Patientia 008 僕たちは盗賊と戦う(2)
盗賊が近づいてくることが分かって、女の子たちの表情がない。それでも、野間さんは弓を、あとの3人は短剣を構えている。
「……由良、くん」
「お、おう。わ、わかってる……誰だ! これ以上近づくと盗賊とみなす! 盗賊は生死問わずと王の定め!」
じゃり、という小さな足音が一度、消えた。
ギーゼさんに教わったことだが、盗賊に対しては二度、警告を出さなければならないらしい。
「二度目の警告だ! これ以上近づくと盗賊とみなす! 盗賊は生死問わずと王の定め! 覚悟はいいか!」
今度は、はっきりとした足音が響いて、男たちが突進してきた。
手には……剣や槍などではなく、木の棒を握りしめている。
「ううっ……」
うめき声とともに、野間さんが矢を放つ。
「ぐわっ」
誰かに当たったらしい。
由良くんと僕が、左手の籠手と右手のメイスを構えて、前に立つ。
「ぐおっ」
「ぎゃっ」
「うぐっ」
焚き火の灯りが届くぎりぎりのところあたりで、戦闘音と悲鳴が響く。
闇の中を回り込んだギーゼさんが後方の盗賊を相手にしている。ギーゼさんの作戦通りだ。
三人の男が僕と由良くんのところへとやってくる。そのうち一人は動きが鈍い。よく見ると、ふともものあたりに矢が刺さっている。
「ふたりって、言ったじゃんか! 三人いるし!」
男が振り回す木の棒を由良くんはメイスで殴るように受けた。
男の木の棒が砕けて折れる。木材と金属の差だろう。
僕は、王城で訓練を受けた時のように戦った。振り下ろされる木の棒を横から払うようにして籠手で受けつつ、男の頭へとメイスを振り下ろした。何度も繰り返した、基本の動きだった。
男がのけぞるようにメイスの先を避けようとしたが、顔面直撃は避けたものの、胸のあたりにドスンとメイスが衝撃を与えた。
「ぐはっ」
一気に肺の中の空気を吐き出すような感じで、男から悲鳴が漏れ、そのままその場に膝をつく。
僕にしてみれば、こっちの世界の連中は、基本的に、僕を元の世界から拉致した悪人どもだ。リビエラさんやギーゼさんのように助けてくれる人でないなら、何の遠慮もいらない。
もう一度振り上げたメイスを今度は男の頭頂部へと振り下ろす。
同時に、男が横に振り回した木の棒を横腹に受けたが、その瞬間には男の頭がごぶりと音を立てて割れ、血と何かよくわからないものが流れ出た。
明るい昼間の戦闘でなくて良かったなどと、余計なことが頭をよぎる。
横を見ると由良くんがもう一人の盗賊と向かい合って、メイスと木の棒を振り回し合っている。
矢の刺さったもう一人がいたな、と視線を動かすと、その瞬間、矢の刺さっていた男は前のめりに倒れた。
「わりぃな、数が予想より多くてよぅ。ちいっと遅れた」
倒れた男の後ろには血まみれのギーゼさんが笑っていた。
「そいつ以外は、全部、終わったぜぃ」
ギーゼさんを見た最後の一人が怯えた表情を見せた。
「こ、降参する! 降参するから、殺さないでくれっ!」
木の棒を放り出して、最後の盗賊は両手を上げた。
それを見た由良くんは肩の力を抜いてメイスをゆっくりと下ろそうとした。
「ユラぁっ! 油断すんじゃねぇっ! メイスは下ろすなぁ!」
「は、はいっ」
ギーゼさんの咆哮のような怒鳴り声に、由良くんは再びメイスを構えた。
すぐにギーゼさんは降参すると言った盗賊の背中側へ移動する。
「そのままそこに膝をつけ。そうだ。それから前に倒れろ。うつ伏せになれ。腕は伸ばしたままだ。肘を曲げるな。足も伸ばせ。ユラ、そのままメイスは構えて、いつでも殴れるようにしとけ」
ギーゼさんの指示通りに最後の盗賊が動いて、水泳でバタ足でもしているかのような姿になる。その背中にどしんとギーゼさんが座り込んだ。
「ぐぅ……」
「どうするよぅ、ユラぁ、ナエバぁ。こいつは生け捕りでいいのかぁ? ああ、心配いらねぇぞ? メシも食わせる必要はねぇし、次の村か町で銀貨と交換だからな」
「い、生け捕り、で」
由良くんがそう言って、僕を見た。「いいよな、苗場?」
特に、異論はない。僕はうなずいた。
「よーし、そんじゃあよ、ユラはそのまま、メイスかまえとけ。ナエバ、こいつの右手、解体用のナイフで親指、落としとけ」
「え? ぎ、ギーゼさん……?」
「メイスかまえとけって言ってんだろ、ユラ? それともおめぇが落とすか、親指? できんのか? できねぇだろ、ユラ? あんだけ言ったのにまだ殺しにビビッてやがるしな? おめぇ、ホントに、このクソみてぇな男と、アコと、どっちが大事なんだ? ユラ、おめぇと比べてよ、ナエバのヤツは何倍も我慢強ぇよ。何を護るべきか、ちゃんとわかってやがるしな」
「な、なんで、親指……」
「こいつ右手で木の棒振り回してたろぅが? 親指がなくなりゃあ、まともに武器は握れねぇからな。生け捕りで連れ歩くには、必要なこった。ほれ、ナエバ、とっととやれや」
「や、やめてくれ、た、助けてくれ……」
「そういうことは、盗賊やる前に気づけ、このクソが」
ばたばたともがきながら許しを請う盗賊と、メイスをかまえながら青い顔でそれを見ている由良くんと、その後ろの女の子たち。
杉村さんと吉本さんの顔も表情が抜け落ちたかのように青く、能面でもかぶっているかのようだ。
野間さんは弓を持った手が震えている。
高橋さんも表情はない。でも、この中では一番、動揺が少ないようにも見える。
僕はメイスを置いて、解体用のナイフを懐から取り出した。
「な、苗場くん……や、やるの……?」
杉村さんの言葉に、僕はちょっとだけ顔を向けて、すぐにそらした。そのまま、最後の盗賊に近づき、その、ばたばたと動かしている右腕に踏んでから、さらに膝を落として体重をかけた。
それから左手で手首を押さえて、ナイフを盗賊の親指に押し当てる。
「ぎゃあーっっ」
盗賊の悲鳴が響く。
でも、うまく切り落とせない。血はどくどくと流れ出てくる。
「体重をかけろ。骨はそう簡単に落とせねぇぞ」
ギーゼさんに言われて、僕はもぞもぞと体勢を変えながら、もがく盗賊の腕を押さえつつ、ナイフの背をブーツの靴裏で踏み込んだ。
「ぐわあぁぁっっっ」
びゅっと顔に血がかかった。
「うぼぐぇぇぇっっ」
由良くんが吐いた。臭う。なんか臭い。
そこから先はよく覚えていない。
ギーゼさんが盗賊を後ろ手で縛り上げて、親指の付け根も縛って止血はしたらしい。
あと、殺した盗賊たちの鼻もギーゼさんが削いで落とした。
「苗場、アンタ、狂ってるよ……」
吉本さんがそんなことを囁いていた気がする。
「……悪人に人権はない」
高橋さんの小さな声が聞こえた気がする。
それは、古いラノベの名ゼリフだったような気がした。オタを自認する高橋さんらしいのかもしれなかった。
この夜、僕たちは結局、そのまま眠れずに明かした。
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