Patientia 009 僕たちは支え合っている(2)



 それから移動して、次の村で村役人に盗賊の生き残りと、盗賊から削いだ鼻を渡して、銀貨や銅貨をもらった。本当に盗賊がお金になるということが実際に経験することで理解できた。


 盗賊3人分の銀貨1枚と銅貨50枚は僕たちで分けろとギーゼさんが渡してくれた。残りはギーゼさんが一人で殲滅したのだから、ギーゼさんの取り分として当然なんだろう。


 残念なことに、その村では古着はほんのわずかしか売れなかった。わずかでも売れただけ、マシともいえる。古着の利益よりも盗賊の方がはるかにもうかるというのは間違いなかった。


 古着などの販売中に、杉村さんや野間さんにいやらしい目を向けている男たちがいるのは、今回は僕にもわかった。

 でも、そいつらは同時に荷馬車の盗賊避けの耳を見て舌打ちしていた。だから、ギーゼさんのやり方が正しいということもはっきりと理解できた。


 あの人たちが、場合によっては夜、盗賊になるのだ。ここは、そういう世界だと理解しなければならない。そうでないと自分の身が守れなくなる。


 僕たちもいずれはギーゼさんのように……わざと盗賊を誘って利益を得ようとする、そんな一団になるのかもしれない。






 村を出て、ある程度進んでから野営したが、この日の夜は、盗賊は出なかった。


 ただ、僕は木の棒で殴られた脇腹に赤黒いアザができて、痛みもひどく、眠れなかった。眠れないことは見張りには都合が良かったのだが、見張りを交代してからは寝転んでも辛かった。


「……苗場くん」


 そんな僕に話しかけてきたのは、高橋さんだ。僕はゆっくりと上半身を起こす。


「脇腹、見せて」


「……え?」

「昨日、盗賊に殴られてた。今日、動きがおかしかった」


「……高橋、さん」

「苗場くんいないと、渡くんに会えない。それは、困る」


「……」

「見せて」


 僕は服をまくって、脇腹を見せた。高橋さんは自分が怪我をしたような、とても痛そうな顔をして、僕の脇腹のアザを見た。ウサギの血で表情をほとんど変えなかった人とは別人のようだった。


 そして、女の子らしい小さな白い手を僕の脇腹のアザに触れさせると、一度、目を閉じて息を吐き出した。


 高橋さんの手からオレンジ色の淡い光が広がり、僕の脇腹から痛みとアザが消えていく。


「え? な、何、ここ、これ……?」


「スキル」

「た、高橋、さんの、すす、スキルな、の?」


「絶対に、秘密で」


 ……回復系の、ヒーラー的なスキル持ち!? 王城での訓練では隠してたのか!? 確か、水魔法は普通に訓練で使ってた気がする?


 いや、クラスメイトだけじゃなくて、王城の魔法使いの指導者たちも、回復系の魔法については何も言ってなかった。ということは、高橋さんだけのレアスキルという可能性もあるのか?


「……こんな世界じゃ、無駄なスキル」


 そう言って高橋さんは僕から離れて、テントへと戻っていった。


 ……確かに、そうかもしれない。この世界は、簡単に人が死にすぎるし、傷つきすぎる。本当に、無駄なのかもしれない。でも、僕たちにとっては、これは、大きい。


 しっかりと自分のスキルを隠してきた高橋さん。そして、そのスキルを今、内緒で僕に使ってくれた。

 そのことに感謝しつつ、また、重ねて、痛みがなく眠れることにも僕は感謝した。

 高橋さんがどこまで秘密にするつもりなのか、は、いつか確認しなければならないと思う。


 ……渡くんたちにも、こうして隠してるスキルがあったんだろう。


 高橋さんのスキルのことで、僕はそういう気づきを得たのだった。






 マーゼル伯爵領を抜けてノモント子爵領へ入ると、街道はしっかりと固く整地され、荷馬車が安定して進めるようになった。


 ノモント子爵領内の町や村は、入市税が銅貨5枚と格段に安く設定されていて、賑わっている。


 南はマーゼル伯爵領を通じて王都へ、東はケイトリン辺境伯領へ、西はクリンエトゥス侯爵領へ、北西はイズラヒェル男爵領とティルパ要塞へと繋がる交通の要衝だ。


「楽市楽座」


 馬車の後ろで座っている高橋さんが小さくつぶやく。


 なるほど、確かに、織田信長の楽市楽座と似たような考えの領地経営なのかもしれない。


 ノモント子爵領は交通の要衝だが、街道はノモント子爵領を経由しない別のルートもある。

 元々交通の要衝だったのか、入市税を安くする政策によって行商人が通るようになって交通の要衝になったのかは、調べてみなければわからないだろう。


 行商人がたくさん訪れ、賑わいを見せる町の広場は、間違いなく、格段に安い入市税が生み出した光景だ。


 領民も行商人の露店でいろいろと買い物をしている。豊かさは領民にも届いているのだろう。


 ……そのせいで、古着は全然売れないんだが。


 カイルさんの顔がとても険しい。赤字とはいえ、あくまでも古着売りはついでなのだから、そんな顔はしないでほしい。


 マーゼル伯爵領では入市税が高いのに古着は売れず、ノモント子爵領では入市税が安いのに古着は売れず。商売とはなかなか難しくて、おもしろい。利益が出ないので笑えないが、おもしろいと感じるのは間違いない。


 この日、ノモント子爵領の領都でもあるチェリスの町で、僕たちはこの旅で初めて、宿に泊まった。


 これまでの野営に疲れ切っていたみんなは、テントの準備も食事の準備も必要なく、久しぶりにゆっくりと休むことができたのだった。


 ただし、トイレについては……別だったが……。





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