Patientia 009 僕たちは支え合っている(1)



 翌朝の出発前に、荷馬車の後ろの両サイドに、ギーゼさんが飾りをつけた。

 そんなギーゼさんに質問するのは由良くんだ。


「な、なんで、こんなもん、付けてるんですか?」

「あぁ? 盗賊避けだ。おめぇら、盗賊に来てほしくねぇんだろ?」


 ……まあ、飾りというか、切り取った盗賊たちの耳なんだが。


「盗賊避け?」


「おう。これを見りゃ、この荷馬車のオレたちが盗賊狩りをしたってことが一目でわかる。盗賊をおびき寄せて金に換えようってんじゃねぇんなら、盗賊避けはやっといた方がいいだろぅが。耳だけじゃなく指とかも飾っとけばいいんだがよぅ。鼻を飾ると盗まれるからなぁ」


「は、鼻、盗むヤツがいるんですか?」

「あたりめぇだろ。金になるんだぞ?」

「そ、そうですね……」


「ホントはよぅ、アコやらノマやらを見た連中が盗賊になって寄ってくりゃ、しこたま稼げるんだから、盗賊避けとか、いらねぇんだけどなぁ」


「……盗賊は、どこでオレたちのこと、見てるんですか?」


 由良くんは、ちらりと、後ろ手にして縛られ、腰にも縄を巻かれた盗賊の生き残りを見た。しかも荷馬車にそれが結ばれているので、嫌でも歩くしかない状態だ。

 僕が切り落とした親指の根元はギーゼさんが強くしばって血止めした。このまま、馬車に牽かれながら自分の足で次の町か村まで歩かせるのだという。


「は? 何言ってんだ、ユラ?」

「え?」


「こいつ……」

 ギーゼさんはくいっとあごをしゃくって生き残りの盗賊を示す。「昨日立ち寄った村で、アコたちを舐めるように見てたじゃねぇか?」


「え? 村にいたんですか? じゃあ、普段はどこに隠れ住んでるんです?」

「なんで隠れ住むんだ?」


「え、それは、隠れてないと捕まるじゃないですか?」

「いや、隠れる必要ねぇだろ。役人にでもバレてなきゃよ」


「……え? じゃあ、どこに住んでるんです?」

「普通にそのへんの村ぁ、住んでんだろ。あたりめぇじゃねぇか」


「村に……住んでる……?」

「まぁ、バレたらバレたで、王都でも、別の町にでも逃げりゃいいんだ。難しいこたぁねぇ」


「……それって、王都にも、普通に盗賊がいるってことです?」

「そりゃそうだろ。王都なんざ、毎日、盗みも殺しも、あるじゃねぇか」


 ……価値観が違い過ぎる。でも、この価値観を理解しようとしないと、ここでは生き抜けない。普通に村人、たまに盗賊。それがこの世の中。こっちの……この世界の常識がそれだ。


「……えっと、つまり、この人、昨日は、あそこの村の、村人だったって、ことですかね?」

「夜には盗賊になったけどな」


「……そのへんの村に、普通に盗賊が住んでるってことですか?」

「だから、そう言ってんじゃねぇか」


「魔が差した、とか?」

「いや、昨日のようすだとよぅ、かなり慣れた感じだったな。今まではうめぇことヤってきたんだろ。こいつら、荷物よりも女目当てな感じだったしな」


「めちゃくちゃじゃないですか! 王様とか伯爵とかは何してんですか!」

「おいおい、怖ぇこと言うなよ。不敬で殺されっぞ、ユラ」

「いや、でも……」


「村ぁまるごと盗賊だってとこもあるくらいだ。こいつらぁ、あの村のごく一部なんだ。かわいいもんじゃねぇかよ」

「村、まるごと……」


「強ぇヤツは、奪って、犯して、殺して。弱ぇヤツは、奪われ、犯され、殺されらぁ。弱ぇヤツは強ぇヤツのエサでしかねぇ。ユラ、おめぇが気のいいヤツだってのは、この何日か、一緒にいたからわかるぜ。でもなぁ、おめぇ、このままじゃ、そのうち、死ぬぞ?」


 ギーゼさんは間違ってない。それがこっちの……この世界の常識で、真実。

 それでも由良くんは……由良くん以外の杉村さんや吉本さんも、その言葉をそのまま受け入れることはできない。そういう表情だ。


「……ギーゼさんは、オレたちよりも強いのに、オレたちから奪ったり、お、犯したり、殺したり、しないじゃないですか。その気になったら、できるんですよね?」


「まぁ、できるな。できるんだが、それはやらねぇよ」

「ほら、そういう人もいるんですよね?」


「……勘違いすんな、ユラ」

「え?」


「オレがおめぇらに手ぇ出さねぇのは、まず開拓者ギルドを通しての指導の依頼ってコトがあらぁな」

「依頼……」


「この場合、おめぇらの後ろには開拓者ギルドってでっけぇ組織がいる。だから、オレでもうかつに手は出せねぇ。後ろに何かがいる。それも強さのひとつだ。それでもよ、ギルドにバレねぇようにやろうと思えば、できなくはねぇぞ?」

「……」


「それに、おめぇらはテッシンともつながってんだろ?」

「へ? 渡、ですか?」


「オレぁよ、あんなバケモン、敵に回すようなバカなマネはしたくねぇんだよ。それがおめぇらに手ぇ出さずに、甘やかして、こんな安い金で護衛に付き合ってやってる理由だ」


 ……やっぱりギーゼさんにはバレてたか。


 それにしても渡くん、遠くにいるのにすごく助けられてる。ギーゼさんが1日銀貨2枚で協力してくれてるのは、渡くんのお陰なんだ。予想はしていたが、はっきりそう言われると納得させられる。


 そう感じたのは僕だけではないようで、野間さんや高橋さんが力強くうなずいていた。二人は渡くんのシンパだから。


 ギーゼさんは親切心で僕たちの味方になったんじゃない。渡くんを敵に回したくないという、打算でこうしている。僕たちに何かがあったからといって、それに渡りくんが気づくとは限らないのに。


 ……僕のスキルで、渡くんとはいろいろと情報交換はしているから。そこはうまく誤魔化しながらギーゼさんにも伝えるようにしよう。まあ、ギーゼさんはそのことにたぶん、気づいてるんだろう。





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