Patientia 007 僕たちは行商しながら戦う(1)
行商の旅は、旅立つ前に考えていたよりもはるかに順調だった。王都周辺の王領の治安はギーゼさんによるとかなりいい方らしい。
それに、途中で立ち寄った村では、予想以上に古着が売れた。もちろん、全部売れたというほどではない。だが、想定以上に売れたというのは間違いない。
基本、王都でも、周辺の町や村でも、衣類は自分たちで作るそうだ。下手したら、機織りで布から作るような村もあるらしい。
王都では布を買うのが一般的で、服を買うのは上流階級が中心だ。上流階級は買うというより、オーダーメイドで作らせる、という感じなのだろう。
また、最下層の貧民やその一歩手前の貧しい人たちが格安の古着を買う。中間層は自分たちで新しく作る。これが最終的に古着となって出回っているらしい。
そして、リビエラさんとじっくり話し合って、国内のどこよりも王都で売られている物が安い商品として、それは古着である、という結論が出ていた。
安く買って、利益を乗せて売る。これは商売の基本だ。
王都は国内最大の人口を抱える大都市だ。
結果として、大量の古着が溢れている。それをさらに大口の注文で大量に買い占めることで、ものすごく安く仕入れてもらった。
王都の古着が国内でもっとも安いんなら、別の場所では確実にそれよりも高く売れる。わずかとはいえ、利益は必ず出る。そういう考え方だ。
なんだかんだで、衣類を自分で作るというのは面倒なことだ。
それを、そこまで高くない値段で、買って済ませることができる。そういうことであれば……自分で作るよりも買おうと考える者も出てくるはず。
村から王都まで1日から3日程度の距離、というのも丁度良い感じだ。
自分たちで王都に行くことがあれば、その時に買う、という方法もある。だが、王都に行けば何かと衣類以外にも金は使うことになる。
だから、本当に微妙な価格設定で、次々と売れていくのだ。飛ぶように、という言葉もしっくりくる。
仕入れ値に利益は銅貨3~5枚分程度。大きく儲けようとしないことが大切だ。王都で買うよりは高いが、自分で王都に行くよりは安いと思える絶妙な価格設定が購入の決め手になる。
軽くて荷台の場所もそれほど取らない古着だからこその薄利多売だ。
そして、塵も積もれば山となるもの。1枚あたり銅貨3枚~5枚だとしても、30枚も売れれば銀貨1枚くらいの利益にはなる。
「なぁ、ナエバ。もう少し、値段を上げたら、もっと儲かるだろう?」
「……いいえ。これは、これで、……いいん、です」
カイルさんにそういった欲が出るくらいには、古着がどんどん売れていく。
……カイルさんはこういう感じで、これまでも価格設定を高くして儲けようとしたんだろう。だから、失敗してしまったのだろうに。リビエラさん、この人、全然反省してないと思うよ?
「……そもそも、これは、ついで、……ですから」
「それは、わかってはいるんだがな……」
大きな商売は、辺境伯領と侯爵領で。そういう予定になっている。
ただし、道中の町や村でも、少しは利益を出したい。そういう小銭稼ぎの古着売りだ。思ったよりももうかったというのは素直に嬉しいと思う。
……もちろん、これを続けて、王都周辺の村人が自分たちで衣類を作る習慣を潰せば、また、別だが。
古着をずっと、王都周辺の村々へ行商して回る。そうすることで、衣類は安く買うものである、という状況に変えていく。
それと同時に、王都周辺の村々から何か……野菜とか、いもとか、農産物を買い取って、小銭が手元に残るようにする。
その小銭の使い道としての古着にする。そうすれば、ずっと古着売りの行商として続けられるのかもしれない。
そこまでやるかどうかは、今はまだ決断できない。そうなるまでに何年かかるかも分からないことだ。また、そうなったら真似をする行商人が出てくるだろう。
「……古着なんて、そのへんで買える物が、こんなに売れるとは」
それは王都在住のカイルさんの感覚であって、王都から少し離れたところの人たちとは異なる感覚なのだということを、この人は読み取れない。
……商会の子なのに、壊滅的に商才がない気がする。こんな兄に王城へ売られたリビエラさんが不憫すぎる。
そこに、野間さんと高橋さんがやってきた。
「苗場くん、一応、頼まれたことは、やっておきました」
小さな声でそう報告してくれる野間さんと、その隣で高橋さんが小さくうなずいている。日本語だから、カイルさんには分からないので、声をひそめる必要はないのだが。
やってもらったのは、市場調査だ。何が、どのくらいの価格で売られていて、よく売れているか。そこを調べてもらっている。
「……この先も、できる、だけ、……続けて、ほしい」
「わかってます。苗場くんに協力すると決めたんですから」
野間さんは、男子に対して丁寧語を使う。どうしてそうなるのかはわからないが。そして、高橋さんは、男子とはほとんど話をしない。
僕の記憶では、渡くんが出て行く前の日の夜に、一生懸命、渡くんを引き留めようとしてしゃべっていた姿ぐらいか。
……この二人は、渡くんとの合流ができると確信が持てるまで、僕に協力してくれるはず。利害が一致している場合は、ある意味では信頼できる。
それにしても。
渡くんはいずれ最強のハーレム主人公、か……。
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