただし、その利益を守れるだけの強い力も必要だというだけで。






 夜、僕たちの見張りは、もちろん狼などの野獣に対するものでもあるが、それ以上に辺境伯領の兵士たちを警戒している。


 道中の護衛は、荷物というよりも狼から馬を守るのが基本になっているので、難しくはない。だが、本当に男の欲望というのは無限にあるらしく、僕たちの荷馬車にどうにかして近づこうとする兵士たちがうろうろとしている。


 交渉すれば肉体関係が可能、というのがどうやらこっちの人たちの感覚らしい。

 貞操観念とはなんぞや、という部分だ。交渉がダメなら無理矢理にでも、というその先もある。

 まあ、彼女たちがそれだけ、兵士たちから見て魅力的なのかもしれないが……。


「……誰もあたしに文句を言わないんだけど?」


 二人で見張りをしていると、吉本さんが話しかけてきた。返答に困る内容なので僕には何も言えない。


「……あたしはさんざん苗場の文句ばっかり言ってきたのにさ」


 まあ、いろいろと言われていたが、実際、気にならなかった。

 そんな下らないことよりも、どうやってこの世界を生き抜いて、元の世界に帰るのか、が重要だったから。


 正直なところ、吉本さんのこれは甘えだとは思う。でも、どうでもいいと言ってしまうと失礼だが、僕にとって吉本さんは実際、どうでもいいレベルだ。


「……みんなの代わりに、オッサンたちの欲求不満の解消役とか、した方がいい?」


 ……また、馬鹿なことを言い出した。これはさすがに黙ったままではいられない。


「……ダメ、だと思う」

「なんで? あたしが我慢したら、他のみんなは安全になるよね?」


「逆、に、なる」

「逆……?」


「誰か、と、そういう、こと、が、できるんなら、ああいう人、たちは、他の人、とも、できる、と考えるだろ、う、から……」

「そう、なんだ……」


 そもそも、人を殺せないなんて、普通のことだ。僕たちにとっては。


 そういう意味では、吉本さんは僕たちに、僕たちがこの世界で歪んでしまったことを突き付けてくる存在ではあるのかもしれない。


 みんなが吉本さんに何も言えないのは、僕と違って、人殺しになってしまった自分と向き合うことになるからじゃないだろうか。


 吉本さんがこのまま、綺麗なままでいるか、それとも僕たちと同じ人殺しになるかは、吉本さんが自分で決めればいいことだ。そこで僕は、吉本さんが戦力になるかどうか、それだけを見極めればいい。


 そもそも、そういう理由で吉本さんを排除すると、杉村さんや由良くんまで敵に回す可能性がある。どんなに足手まといだったとしても、僕から吉本さんを切り捨てたりはできないのだから。


 だから、これは甘えなのだろうと僕は思う。





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