Patientia 015 僕は情報をあやつる



 ギーゼさんにぐいっと引っ張り出された僕は、馬上の細身の人の前に立たされる。


「この隊商のまとめ役、やってるヤツだ。今のおれの雇い主だな」

「そうか……イズラヒェルに向かうとのことだが、積荷は何になる? 売り物は何か? 言って問題がないのなら教えてくれ」


 ……さっきの盗賊……とみなした兵士たちとは、直接、関係がないのだろうか?


「……い、今は、盗賊から、奪った物も、ございます、が、もともとは、鍬などの、農具の刃、が積荷で、これを売りにきまし、た」


「……ろくな値段を付けてもらえなかったと、今、聞いたが、いくらだったのか?」


「ひと、つ、銅貨70枚だ、と……」


「馬鹿なことを……荷馬車はこの1台で間違いないか? それなら、そこにあるだけ、そうだな、ひとつ銀貨2枚と銅貨50枚で買い取ろう。どうだ、悪い話ではあるまい?」


 この人は、本当に辺境伯の財布なんだろう。あっさりとイズラ商会の何倍もの値段を付けて、農具の刃の買取を申し出た。


 この値段で売れば利益は間違いない。今度は、それだけの銀貨を守る方が大変そうだ。カイルさんが目を見開いているのがおもしろい。


 だが、ここで一歩、さらに踏み込もう。


「……ひと、つ。情報、を、買ってもらえる、のなら、全て、この場で、お売り、します」

「情報、か。ふむ。申せ」


「金貨、3枚。お約束、を」


 僕の後ろで、由良くんたちが息を飲み込むのが分かった。


 ふっかけすぎただろうか?


 いや、農具の刃に1枚で銀貨2.5枚の値段を付ける人だ。それだけ、ここは今、鉄が不足している。

 運んできたのは3種類300枚ずつで、900枚。枚数の話はしてないが、荷馬車の数をこれだけだと確認しての値段だった。


 金貨2枚から3枚は、この人にとっては、簡単に扱える金額のはず。


 ギーゼさんがにやにやと笑っているから、おそらく、僕は間違えていない。


「……金貨1枚は約束しよう。だが、価値がなければ3枚は出せん。いや、価値があるのなら、金貨10枚でもかまわんぞ?」


 ……やっぱり、動かせる金額は本当に、辺境伯領の予算レベルなんだ。


「金貨、は、3枚でいい、です。その、代わり、備蓄してい、る、古い麦を安、く、こちらに……」


「……どこへ売るつもりだ?」


 ここで、それを口に出すと思われているのなら、ずいぶんとナメられている。さすがにそれはない。


「金貨は5枚出す。備蓄していた古い麦の扱いはこちらも悩んでおった。安く流すのも手配しよう。どこへ売るつもりだ? イズラヒェルか?」


「……クリン、エトゥス、侯爵領に、運び、ます」


 ……思った通りだ。僕のスキルは、やっぱり金になる。


 僕のスキル『遠話』は、盗聴器のような使い方ができる。

 この世界には盗聴器はなく、当然、その対策も、対処方法もない。そういう対処が必要だという考え方すら、ない。


 王都の宰相のところに仕掛けたスキルの盗聴器で、この国の重要情報はあっさりと手に入る。


 クリンエトゥス侯爵領が風水害で、今年の麦の収穫が絶望的なことも。

 王が次の戦争をイズラヒェル男爵領のティルパ要塞で行うつもりであることも。

 宰相が武器用の鉄板のほとんどをティルパ要塞へと送り、ケイトリン辺境伯領で鉄が不足していることも。

 これまでの数年間の戦争と、森の開拓によって得た農地で、ケイトリン辺境伯領が3年連続の豊作であることも。


 王城での学びの時間に、簡単に教えられた地図を頭に叩き込んできた。その上で、入ってくる情報を整理しておいたのだ。どこに何を運んで、何を仕入れて、どこを回れば、効率よく、大きく、稼ぐことができるかを考え続けてきた。


 ……全ては、僕の担当だったメイドのリビエラさんが、割と大きな商会の娘だったことから始まった。


「……イズラヒェルへの兵糧でなく、クリンエトゥスか。クリンエトゥス侯爵領で何があったのだ?」

「……」


「金貨は10枚だ。さすがに情報だけでこれ以上は出せん。裏も取らねばならんのでな」


 ……ちょっとドモりそうだったから、慌てないようにしただけだったのに。沈黙したことが価格交渉と思われてしまったみたいで、金貨が10枚に増えていた。


「……クリン、エトゥスでは、風水害の、被害が甚大で、餓死する領民が、多くなる、と予想、されていま、す」


「風水害……噂に聞く、大風のあれ、だろうな……そうか。ここから麦を運んで……狙いは、クリエトゥスの『塩』か……」


 ただ儲けるだけなら、イズラヒェルとケイトリンの往復で兵糧を売ればいい。困るほどの豊作だったケイトリンと、戦争で兵糧が必要なイズラヒェルなら商売はうまくいくだろう。

 ただし、春には王城に残った人たちが連れて行かれる戦争間近な危険地帯でもかまわないのなら。戦争がもうかるのはどこでも同じらしい。


 僕としてはお断わりだった。それなら、飢饉が予想されているクリンエトゥスで、そこの特産は塩。その塩を王都に運んで大儲けをしている商会がある。それを真似る形を僕はリビエラさんと考えたのだ。


 この、辺境伯の財布の人は、それを見抜いた。ただし、商人ではなさそうなので、その部分で先に動いて利益を奪われるということはないだろう。


「……ギーゼ。いい商人を紹介してもらった」

「んなこたぁいいから、さっさと盗賊の銀貨を寄こせや」


「ああ、さっきの話の金貨やら銀貨やら、まとめてどうにでもしてやる。しばらく待っていろ」


 そう言って、馬上の細身の人は、馬を走らせて消えていったのだった。





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