Patientia 014 僕たちは門で足止めされる



 ケイトリン辺境伯領の領都リンクスへは翌朝、戻った。


 ギーゼさんが言っていた、入市税を払ってもおつりがくる、というのは本当で、盗賊31人分の鼻……そのうちひとつはギーゼさんの分なので、30人分で銀貨15枚になるのだ。


 ある意味では、前にギーゼさんが言っていた、盗賊避けなど付けずに襲わせた方が金になるというのも、納得せざるを得ない。それだけこの世界に盗賊が多いからだ。


 しかし、リンクスの入口で僕たちは足止めされた。


「……盗賊、か? 本当に?」


 門番からは疑いの目を向けられる。


 ひょっとすると……いや、ひょっとしなくても、僕たちを襲った兵士たちと門番は仲間なんじゃないだろうか。

 どちらもケイトリン辺境伯領の人間で、門番と兵士だ。無関係だと思うことの方に無理がある。


 僕たちがどうしたものかと思っていたら、ぐいっとギーゼさんが前に出た。


「おう! 間違いねぇぞ! おれぁ王の定めを聞いたし、見ろや、この荷馬車。どう見ても商人の馬車だろ? これに向かって武器を持った連中が遅いかかったんだ。間違いねぇぞ?」


「な、なんだ、アンタは?」


「おれぇ? おれか? おれぁ、たまたま~、その場に通りかかった開拓者だ。王の定めが聞こえてよぅ、襲われてる荷馬車が見えたらぁ、そりゃ助太刀するだろぅ? んなこたぁ、あったりめーじゃねぇかぁっ! おめぇさんだって門番なんてやってんだぁ、おれとおんなじとこに居合わせたらぁ、そりゃぁ助太刀すんだろぅ?」


 ……どうやら、ギーゼさんは僕たちとは他人のフリをして、第三者として助太刀に入ったことにするらしい。


 確かに、戦闘の時のギーゼさんは間違いなく、後から参加した。相手の指揮官だけを討つために。

 そう言われてみれば助太刀という言葉がしっくりとくる。真実、あの戦闘は僕たちのもので、ギーゼさんは助太刀だった。


 ただし、ギーゼさんの演技は……どうなんだろうか?


「……合わせよう」

「……うん」


 由良くんがそう囁き、僕はうなずく。女の子たちにも目で合図を送り、意思を統一する。ただ、一人だけは馬車の中で座り込んでうつむいたままだ。


「いやあ、本当に助かりました! この人みたいな強い人が助けに入ってくれて、命拾いしましたよ!」

「……そう、です。とて、も、助かり、ました」


 僕には演技は向いていないと一瞬で痛感した。短い一言すら、まともに言えない。ここは由良くんに任せるしかなさそうだ。


「……ってこった。とっとと盗賊分の報奨金を出してくれい。それともあれかぁ? アンタぁ? 王の定めを無視して、盗賊側の味方ぁ、するんじゃねぇだろうな? まさか、それがケイトリン辺境伯家のやり方かぁ?」


「ば、バカを言うな! 辺境伯さまが王の定めを破る訳がないだろう! 少し、ここで待ってろ!」


 ギーゼさんの大声で、注目が集まる中、門番が一人、走り去っていく。


「ギーゼ、さん……」

「んん? 心配かぁ? まあ、門番の言う通り、辺境伯さまがよぅ、王の定めを破る訳ぁねぇ。最初に疑われたら心配になる気持ちは分かるが、さすがによぅ、30人もの盗賊を相手にそれより少ない人数の護衛なら、門番もビビって疑いもすらぁな。なぁ?」


 僕が名前を呼ぶと、ギーゼさんは話しながら残っている門番の肩にぐいっと手を回してにかっと笑いかける。正直なところ、笑顔が怖い。門番も引きつった顔をしている。


 ……その気持ちは分かる気がする。


 ギーゼさんは厳つい。本当に一人で30人の兵士を殺してしまえるんじゃないかと思えるほどに。いや、本当にできるんだろう。本気でやれば、だ。


 僕たち以外の人たちの相手をしている門番たちはどこかほっとしているように見えるのも気のせいじゃない。全部、ギーゼさんの存在感による威圧だ。


 それからしばらくはそのまま待たされて……。


「……ほう。これはまた、どうやら大物が釣れたぜ……」


 馬に乗った細身に見える誰かが早歩きの門番と戻ってきた時に、ギーゼさんが楽しそうにそう言った。


「本当に『金満』がいるとは……よくきたな、ギーゼ」

「なんだぁ、さっきの門番、おれんこと、知ってるヤツだったか?」

「いや、噂だけで確信はなかったらしい」


 ……ギーゼさんはこの人のことを大物と言ったが、その人にこういう対応をされるってことはギーゼさんの方も大物なのでは?


「それで? たかが盗賊の鼻くらいの話でアンタがこんな門まで来るこたぁねぇだろ? それとも門のところにゃ盗賊用の銀貨が足りてねぇのか? くく、辺境伯さまのお財布さんよ? どうなんだ?」


 ……辺境伯の財布? それはつまり、財政的な部門を預かってるとか、もしくはあれか……家宰とか呼ばれる、国で言えば宰相にあたるような各家の臣下のトップ?


 だとすると本当に大物だ。辺境伯本人とその家族以外なら、辺境伯領で一番上とも言える。


「ギーゼ。さすがにアンタを倒せるとは豪語できんが、それでも殺されるまでに腕の一本くらいはどうにかできる自信はあるぞ?」

「ほう。金の話でおれが一歩でも引くと思ってんのか……?」


「いや、盗賊の分の銀貨はすぐに用意させるが……我が領での盗賊被害だ。そちらの商人に不都合がないかとな」

「ふーん、証人に不都合ねぇ?」


「……ギーゼ、わざと言ってるのか?」

「いや、商人の証人がおれじゃ不満なのかと思ってよぅ?」


「……特に問題ない。それよりも……」

「いいから急いでやってくれや。ここで銀貨を頂いたら、すぐにイズラヒェルに向かいてぇんだとよ。なんか、聞いた話によると、ここのリンクスの商会だと、せっかく持ってきた積荷にろくな値段を付けてもらえなかったみてぇだな。命懸けでここまできて、道端の子どもの小遣い程度の稼ぎじゃ話になんねぇだろ?」


「待て? どういうことだ……?」

「詳しいことはおれに聞くんじゃねぇよ。おれぁ、たまたまこいつらと出会って、王の定めに従って助けた。そんで、そん時の働きが認められて護衛に雇われたって話だぁな」


 辺境伯の財布と呼ばれた人が初めて僕たちの方を見た。どうやらギーゼさん以外に興味はなかったらしい。


 どういうつもりなのか、とんでもないところでギーゼさんはこっちに話を振ってきたらしい……。





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