Patientia 008 僕たちは盗賊と戦う(1)



 王家直轄地を抜けて、マーゼル伯爵領へと入ると、古着の売買に、銅貨ではなく、物々交換を求められるようになってきた。こうなると利益の計算が難しい。


 そもそも、王家直轄地とマーゼル伯爵領では、通貨の普及率が違うのだろう。そういう意味では仕方がないのかもしれない。


 なんでもかんでも物々交換ができる訳ではないが、僕たちとしても、保存食ではない食料としての野菜なんかは嬉しい。野菜は途中ですぐ消費するので、積荷の状態を心配する必要もない。

 それに、物々交換は取引をしているという実感がすごくあって楽しめた。そういう側面は否定できない。


 ただし、マーゼル伯爵領の入市税は銅貨20枚で、どちらかと言えば入市税が高い領地だった。だから、正直なところ、もっとたくさん古着を売りたかった。

 うまくいかないこともあるとは考えていたが、実際にうまくいかないことがあると、やっぱり自信を無くしそうになる。


 マーゼル伯爵領通過中に立ち寄った二つ目の村では、物々交換でも古着はほとんど売れなかった。村の入口で入市税の銅貨20枚は払っていたため、この村だけで考えれば完全に赤字だった。

 荷馬車を遠巻きに見つめる人や、古着を手に取って確かめる人など、何人もいたのに、売れなかったのだ。


 カイルさんも、ギーゼさんも、苦々しい顔をしていた。この二人の苦々しい顔の意味が全く異なるということを知るのは夜になってからだった。






 村を出て荒れがちな街道を進み、夕陽を背に野営の準備を進める。


「おい、おめぇら。今夜は全員で警戒だ」

「え?」


 ギーゼさんが苦々しい顔でこれまでにない初めての指示を出した。


「盗賊がくるぞ」

「盗賊がくるんですか?」

「なんでわかるんです?」


「そりゃあ……」

 ギーゼさんが元来た道を振り返る。「……まぁ、カン、だな」


 経験値の高い人のカンは信じた方がいい。そのために指導者としてついてきてもらっている。


「……なにか、特別に、……する、ことは?」


「そうだな、いつもよりゃ、荷馬車を囲むように何か所かに分けて火を焚いとけ。オオカミと違って守るのは荷馬車と、おめぇらだ」


 そう言って、ギーゼさんは右手の親指で荷馬車を指し示した後に、あごで女の子たちをくいっと指した。


「私たち、ですか?」

「なんだ? ヤられてぇのか? アコ?」

「絶対に嫌です!」


「おぅ。なら、姦(ヤ)られる前に、殺(ヤ)れぇ」


 ごくん、と女の子たちが唾を飲み込んだ。


「……ギーゼ殿。盗賊は、何人ぐらい?」

「さあなぁ。まあ、最低でも6人ってぇとこか」

「6人で、ございますか?」


 カイルさんはギーゼさんにものすごく丁寧な口調で話す。ギーゼさんは護衛として雇われた訳ではないので、カイルさんの命令や依頼では動かないからだろう。


「……バカどもは、女を戦力とは考えねぇからな。男の数だけ見て、それ以上集めりゃなんとかなると考えるモンよ」

「はぁ……」


「おめぇさんは、商会の代表だって話だったが、盗賊に遭ったこたぁ、ねぇのか?」

「……王領の外は初めてにございます」


「そりゃ、かなり世間がせめぇな。王領の中でもよ、盗賊が出るところはあらぁな。王都の東の貧民街の連中なんざ、盗賊と同じだろぅが」

「……」


「まぁ、いいさ。おい、警戒態勢は絶対だが、いつも通り、食事の準備もちゃんとしとけ。盗賊なんてのは、こっちの都合はお構いなしだぞ? こっちはこっちで、いつも通り動けなくてどうする?」


 そうギーゼさんに言われて、僕たちは今までにない緊張感の中で野営の準備を続けた。






 ギーゼさんの予想通り、盗賊たちはやってきた。


「ほれ、あの、向こうの灯りだ」

「あれ、ですか? 遠い、ですよね?」


 由良くんの緊張した声がギーゼさんに答える。


「あの灯りが、もうじき、消えるぞ」

「え? あ、消えた……」


「こっちの野営の焚き火を見つけたのさ。後は、この焚き火を目指して進むだけだからなぁ。消えた灯りの数だと、8人ってトコか。稼ぎ時だぞ?」


「か、稼ぎ時、ですか?」

「おう。盗賊は切り鼻ひとつで銅貨50枚だ。生け捕りだと銀貨1枚になるぞ?」


「切り鼻ってなんです?」

「そりゃ、鼻を切り落とすんだよ」

「は……」


 鼻を、と小さくつぶやいて、由良くんはごくりと唾を飲み込んだ。


「……まあ、まだおめぇらにゃあ、難しいか。ふたり、だな。ユラ、ナエバ、ひとりずつ、なんとかしろや。後はオレが殺(ヤ)る」

「……」


「なんだ? ビビるな。殺(ヤ)らなきゃ、こっちが殺(ヤ)られるんだぞ? まあ、殺しが初めての時は、中々、難しいってのは、分かるけどよぅ」

「は、い……」


「簡単なことだ。おめぇが殺(ヤ)らなきゃ、アコやらノマやらアカリやらシオリやらが男どもきったねぇち○ぽでぐちょぐちょにされるだけだろ? 盗賊の命とアコと、どっちが大事だ、ユラ?」

「それ、は……」


「おめぇが大事にしねぇんなら、今夜から、オレがこいつらとヤらしてもらってもいいんだぜ? どうせヤられんなら、盗賊だろうがオレだろうが、どっちでもおんなじだろうが」


「……や、殺ります、よ、ちゃんと」

「そんじゃ、教えた通りにやれよ……」


 そう言うと、ギーゼさんは荷馬車の方へと移動して、姿を消した。闇に消えていく背中が、とても怖ろしかった。


 しばらくして、風音とは違う、足音らしきものが聞こえてくる。





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